「わあ、レオナすごく綺麗だよッ!!」
「おーおー、馬子にも衣装たぁ、よく言ったモン……いてぇッ!!」
「うふふ、ありがとうダイ君。
 ポップ君はいつも一言余計なのよ」
パプニカの王女の結婚式を明日に控え、ドレスを身に纏った王女を一目見るために
ダイとポップは衣裳部屋を訪れていた。
傍に控えていたエイミに挨拶をして中に入ったダイが真っ先に歓声を上げ、次に余計な
一言を口走ってしまったポップには、レオナの鉄拳制裁が待っていたが。

 

 

 

 

 

<The footsteps of the dragon. 〜さよなら僕らの女神〜 >

 

 

 

 

 

殴られた頭を擦りながら不貞腐れているポップを余所に、ダイはまじまじと
着飾ったレオナを眺めていた。
すっかり大人の女性に変わってしまったかつての少女は面影を微かに残したまま、
しかしいつかの姿とは明らかに違った様相で、華やかに着飾って微笑んでいた。
明日の式が終われば、この少女はもう自分達の手の届かない所へと行ってしまう。
「なんだか……レオナがお嫁さんになるなんて、不思議なカンジだ」
「そう?う〜ん……ダイ君にとってはそうかもしれないわね」
あれからもう何年も経ったというのに、過去の大戦時と変わらない少年の姿で
いるダイを見つめて、レオナは僅かに苦笑を浮かべる。
ダイも、そしてポップも昔と少しも変わらない。
今、3人しかいないこの場では、まるで自分が過去に飛ばされてしまったような
そんな錯覚に陥ってしまう。
「明日は2人とも、来てくれるんでしょ?」
「うん、絶対行くよ!!」
「姫さんの晴れ姿は、きちっと見て行かねぇとな」
ホイミをかけて復活したポップも隣に立って、ダイとポップは顔を見合わせにんまりと
笑顔を浮かべた。
けれど、レオナには少し引っかかる言葉があって、訝しげに眉根を寄せる。
ポップは今、「見て行く」と言ったのだ。
「…………2人とも……もしかして、」
「ん?ああ…、前に話したと思うんだけどさ、そろそろ此処を出ようかなって。
 丁度良い機会だし、姫さんの結婚式を見届けてから出発しようかって
 ダイとも話してたんだ」
「そんな……そんな、急に!?」
「急じゃねーさ。
 まぁ、姫さんにとっては急だったかもしんねぇけど…。
 今此処に来たのも、挨拶も兼ねてだったんだよ。
 明日じゃ多分、姫さんに声かけるのも難しそうだったからさ」
「ポップ君……」
確かにレオナは彼らから話は聞いていた。
何かやりたい事があって、彼らはいずれパプニカを出て行くという話を。
その内容はどれだけ訊ねても教えてはくれなかったから、きっと彼らにとって
とても重要な事なのだろうとは思う。
けれど、それがまさか、今だなんて。
「ど、どうして……どうして明日なのッ!?」
「あのなぁ姫さん、明日には姫さんが選んだ旦那が此処へ来て一緒に暮らすんだろ?
 そんな中にオレらが一緒に居ちゃあ、姫さんは良くても相手が困るだろ」
「それは……そうかもしれないけど、でも!」
心の準備も何もできなかった。
もっと早くに言ってくれれば、自分ももっと色々考えて気持ちの整理だって
つけられたかもしれないのに。
自然と渋い表情を浮かべてしまったレオナに、ダイが困ったような笑みを見せた。
「あのさ、レオナ。
 これが最後じゃないよ。
 たまには顔を見せに行くしさ、永遠にお別れするってわけじゃないんだ。
 だから、レオナには笑って見送って欲しいんだ」
「ダイ君…」
「レオナには笑って、幸せになって欲しい。
 これがオレとポップの心からの願いなんだよ?」
「…………。」
口を噤んで俯いてしまったレオナの肩に手を置いて、ね?と念を押すようにダイが
言い含める。
姉と弟のように見える2人が、今はまるで逆のようだとポップは苦く笑みを浮かべた。
「………わかった。
 何処へ行くのか知らないけれど、ダイ君もポップ君も…歩くのを止められないのでしょう?
 私は……一緒に行く事ができないから、此処で見送る事しかできないものね」
「レオナ…」
「でも、約束してね?
 必ずまた、此処に来てくれるわよね?」
どこか不安そうに訊ねてくるレオナに、再び顔を見合わせたダイとポップは揃って
大きく頷いてみせた。


「「 もちろん! 」」


当たり前のように言ってくれる2人の言葉が嬉しくて、レオナの双眸にじわりと
涙が浮かぶ。
いつだってずっと傍に居てくれた2人とも、これでお別れだ。


「ありがとう…………2人とも、大好きよ」


心からの言葉を告げて、レオナはふわりと微笑みを零した。










教会の鐘の音が聞こえてくる中、沢山の祝福の声に包まれてパプニカの女王が
その日、誕生した。
花嫁と花婿が通る道を覆うようにできた人だかりから一歩離れたところで、
旅装束を身に纏ったダイとポップがそれを見つめていた。
これで本当に、自分達の道が分かれてしまったのだ。
「……幸せになれるかな、レオナ」
「なれるさ、姫さんはそういうのに貪欲だからな。
 きっと次に此処に来た時は笑顔で嫌味のひとつでも言ってくれるんだろうぜ」
自分で言いながら想像してしまったのだろうポップが、嫌だ嫌だと呟きながら
身震いをしてみせるのに、ダイが思わず小さく吹き出す。
「あれ、ポップ。
 レオナ何してるの?」
「あー……ブーケをな、投げるんだよ。
 それを受け取ったヤツが次の花嫁になるっていう、まぁ…言い伝え?みたいなモンさ」
「へぇ〜」
小さな白い花で作られた可愛らしいブーケを振りかぶっているレオナは、できるだけ遠くへ
投げてやろうとしているのが見て知れる。
相変わらず色気がねぇんだよな、と呟くポップにダイは返答に困って笑うしかできなかった。
ふわりと青い空に浮かぶように宙を舞ったブーケは、すぐに人だかりに呑まれて
見えなくなり、やがて自分達の近くから女の子達の黄色い声が上がる。
それを眺めていたポップが、空から何かが落ちて来たのに気がついて手を伸ばした。
「あれ、ポップそれ……」
「………ああ、」
ポップも受け取って初めて気がついたが、手の中にあったのは一輪の小さな白い花。
それはレオナが持っていたブーケと同じ花で間違いない。
思わず花嫁の方へと目を向けて、ポップは驚きに目を瞠った。
「姫さん……」
「……もしかして、レオナがくれたの?」
ダイの問いかけに答える事ができず、ポップは呆然とするしかできなかった。
勘違いなんかではない、レオナは自分達の方を見ている。
女性にとって最高の舞台、その上で彼女は2人を見送っていたのだ。
「ははっ………祝われるべき花嫁が、俺らの旅の門出を祝ってくれてんのか。
 最高の餞別だぜ、ダイ」
「……うん!」
「よっしゃ、そんじゃ花嫁が見送ってくれてる内に出発するか」
「そうだね」
その言葉にダイは頷いてレオナに向かって大きく手を振ると、人だかりから背を向けて
歩き出したポップの後を追った。
足を前に進ませながら白い花を眺めていたポップは、やおらそれを高く掲げると
掌に生ませた小さなバギの突風に乗せて、空高く舞い上がらせる。
大事な仲間からの、最高の友人からの贈り物を確かに受け取ったと、送り主自身に
知らしめるために。




雲ひとつない青空に、白い花が映える。



2人にとってこれ以上ない、最高の旅の始まり。

 

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

これからが、旅の始まり。
ここから全てが始まるというわけですな。

先が長いよ…?(笑)