とても、暗い。
暗い、真っ暗闇。
なのに不思議なことに、強烈な眩しさを感じる。
目を開けていられないような、眩い光。
おかしい、だって此処は光も届かない暗闇の中のはずだ。
光源は何処にもない、なのに眩しさは徐々に強くなっていく。

こわい。

胸の中にじわりと溢れ出した恐怖は、己の胸の内を強く塗り潰していく。
こわい。くらい。まぶしい。こわい。

(こわいよ…………ポップ)

自分がどうなってしまうのかが分からない。
ただ噴き上がってくる恐怖を抑え込むための勇気が欲しい。
勇気の源の名を呼び続けて、ただ、ダイは小さく体を丸めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

<The legend of the knight of the dragon.−7−>

 

 

 

 

 

 

『………ッ!!』
「え、ちょ……オイッ、どうしたんだよ!?」
突然目の前で竜が横向けに倒れ込んだのに驚いて、ポップが慌てて駆け寄った。
ただ悶え苦しむその姿に、どうして良いものか分からずポップが焦って声を上げる。
竜の巨体を起こしてやることなんて、自分の力ではできる筈もない。
「なぁ、どうしたんだ、具合でも悪ィのかッ!?」
『ああ………いけない。
 ダイが……ダイ、が、』
「ど、どうしたんだよ、ダイに何かあったってのかッ!?」
『ダイが目覚めたのです。
 ですが……ですが、このままでは……』
「………何が、起こったんだ?」
ともすれば悲鳴にも聞こえそうな声音で告げる竜の姿に、逆にポップの中で
冷静さを取り戻せたようだった。
落ち着いた口調で竜の体を宥めるように手で擦りながら、気遣わしげに尋ねる。
「ダイに、なんかあったんだろ?」
『前にも話した通り………ダイは今、天界で身を休めています。
 今までは…ダイ自身に意識が無かったので問題はありませんでした。
 ですが……本来、天界は人の身では決して行けない場所』
「も、もしかして……」
『彼の中に流れる半分の人間の血が、天の世界に拒否反応を起こしているのです。
 そしてそれは、繋がりを持つ私にも……響いてくるほどの、途方も無い力』
表面上の事ならば、繋がっているとはいえ竜自身にダメージがくる事などない。
それ以前にまず伝わりはしないだろう。
母体であるマザードラゴンにまで伝わってくる程の拒絶、それを感じて今、竜は
酷く苦しんでいるのだ。
それを理解したポップが、強く唇を噛み締めた。
どうにかしてやりたいのに、自分には術が無い。
少なくともダイが傍にいれば、何かの力になってやれるかもしれないのに。
『ああ………呼んでいる』
「え…?」
『ダイが、ずっと呼び続けています。
 ポップ………貴方の名を』
「……………ッ」
ギリ、と強く歯を食い縛って、ポップが睨むように上空の空を仰ぎ見る。
きっとこの向こうにあるのだろう、神の世界へと、挑むように。
「ダイを……ダイを呼び寄せることはできねぇのか?」
『ダイを……ですか?』
「そうだ、目が覚めたんだろう?
 アンタの力が多少は戻ってるなら……」
『私の力だけを言えば、可能です。
 ですが……今は無理だと、述べるしかありません』
「どうしてだ?」
『私とダイの意識が繋がっている状態なら呼び寄せることはできます。
 ですが今のダイの状況が、それを許さない。
 あまりの恐怖に私との意識の繋がりが上手く保てていないのです。
 まずは……どうにかして、ダイの気を落ち着かせないと』
「……くそッ」
竜の言葉に小さく毒づいて、ポップが俯いた。
つまり、ダイ自身が今の状況をどうにかしないと、自分達にはどうすることも
できないのだ。

 

(……ップ……………ポップ……)

 

ふいに頭の中に響いた声に、ハッとしてポップは顔を上げた。
今の声は、まさか。
『……聞こえたのですか、ポップ、貴方にも』
「呼んでた………呼んでた、オレを」
啜り泣く様な小さな声で、助けを求めるかのように。
「どうして、オレに…」
『あの子の貴方を求める心の強さと、貴方の中に微かに流れる竜の血と、
 そして貴方が私の体に触れていたことと、いくつもの偶然が重なって
 起こり得た現象なのでしょう……』
「ダイ……」
声を聞く限りでは、彼が世界を救った勇者などと誰が思えようかというほどの
弱々しい叫びだった。
一人ぼっちに身を竦ませる、小さな子供のそれだ。
たった一人で、知らない場所に放り出されて、身動きも取れなくて、恐怖で
身が竦んでいるのだろうか。
自分の声が、届けば良いのに。
此処に、すぐ近くにいるのだと、ダイに自分の声が。
「………そうか!
 オレの声が、ダイに届けば……」
『やってみる……価値はありそうですね…。
 ただ、ダイ自身が外からの声を拒絶していなければ良いのですが……』
「大丈夫だ、絶対大丈夫だッ!!」
心から自分を求めてくれるのならば、自分の声ならばきっと受け入れてくれる筈。
そう強く言い切って、ポップは竜の体に手を触れさせたまま、瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くらい。
まぶしい。
こわい。
くるしい。

様々な負の感情が全身を苛む。
小さく丸く、それらから逃げるかのように体を縮こまらせて、ダイは強く
瞳を閉ざした。

見たくない。
聞きたくない。
口を開きたくない。

 

(………イ………ダイ……!!)

 

しかし閉ざした心をこじ開けるように、声が聞こえてくる。
遠く、懐かしく、優しく、力強く。
胸に染み入るような、大好きな声。

 

(ポップ………)

 

耳を塞ごうとしていた手を止めて、ダイが小さく呟く。
声が聞こえる、これは幻聴ではないのか。

 

(ダイ………オレの名を呼べ、ダイ…!!)

「ポッ……プ……」

 

促されるままに、口を開く。
酷く掠れた声が漏れた。
これが、自分の声なのかと驚くほどに、掠れた、弱々しい声。

 

(もっと……もっとだ、ダイ…!!)

 

まるで自分の声に応えるかのような、ポップの声。
幻ではないのか、確かめたい。
うっすらと瞼を開けようとして、その眩しさに反射的に目を閉じる。

 

(目を閉じるな!!)

 

だけど。
無理だよ。
まぶしいよ、こわいよ。

 

負の感情が、堪え切れずにまた溢れ出す。

 

 

 

 

 

たすけて、ポップ。

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

勇者はそんなに強くない。だって半分人間だから。