<The footsteps of the dragon. 〜或る晴れやかな幕間〜 >

 

 

 

 

 

チェックメイト。

 

ある穏やかな昼下がり。
デルムリン島にたったひとつだけの家、その軒先でテーブルを囲む2人の人物。
テーブルの上にはチェス盤が置かれていて、現在は勝負の真っ最中のようだ。
黒のポーンを動かして、王手を告げたのは獣王。
向かいに座って唸っているのは、大勇者の一番弟子。
「予想外だな………こんなに強いとは思わなかった」
「そうか?オレにしてみれば、お前がこんなに弱いことの方が
 予想外なんだがなぁ」
言って豪快に笑う獣王クロコダインの姿を恨めしそうに見遣りながら、
ヒュンケルは些かばつの悪そうな顔をする。
チェスをしないかという誘いになんとなく乗ってしまったのは、ただ単に
暇を持て余していたからというのと、頭を使って戦略を練ってという
勝負であれば、似たようなレベルだろうと高を括っていたからだ。
なのに、まさか、たったの15分で勝敗を決してしまうとは。
「とはいえ、オレも此処に来てからというもの、ずっとブラス殿の相手で
 チェスをしていたからな。
 経験値の差といえば、そうかもしれん」
「………もう一回だ」
「まだやるのか?」
「負けたままで終わるのは性に合わん!」
「まぁ……構わんが」
憮然とした表情で駒を並べ直すヒュンケルを見ながら、クロコダインはくつくつと
小さく笑いを零した。
クールに見えるが実は熱く、見極めに長けているように見えて、実は相当に。
「負けず嫌いだな、お前も」
「うるさい」
ワニのくせにだの何だのとブツブツ言っている姿がまた、戦いの時に見せる勇ましさからは
想像もできなくて、とうとう堪え切れずにクロコダインは腹を抱えて笑いだした。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、パプニカには行ったのか?」
「パプニカ?」
盤から取り上げた白色の駒を手の内で遊ばせて、クロコダインは何気なく
ヒュンケルに訊ねる。
真剣に盤上の駒を見つめながら鸚鵡返しに戻ってきた疑問に、クロコダインは
うむ、とひとつ頷いた。
「お前にも姫から連絡があっただろう。
 ダイが戻ってきたらしいじゃないか。
 会いには行ったのか?」
「………いや」
「なんだ、まだなのか。薄情な兄弟子だな」
首をゆるりと横に振って答えたヒュンケルに意外そうな目で返して、手にしていた
駒を盤の外に置きながらクロコダインは苦笑を漏らす。
「そういえば、途中まで一緒に旅をしていたラーハルトは
 大慌てですっ飛んで行ったな」
「はっはっは!!アイツらしいじゃないか」
「オレは……どうも、城って場所が肌に合わんのでな」
漸く決めたようでヒュンケルは駒をひとつ動かすと、まるで一仕事終えたかのように
肩の力を抜いた。
今度はクロコダインが駒を動かす番だ。
「お前だって行っていないだろう、クロコダイン?」
「まぁな……オレは元からこういう姿だし、あまり出歩かん方がいいのさ。
 それに、この島は随分居心地が良くてなァ」
「ブラス殿や島の魔物達を守っているのか?」
「大魔王が倒れた今、そんな必要が何処にある?
 むしろ……守られているのはオレの方なのかもしれん」
大魔王が君臨していた時でさえ、破邪呪文のおかげで平和だったこの島には、
今も昔も変わらず魔物達が安穏と暮らしている。
未だに魔王の爪痕が残る場所では魔物は強く忌み嫌われているのに、この場所だけは
決して自分達のような魔のものを拒むことはない。
だからこそ、安らぎを感じてしまうのだろう。
「………オレは、」
コツ、とチェス盤の上にあった白色のキングを指先で突きながら、ヒュンケルは
どう話したものかと考えながらゆっくりと口を開いた。
「オレは確かに元勇者に師事し、その証ももらった。
 だが……オレはダイやポップのような聖なる気質を持ち合わせていない。
 むしろ、どちらかと言えばオレは限りなく魔に近い、人間だろう」
「……ヒュンケル」
「だからだろうな、お前の言葉は尤もだと思ってしまう。
 オレにとっても……此処はとても気持ちが良い」
ラーハルトと別れた後、ふと思い立ったようにこの場所に足を向けた。
最初はただ、久々に仲間の顔を見たかったという思いだけだったのだが、
気がつけばそれから随分と長い時間を此処で過ごしてしまっている。
決して平和ボケをしているつもりはないが、ただ穏やかに緩慢と流れる
時間に身を浸すのも、そう悪いものではないと思ってしまったのだ。
普段なら決してそんな風に思う事はないのに、自分でも不思議な程に
この場所で流れる時間を甘んじて受け止めている。
それ程にこの魔物だけの島が心地良いのかと言えば、恐らくそれは
きっと違う。
クロコダインが言ったように、たぶん自分も『守られている』のだろう。
魔の世界に浸っていた自分の奥底に今も眠っている、人間としての心を。
「まぁ、本当にダイが戻って来たというなら、」
黒のナイトを動かして、クロコダインは穏やかに笑う。
魔王の下で武器を振るっていた頃とは違う、穏やかな中にも落ち着いた物腰と
他人を思いやる優しさを備えた、まさしく獣の王たる者。
彼の言葉に耳を傾けながら、ヒュンケルは高く青い空を見上げた。
雲ひとつない晴天。
「此処で待っていれば、いずれ会えるだろう。
 アイツがブラス殿に会いに来ない筈がない」

 

チェック。

 

クロコダインの揶揄うような声に、ヒュンケルの頬が僅かに引き攣る。
また負けだ。
「……お、噂をすれば」
「え…?」
屋根の上で翼を休めていたガルーダが突然高く鳴き声を上げ、それを聞いた
クロコダインが、南の空を指差した。
ひとつの魔法力の塊がぐんぐんと近付いてくるのが見える。
瞬間移動呪文であるのは何度も見た事があるのでヒュンケルも知っているし、
その魔法を使って此処に来れる人間が限られていることも知っている。
「あの速さなら間違いないな、ポップだ」
「ああ……それにどうやら連れも居るようだ」
魔法の力強い波動を感じてヒュンケルが言えば、それを肯定したクロコダインが
待ってた甲斐があったな、と言って彼の肩に手を置いた。

(……待ってた………の、だろうか?)

よく分からない。
だが、もしクロコダイン自身が此処でこうして彼らの到着を待っていたのだとしたら、
彼と一緒に待っていたのだと、そういう事にしても良いかもしれない。
一目で分かる程に嬉しそうな表情で笑うクロコダインを見ていたら、否定する気も
失せてしまった。
「……久々に、兄らしい説教でもしてやるか」
そう言えば、本当に楽しそうな笑い声が聞こえてきたので。

 

 

つられるように笑ってしまったのも仕方のない事なのだと、そういう事にしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

え、ええと…。

大江戸かるた様に捧げます……こそりと。(笑)

 

 

ヒュンケルとクロコダイン。

心なしかヒュン→クロを狙ってみた。ハズした。(汗)

彼らはなんかのんびりと生きてます。(笑)

ちなみにデルムリン島には他にもヒムやチウも居座ってます。

魔物の楽園だといい。