<The footsteps of the dragon. 〜騎士の証明〜 >
昼下がりの庭園、色とりどりの花に囲まれたテーブルを囲み、3人でお茶をする。
ダイが戻って来てからの、恒例行事のようなものだ。
花に囲まれるなんてガラでは無いとダイもポップも思うのだが、レオナが望むので
あれば断る理由なんてない。
いや、あったとしても断れる筈がない。
木苺のジャムを塗ったスコーンを齧りながら、美味しそうに紅茶を口にする
レオナを見遣り、ダイがぼんやりと口を開いた。
「レオナってさぁ、随分キレイになったよね?」
「うふふっ、ダイ君ったら、そんな風に言われると照れるじゃないの」
「なんか……オレがずっと休んでたからかもしれないけど、久し振りに会った時から
ずっとずっと思ってたんだ。
凄く、大人っぽくなった」
「そりゃ……大人っぽくもなるだろ、お前が姿を消してからどんだけ経ったと
思ってんだよ」
少し呆れた風に言いながら、ポップがスコーンに手を伸ばす。
ダイが消えたあの日から、そろそろ5年近くになる。変わるには充分過ぎる時間だ。
しかし自分はずっとレオナの近くに居たからか、あまりそういった意識が無い。
昔に比べると、一国を担う者としての凛々しさなどは出てきたなと思うけれど、
大人っぽくなったかどうかと言われると、そういう実感が湧かないのだ。
本質が変わっていないから、なのかもしれない。
そう考えると、ダイはあの時別れた時と殆ど変わらないように見える。
まだ幼さを残した表情は、まだまだ子供なのだと思わせた。
レオナと並べると、年の離れた姉弟のようだ。
「あれ?でも…、」
スコーンを咀嚼したダイは、手に付いたジャムを舐めながらポップの方へと
目を向ける。
「ポップは、ほとんど変わってないよね?」
何気なく出されたダイの発言に、返す言葉を失くしてポップとレオナは
顔を見合わせた。
5年という月日は、面影は消さないにしても姿形を変えてしまうには充分だ。
だからこそダイはレオナを見て綺麗になったと言ったのだろう。
しかし、それなら。
「ポップ君………ホントに?」
「ホントにって……いや、オレは自分じゃあんま分かんねーし……」
「本当だよ、背丈も全然変わってないしさ」
「単に伸びるのが止まっただけだと思ってたんだけどなァ」
「私も……割としょっちゅうポップ君の姿を見てたから……こんなものかと
思ってたんだけど……」
「……何か、問題あった?」
驚愕のままの2人に、ダイがまずい事を言ったかなと遠慮がちに尋ねる。
それには2人揃って首を左右に振るが、どこか動揺したままの心は落ち着かない。
5年経っても変わっていないということは、ポップの中での時間の流れが
劇的に変化したという事だ。
「まぁ……話は聞いてたから、納得できないこともないけど……。
ちょっと複雑よねぇ」
「ひ、姫さん……」
「だって、こっちはどんどん年食っていっちゃうのに、貴方達は今のままで
ほとんど変化ナシってことでしょ?羨ましいわぁ」
憂鬱そうな吐息を零すと、レオナはそろそろ仕事してくるわね、と告げて
さっさと庭園を出て行ってしまう。
その姿に目を遣りながら、ダイが困ったように頭を掻いた。
「マズイ事言っちゃったかなぁ……」
「いや、そういうんじゃねぇと思うから、お前が気にするこっちゃねぇや」
「そうかな……そうだとイイんだけど」
「つーか……オレ、そんな変わってねぇのか?」
「………うん、」
「そっか………まいったなァ」
頭を掻いて、ポップは少し困ったような溜息を吐いた。
レオナと自分との明らかな違いが露呈してしまったのだ。
自覚した、と言った方が正しいのかもしれない。
自分の中に確実に流れている、人間のものとは違う血の存在を。
『ポップ』
「……わかってる、よ」
言い含めるかのような幼竜の言葉に、ポップは肩を竦めて苦笑を浮かべる。
何のことだかサッパリ分からないダイは、表情に疑問を浮かべたままで、
黙ってポップを見つめているだけだ。
「大丈夫だ。少し………驚いちまっただけだから」
「………ポップ、」
「なァんて顔してんだよ、ダイ」
ポップの動揺の理由を漸く悟ったらしいダイが、申し訳なさそうな目で
窺ってくるのに、至って明るく振舞いながらポップは向かいに座る
少年の頭に手を伸ばしてグシャグシャと撫でつけた。
「オレは後悔なんてしてないし、お前にしてもらいたいとも
考えちゃいねーよ」
「だけど…、」
「むしろオレはどっちかっつーと嬉しいんだ。
お前をひとりぼっちにしなくて済むと思ったら、なんだかコレで
良かったんじゃねぇのって、そう思うんだよな」
姫さんには悪いけど、と締め括って、ポップはまだ皿の上にあった
スコーンを手に取った。
時間が経ったので少しばかり冷めてしまったそれを、口の中に放り込む。
ダイはまだ何か言いたそうにしていたが巧い言葉が見つからなかったのだろう、
小さな笑みを浮かべるだけだ。
じっと見てくる視線に気まずくなったのはポップの方で、居心地が悪そうに
眉を寄せて訊ねた。
「……なんだよ?」
「ううん………なんだか、ポップは強いなぁって……そう、思っただけ」
「バーカ」
素直な言葉を述べたのに、即座に返って来たのはそんな言葉で、ダイは
ちぇっと声を漏らすとテーブルの上に顎を乗せて不貞腐れる。
そんな姿を眺めながら、スコーンを食べきったポップはにんまりと笑った。
「オレが強くなれたのは、お前がいたからだよ」
だからバカだってんだよ。
当り前の事を話すようにしれっと言ってのけるポップに、バカなのは
一体どっちだとダイは胸の内だけで毒づいた。
その言葉、そっくりそのままお返しだ。
<終>
レオナをダシにして、ダイポプを書いてみる。(笑)
なんだかんだでポップはダイに甘いですな。