ああ、まただ。 鈍く痛みを訴え続ける胸を押さえるようにして、ポップは小さく舌打ちを零した。 もう、あまり時間が無い。 < Dark End. −終焉の鐘− > パプニカにある一室で、恒例のように繰り広げられる風景。 分厚い本を手にうんうんと唸っているダイの傍に椅子を置いて、ふんぞり返るように 座ったポップが重たいため息を零す。 「……もしかして、やっぱお前分かってねぇだろ。 なんだコレ、オレの教え方が悪いってのか?そうだきっと悪いんだろうなぁ。 どうやったら出来の悪いお前のオツムでも分かるように説明できるんだろうな。 いやコレはオレのミスだ、悪かった。もっと精進する」 「ポップ〜………そんな嫌がらせ言わなくってもイイじゃないか…」 ぷうと頬を膨らませて言うダイはもう涙目だ。 週に何度か、パプニカに身を置くダイの元へやってきては、ポップは彼に 勉強を教えている。 最初はレオナも専属の家庭教師をつけようとしていたのだが、それはダイが 嫌がったのだ。 そこまでされたら勉強が嫌で嫌で此処から逃げてしまうかもしれない、そう言われれば レオナとしても引き下がるしかなく、しかしただでは引かないのが彼女だ。 ならばポップならどうだ、と言えばダイは渋々ながら頷いたのだ。 ある意味ポップは完全にとばっちりを食ったようなものだったりする。 とはいえ彼も、普段は暇を持て余している状況なので、暇潰しで良ければとレオナの 要請を軽く承諾していた。 それが、そもそもの間違いだったと今ではポップも後悔している。 ダイの物分かりの悪さというものを、うっかり失念していたのだ。 「ま、いきなりアレコレ詰め込まれたってしょうがねぇだろ。 ゆっくりやってこうぜ。オレももうちっと上手く教えられるようにするわ」 「うう〜……やっぱオレ、こういうの向いてないよ…」 「ははッ、そりゃ見なくても分かるさ。 しかしまぁ、これから先を生きてこうとするなら避けて通れない道だと思え」 「ああ……デルムリン島に帰りたいなぁ……」 「んなコト姫さんに言ってみろ、軽く監禁状態にされっぞ」 確かにレオナならやりかねないと思ったダイが、ポップに苦笑を零してみせた。 その目が少し、訝しげに寄せられて。 「ポップ、もしかして調子悪い?」 「え?なんだよイキナリ…」 「いや、だって、なんか顔色悪いからさ」 「冗談言うなよ、オレは至っていつも通りだ」 「……そうなら良いんだけど」 まだ何か言いたそうなダイの頭をくしゃりと撫でて、ポップは手に持っていた 本を机の上に置いて立ち上がった。 「そんじゃ、今日はこのぐらいにしとくか」 「ほんとッ!? じゃあさじゃあさ、これから遊びに行こうよ、ポップ!」 「これからァ〜……?」 パッと表情を明るくさせて言ってくるダイに、ポップは少し考えるように首を捻る。 そうしてから、頭を左右に振って申し訳なさそうな色を浮かべた。 「悪い、姫さんに用事あんだよ」 「じゃあ、終わるまで待ってるからさ」 「うーん………分かった、そういうコトならな」 「やった!」 両手を打って喜びを顕わにする少年の頭にもう一度手を置いて撫でると、 ポップはそれじゃあな、と言い置いて部屋から出て行った。 その後姿を見遣りながら、ダイは間違いないと確信する。 (ポップ………ちょっと、痩せたな…) その顔からは、既に笑みは消えていた。 城の中を歩いていると、厨房で困っている女中を見かけた。 どうやら竈に火を入れたいみたいなのだが上手く点火しないらしい。 見かねたポップが歩み寄って、メラを唱えると薪が景気良く燃え上がった。 ホッとした表情で頭を下げてくる女中に手を振って返すと、ポップは厨房を 後にした。 廊下を少し歩いて、立ち止まる。 「…ッ」 胸に何かつかえたような違和感があって、そこでポップは2,3度噎せるように 咳込んだ。 熱いものがせり上がってくる感覚に、慌てて掌で口元にフタをする。 ポタリ、と指の隙間から溢れて来るのは赤い液体で、自然とポップの眉間に 皺が寄った。 分かっていたつもりだった、いつかこうなるだろうという事は。 けれど、どこか理不尽だと思う気持ちも消えない。 「……くそッ、メラでこれかよ……」 誰にも聞こえないように毒づくと、ポップは口元を袖で拭いテラスのドアを開け 外に出た。 真っ青な空が広がっているのを眩しそうに見上げ、それから一度、城内に目を向ける。 恐らくきっと、ダイは待っているのだろう。 自分の言葉を真に受けて。 「………悪いな、ダイ」 余計な心配はかけたくない。 そう思ってポップは瞬間移動呪文を唱えた。 その数時間後、ダイはパプニカの城内を駆けていた。 あまりにも帰りの遅いポップが気になったので、レオナの所へ行ったのだ。 ポップは、レオナに用事があると言っていた。 なのに彼女の所へ行ってポップの事を問うと、不思議そうな顔をして答えるだけだった。 「ポップ君?会ってないけど………ど、どうしたの、ダイ君!?」 驚く彼女の言葉も放って、ダイはその場から走り出していた。 レオナの所へ行っていないというのなら、一体ポップは何処へ行ったのか。 それも、自分に嘘をついてまで。 (ポップ…!!) ぎり、と強く歯を食い縛って不安を振り切るように城外まで走ると、ダイは魔法を唱える。 何処に行ったか想像もつかない、というよりは何処に居てもおかしくない。 一言で言えば、彼はどこまでも自由なのだ。 こういう時に思い当るところがありすぎるというのも困りものだが、今はそんなこと 言っていられない。 手当たり次第に捜すしかないのだ。 <続> ※やっちゃいましたよ。どうするつもりなんだろね私。 とにかく最後まで頑張ろうという意気込みだけ。 |