目が覚めてから3日、体調の方はもう万全だ。
竜の言葉をそのまま鵜呑みにするのなら、これは後先考えず精神だけを
肉体から切り離してしまったために起こったこと。
ならば、二の轍を踏むことにはなるまい。
「姫さんには、随分心配かけちまったなァ……」
一応挨拶に行っておくかと、ベッドから降りて着替えを済ませる。
竜からの大事な預かり物を手に、部屋を出ようとした時だった。
「お…ッ!?」
手の中にあった鐘が、突然輝き出したのだ。
あの場所で知り合った竜は、手助けが必要な時には合図を寄越すと言った。
となれば、きっと竜の身に何かがあったのだ。

(……悪ィな、姫さん!)

突然姿を消せば、きっとレオナは烈火の如く怒りだすだろう。
けれどこれだけは譲れない、何があってもこの竜だけは守らなければならないのだ。
黄金色の輝きを発する鐘を手に、魔法力を走らせる。
ふと、身が軽くなるのを感じてポップは両目を閉じた。

 

 

 

 

「ポップ君、入るわよ?」
コンコン、とノックを2度して、マリンが顔を覗かせる。
しかし、そこに人の気配はない。
「………ポップ君?」
閉じられた窓、ドアは今自分が開けた。
廊下で彼と擦れ違った覚えも無いし、誰かが出入りした様子もない。
しかし、乱れたベッドはつい先刻まで誰かが居たということを示している。
まるで忽然と姿が消えたような雰囲気に、訳が分からないといった様子のままで
マリンはその場に立ち尽くした。

 

 

 

 

 

<The legend of the knight of the dragon.−6−>

 

 

 

 

 

 

「あのさァ、なんでオレがこんな怒ってるか、解るか?」
『…………。』
「オレ、力を貸してほしい時には呼べって言ったよな?」
『ですから、呼び寄せたではありませんか』
「だァァァッ!!もう、分かってねーな!!」
背中にできた大きな傷に回復魔法をかけてやりながら、心底憤慨した様子で
ポップは怒りを撒き散らしていた。
ちなみに、この傷をこさえるに至った元凶は、此処へやってくるなりポップが
攻撃魔法で粉砕している。
今は落ち着いた様子のこの場所で、怪我をした竜の治療にあたっているといったところだ。
「怪我する前に呼べよ!!
 ていうか、敵が出た時点で呼べっての!!」
『……………。』
「んだよ、そんな反抗的な目で見てもダメだかんなッ!!
 アンタがちゃんとマザードラゴンとしての力を取り戻すまでは守るって
 オレが勝手に決めたんだしよ」
『それも、随分身勝手な話のような……』
「いいのッ、アンタは黙ってオレに守られてりゃァ!!」
回復魔法をかける手を休めることなくふんぞり返って言うポップに、竜がヤレヤレと
困ったように溜息を零した。
どうも、この人間を傍に置いた時から、彼のペースに嵌っているような気がして
仕方が無い。
しかしそれは、どうやら気のせいではないようなのだ。
「………ダイは?」
『え?』
「ダイは、どんな状態なんだ?」
『そうですね……随分と回復していると思います。
 目覚めるのも時間の問題でしょう』
「……そっか。」
へへへ、と嬉しそうな顔をしてポップが頷く。
体中から喜びを表している少年は、そういえば、と竜に目を向けた。
「あのさ、ひとつ訊いてもいいかな」
『………なにか?』
「前に別れる時………俺のことを【竜の騎士】って呼んだろ。
 アレは……どういう意味なんだ?」
『言葉通りの意味と受けとって構いません』
やけにあっさりとした竜の返事に、ポップが怪訝そうな表情を見せる。
背中の傷が塞がったのを確認すると、魔法をかけていた手を止め背中から飛び降りる。
そして竜の正面に立つと、こくりと首を傾げた。
「竜の騎士つったら……ダイのことだろう?」
『ダイのことでもあり……ポップ、貴方のことでもあります』
「へ、……意味わかんねぇ……だって、竜の騎士は一人しかいねぇって……」
『私が作り出した竜の騎士は、バランで最後です。
 ダイはバランと彼が愛した女性が作り出したもの、そして……意味合いだけなら
 貴方もバランから作り出されたようなもの』
「……オレが?」
『彼の血を受けたのでしょう?』
「え、で、でも、バランから血を貰ったのは、オレだけじゃあ……」
確かに竜の騎士の血で生命を拾ったのは間違いないし、それで何となく体が丈夫に
なったという自覚もある。
けれど、そういう意味ならラーハルトも同じではないか。
『彼からは……聖なる気を感じません。
 そして、魔の気が相当に強い……これでは、竜の騎士にはなれません』
「じゃ、じゃあ、……オレは…?
 竜の騎士ったって、竜闘気なんて使えねーし…」
『そうですね、貴方もダイとはまた違った意味で規格外と言えるでしょう。
 ダイは生まれた時から竜の気を持っていた…けれど、貴方はそうじゃない』
「だったら…!!」
『貴方からも、ちゃんと竜の気を感じます。
 ただ、それがどのような力を持つのか…どのように表れるのか、そこまでは
 私にも想像がつかない』
「…………じゃあ、オレ……ホントに…」
己の両手をまじまじと眺めながら、ポップは小さく呟いた。
自分にも、ダイのような力があるというのか。
そして、ダイのように生きることになるというのか。
それに気付いたように、竜が優しげに問いかけた。
『竜の騎士の歴史は、戦いの歴史。
 望むと望まざるに関わらず、貴方やダイに戦禍は降りかかるでしょう。
 けれど……それをどう乗り越えるかは、これからの貴方達次第です』
「オレも……ダイと同じように生きることになんのか……?」
『正直、寿命がどうなっているかは分かりません。
 けれどそれはきっと、時間が証明してくれるはず』
「…………そう、…そう、か」
じっと掌を見つめていたポップが、次に浮かべたのは小さな笑みだった。
これから先、どうやら自分にはとんでもない現実が待っているようだ。
けれどそれも、大事な相棒と一緒ならば、悪くない。
「オレにどれだけの力があるのか分からないけど……でも、」
やれるだけの事は、やってみようと思う。
これから先を、親友と生きていくために。

 

「今は、竜の騎士らしく、アンタを守る事に全力を尽くすよ」

 

酷く驚いたような表情を浮かべた竜に、ポップは鮮やかな笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

漸く次回、勇者が出現。やっとかよ…!!(汗)