伸ばしていた手に触れたものを、ポップは咄嗟に掴んだ。
ダイの手だ、きっと、そうだ。
「つ…捕まえた…ッ」
『引いて、ポップ!
ダイを其処から引きずり出して!!』
「くそ…ッ」
言われる通りにするのだが、ぐいぐいと引っ張られる感覚にポップは必死で抵抗する。
此処で手を離したら振り出しに戻ってしまう。
折角繋がったダイの心を、ここで離してしまうわけにはいかない。
「ち…ッ、く、しょォォォォォ!!!」
力の限りに手を引く。
その姿を見て、竜が小さく息を呑んだ。
額を覆うバンダナの下から、僅かに輝く光。
まさしく、竜の騎士である証明。
『ポップ……』
きっとダイを助けるのに懸命なポップは気づいていないのだろう。
いや、気付かない方が良いのかもしれない。
そう思って、竜は僅かに目を細めた。
<The legend of the knight of the dragon.−9−>
ずるり、と竜の体内から体を引き摺りだして、ポップは漸く肩の力を抜いた。
どうにかこうにかで、ダイを助けることができたようだ。
抱き起こして覗き込めば、以前離れ離れになった時とさして変わらない風貌の
少年が、眉を潜めて身動ぎする。
ゆるりと開かれた瞳に、心配そうな顔をした自分の姿が映った。
「ポ……ポップ………?」
「よう、漸く会えたな、相棒」
「ポップ………ホントに、ポップ………?」
「なんだよ、疑り深いヤツだな」
「…………ポップ……ポップ!!」
大きく目を見開いて驚愕の表情を浮かべるダイに肩を竦めて返せば、勢い良く
飛びついて来た。
ぎゅうと力一杯抱きしめてくるその腕だけで、どれだけ求められていたかが知れる。
「泣くなってば、ダイ」
「で、でもでも、だってェェ〜……」
「そ、そんなに泣かれたら、オレだってなァ〜……!!」
ふいに涙腺が緩んで、ポップの双眸からぼろぼろと涙が零れ出た。
求めていたのは、自分だって同じだったのだ。
2人抱き合っておいおいと泣く姿は情けないことこの上ないのだが、それでもそれを
見つめていたのは、心優しい竜の神様だけだったから。
「なぁ、なんでずっとそっちの手、握ったままなんだ?」
一頻り気の済むまで泣くだけ泣いて、漸く落ち着いた頃にポップはダイの左手を
指差した。
言われて初めて気が付いたように、ダイが慌てて自分の手を見る。
右手はポップに助けてもらう時に掴んでいたけれど、そういえば左手は気にも
していなかった。
強く握り締めた左手をゆっくりと開くと、そこに合ったのは七色に輝く雫の形を
模したものだった。
「コレ……どっかで見覚えが……」
『それは……神の涙ですね』
「神の涙って……アレか!前にダイがゴメ公を作ったっていう……!!」
「ええ!あ、アレなのッ!?」
『あれほど密度の濃いものではありませんが、同じ効力はありますよ。
きっと、神様からの贈り物でしょう。
なにか願い事があるのなら、してごらんなさい』
優しく囁く竜の言葉に、ダイとポップは2人して腕組みをして唸りを上げた。
そんな唐突に言われても困る。
「また……ゴメ公でも作ってもらうか?」
「ゴメちゃんは……ゴメちゃんだけだよ。
言ってたじゃないか、また作ったとしても、記憶はなくなってしまうって。
似た姿は作れても……それはもう、ゴメちゃんじゃないんだよ」
「確かにそりゃそうだけど………いや、それでいいんだよな。
死んだものは二度と元には戻らねぇ。
だからこそ、ゴメは生きてたんだって思うことができる。
アイテムじゃなくて、生き物だったんだって、な」
ポップの言葉に、ダイが嬉しそうに頷いた。
二度とあの小さな友人に会う事が叶わなくても、ポップがそんな風に言ってくれるから
間違い無くあの友人は同じ時間を共有して生きてきたんだと思えるのだ。
「んじゃ、どうするよ?」
「そうだなァ………オレは特にお願いごとは………ポップが使う?」
「いやァ、オレもそんな願い事なんて大層なモンはなァ……ああ、そうだ!」
「ポップ?」
「お前が要らねぇって言うなら、オレが貰ってもいいんだな?」
「う…うん、ポップが使いたいなら……けど、どうするの?」
ダイの手から神の涙を受け取ると、ポップはそれを手に竜の元へと歩み寄った。
そしてその手を差し出す。
「アンタが使いなよ、コレ」
ポップの言葉に、ダイも竜も驚いたような視線を向けた。
『何を…?』
「アンタ、たぶんオレとダイを会わせることで、また随分と力を使ったんだろ?
コレがあれば、帰ろうと願えば天界にだって帰れるし、力を取り戻そうと
することだってできんだろ?」
『それは、そうですが……』
「今回の敢闘賞はアンタだよ。
コレを使うだけのことをしてくれた。
オレは………ダイと会えただけで、もう充分だからさ」
「……う、うん!オレもポップと会えてもう願い事なんて無いんだよ。
だから、良かったら使ってよ!!」
「まぁ、願い事ができるまでオレ達で持っておくってのもアリだろうけど、
こんな物騒なモン持ち歩きたくねぇもんな。
実際、今ココで使っちまうのが一番良い」
『…………。』
ダイとポップの言葉に、竜が思案するように両の目を閉じる。
自分の願いとは、なんだろうか。
天界に戻りたいのか、それとも失くした力を取り戻したいのか。
どちらも違うような気がする。
天界に戻れば敵に狙われることもなくなるだろうが、戻りたいわけではない。
失くした力は、時間をかければいつか回復するだろう。
もちろん、すぐにというわけにはいかない。何年も、何十年もかけてだが。
ならば自分はどうしたいのか。
本当のことをいえば、もう少し共に居たいと思った。
この、人間かぶれした竜の騎士たちと。
『私の願い………聞き届けてもらえるだろうか』
呟けば、ポップの手にあった雫が、強い光を放った。
<続>
これからは、ずっと一緒。