気がつけば、己の描いた魔法陣の上に居た。
先刻までの状況が嘘のように、あまりの体の重量感にポップはたまらず膝をつく。
「ぐ…ッ、くっそ、キツ……」
ばったりとその場に倒れ込んだのは少しの間だけで、ポップはすぐに体に力を込めて
起き上がろうとした。
「……ッ、まだ……!!」
右手を地面についた時、指先に何かの感触を感じてポップが目を向けると、そこに
転がっていたのは竜に貰った黄金の鐘。
太陽も出ていない夜中に、だがそれは鐘そのものから発されているような金色の
輝きがあった。

(まだ………光ってる!!)

今ならまだ間に合うかもしれない。
徐々に薄くなっている黄金色の光を発する鐘に手を伸ばすと、それを強く握り締めた。
魔法力を握った手に集めるように、強く念じる。
もう、魔法陣は必要なかった。

 

 

 

 

 

<The legend of the knight of the dragon.−4−>

 

 

 

 

『貴方は……!!』
「へへッ、アンタの言う事は本当だったみてーだな……。
 本当に此処まで来れた」
『どうして……どうして戻って来たのです。
 貴方の体は限界だと言ったでしょう?』
「まだ、少しばかりやり残したことがあったんだよ」
桃乳白の雲の上、つい先程別れたばかりの竜の傍で、膝をついたポップが
そう答えて苦笑を漏らした。
確かに、想像以上に体が辛い。
気を抜けば意識が飛びそうになるのを堪えて、ポップは膝立ちのまま竜の体へ
近づいた。
掌を当てて、小さく呪文を口にする。
『これは………回復呪文?』
「ああ。アンタ、随分傷だらけみたいだったからな。
 ホントはもっと早くにかけてやりたかったんだけど、色々話している内に
 かけそびれちまって」
『まさか……まさか、その為だけに…?』
「なんだよ、その為だけじゃ悪ィのかよッ」
信じられないといった竜の口振りに、ポップは唇を尖らせてむくれてみせる。
だが、掌から溢れる回復魔法の力は途切れることはない。
徐々に体中に刻まれていた傷口が塞がっていくのを見て、ポップは安心したように
笑みを零した。
「逃げるにしたって、こんな傷だらけじゃあ力も出ねーもんな」
『人の子……』
「ポップだ」
『そう……ポップ、というのですね』
少しずつ戻ってくる体力を感じながら、竜は再びポップ、と名を呼んで反芻する。
どこかで、聞いたことのあるような名前だ。
そう言えば「何処にでもある名前だからなー」とのんびりとした言葉が返ってきたが、
人間の間でよくある名前だろうが、神の使いである竜に知る由もない。
そうではなくて、もっと深い意識の底で、ずっとずっと聞き続けたような。
『………ああ、思い出しました』
「なにが?」
『貴方の名前、あの子がずっと呼んでいたのですよ。
 だから私も聞き覚えがあったのです』
「ダイ…が…?」
少し驚いたような表情で、ポップが竜の顔を見上げる。
僅かに頷いて、竜は静かに口を開いた。
『私とあの子の意識は、深いところで繋がっています。
 天界へ送り届けるその瞬間まで、あの子は貴方を呼び続けていました。
 ……だからでしょうか、私自身も不思議と貴方に対して警戒心を抱かないのです』
まるで、古くから知っていた友人であるかのように、人の子の身である少年と
ずっと話を続けていた。
本来ならば、例え人間と接触する機会があったとしても、自分はきっと殆ど
口など開かないだろう。
そしてこうして馴れ馴れしく話しかけてくることも許しはしない。
なのにそれら全てを覆してしまう理由が、そこにあった。
「そうか……ダイが……」
『ですから私としても、貴方には危険なことをしてほしくはありません。
 いつかあの子が地上に戻った時、貴方が居なくなっていては元も子もない』
「そ、そりゃ、解るけどよ……でも、」
『良いのですよ、ポップ。
 貴方の気持ちは充分に解っているつもりです。
 そして、そうする事が貴方のためになるのであれば、私は貴方の力を借りることも
 吝かではありません』
ポップが自分を死なせたくないと言うように、自分も死にたくなどはない。
そしてそれはまた、逆の意味でも同じだろう。
「あー……やべ、そろそろ魔法力が空っけつだ」
『ポップ?』
「ベホマ連発して完全回復しねぇアンタの体力には脱帽だよ。
 地上に戻って、少し体休めて、魔法力回復させてからもっかい治療させてくれな?」
『いえ……思った以上に力が戻っています。
 人間の身でありながら、此処までの魔法力を持っているとは……驚きましたよ』
掌から魔法の光が消えて、ポップは脱力したようにその場で座り込んだ。
もう指一本動かす力も残っていない。
「しまった……帰りの魔法力、考えてなかった……」
たはは、と情けない声音で漏らせば、ふふ、と小さく笑う声。
自分ではないこの笑い声は、もしかして。
「……アンタ、もしかして笑った……か?」
『回復のお礼に、地上へは私が戻しましょう。
 その程度ならできるぐらいには力が戻っていますから』
「……そりゃあ、どーも」
キラリと握り締めていた鐘から暖かな光が零れる。
注ぐ魔法力も残っていない自分では無く、どうやら竜の方が力を注いでくれたようだ。
『お戻りなさい、ポップ。
 今暫くは此方の事は心配ありません。
 今必要なのは、貴方自身の休息です』
「……ああ。また、な」
仰向けに転がったままでポップが言うと、竜が目を細めて慈しむように見つめる。

 

 

『また会いましょう…………もう一人の、竜の騎士』

 

 

鐘が一際強い光を瞬かせる。
次の瞬間には、ポップの姿はそこから消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

漸く表題の元まで辿り着けた…。