「本当に済まねぇな、面倒かけて」
「此処でやりゃあ良いのによ」
「へッ、師匠の前でかよ?
冗談じゃねぇ、気が散ってしょうがねーや」
ポップが訪れ一週間、その間この師弟はほぼ書庫に籠りっきりだったと言って良い。
だが、自他共に認める大魔道士と呼ばれる者が2人揃えば、不完全だったものも
一応の形は取れるようになった。
ポップが持ってきた魔法陣の紙切れは、今や新たな書き込みで真っ黒だ。
だが、殆どは既に頭の中に入っているから問題ない。
「実際よ、お前のその魔法がどんな力を齎すか、それには興味があるな」
「その辺は帰ってきたら報告するさ。
今は……この魔法を信じるのみ、だ」
「せいぜい気張りな、ポップ」
「……師匠、」
洞窟の入り口まで見送ってくれた師に、ポップはじっと目を向けた。
彼は、自分の願いと行いを、一応は認めてくれたのだ。
此処に来るまで随分と迷ったが、今では話して良かったと思う。
「なんで、師匠は協力してくれたんだい?」
「は?」
「だって師匠、この魔法は……」
「最初に言った筈だぜ、もう忘れたのか脳ナシが。
……オレは、お前が危ねぇ事をするんでなきゃ、見守ってやるってよ」
「…………。」
「それで何処まで行けるかは正直オレにも検討はつかねぇ。
とにかく行けるとこまで行ってみな。
これだけの無茶をできるのは……きっと今だけの筈だ」
「そっか…………ありがとうな」
素直に礼を述べると、ポップは移動呪文を口にした。
後はこの魔法を使うに相応しい場所へと行くだけだ。
目指した場所は、テラン。
<The legend of the knight of the dragon.−2−>
繊細に組まれた魔法陣の上で、限界まで精神を研ぎ澄ませる。
淡い光を放ち全身から滲み出ていた魔法力が、じわり、じわりと凝縮し
体全体を覆うように吸着し始めたのを見て、ポップが小さく笑みを零した。
まずは第一段階、成功。
次はこれを、空の彼方へ向かって飛ばす。
だが、そのまま飛ばしただけでは、ただ魔法力を空へ放出するだけだ。
そこへ持っていきたいのは魔法の力ではない。
そして目指す場所も、雲の上などではなくて。
(………よし、いっちょやるか!)
行きたい場所は、神の住まう場所。
膨大な魔法力に守られるように、そして魔法陣の助けを借りて、
飛ばしたものは、己の精神そのものだった。
「………なんか、想像してたのとはだいぶ違うような……、
つーか、ココどこだよ……」
キョロキョロと辺りを見回して、ポップは大仰な溜息をついた。
ミルク色に薄い桃色を混ぜたような雲が足元に広がり、そして頭上には雲ひとつない
空が広がっている。
だが、その空も不思議な事にじっと見上げていると七色に変わる。
ところがもっと不可解なのは、そんな風景が見渡す限り広がっているだけで、
そこには何も無いということだ。
佇んでいるのは、自分一人。
「コレじゃ、失敗したのか成功したのかすら判んねぇよな」
お手上げだとでも言いたげに両手を軽く上げる仕草をしたまま、参ったように
ポップは吐息を零した。
人を捜すといっても、こんな人っ子一人いない状況では。
「さーて、どうすっかな……………ん?」
何かが、凄い勢いでこちらへ向かってくる。
最初は豆粒のように見えたそれが、ぐんぐんと近付いてきて。
「うわァッ!?」
ごう、と耳元で大きな唸りが聞こえ、続いて猛烈に吹きつけた風に思わずポップは
手で顔を覆うようにして目を閉じた。
「なッ、なんだ!?」
思わず上ずった声が出る。
咄嗟に風が行き過ぎた方向へと視線を向けると、過ぎ去っていく黒い影がある。
そしてその先には、一匹の竜。
「………な、なんだかよく分かんねーけど………追ってみっか」
それが何なのか、敵か味方かさえ分からないものではあるが、今この場では
唯一の存在だ。
慌ててポップが飛翔呪文を口にする。
ふわり、と身体が宙に舞った。
前方を行く存在は、結構なスピードで突き進んでいる。
それを追うように飛びながら、ポップは訝しげに眉を潜めた。
飛翔呪文で全速をかければ追えない速さではないけれど、どうしてか一番前を行く
竜の飛び方が、まるで逃げ惑っているように見えるのだ。
もしかしたら後ろを追う黒い相手に追われているのかもしれない。
黒い相手は存在を嗅ぐ限り、神の領域に居る者とは違うようだし、もちろん自分と
同じ人間だとはとてもではないが考えられない。
ひとつの可能性を挙げるとすれば、魔族。
ポップ自身に何人か知り合いがいるので、その存在は見分けやすかった。
黒い存在から湧き出している暗黒の力は、魔の持つもののそれだ。
「回り込めれば良いんだけどな………そりゃちょっと無理っぽいか」
確証も無いのに手を出したくは無いけれど、ひとまず前方を行く相手には
止まってもらった方が良いだろう。
そしてできればお引き取り願った方が良い。
どう考えても、先頭を行く竜と戯れているようには見えない。
(ここはひとつ、牽制しとくか)
「ギラッ!!」
一点に力を収束させた魔法力を解き放つ。
真っ直ぐに放たれた呪文は、最高の鋭さで前を行く黒い影の片翼を貫いた。
突然の攻撃に驚いた相手がくるりと後ろを振り向く。
しかし、その時には既に次の呪文が出来上がっていた。
「メドローア!!」
予期せぬ強大な力に声を上げる暇もなく、黒い魔のものは一瞬でその力に負けた。
肉体という媒体が無いからだろうか、普段よりも魔法の発動が格段に早く、
むしろその事にポップは驚きを隠せない。
「す……すっげぇ〜……」
まるで心で望んだものが一瞬で目の前に現れるような、そんな早さだ。
己の両手を呆然と見つめ、だがすぐに我に返ったようにポップは顔を上げる。
しかし、既に竜の姿もそこからは消え去っていた。
<続>
ビバ、捏造!(笑)