竜を祀る国・テランの片隅。
湖に囲まれた場所にあるものは、小さな祠。
普段あまりこの場所に人が訪れる事はなく、稀に捧げものを手に祭壇に向かう者が
居る程度。
竜の加護を受けた、神聖な場所。
そこで今、静かに瞑想を続ける男が一人。
それが数年前に大魔王を倒した勇者の仲間である事を知る者は多いが、
残念ながらそれに気付く人の姿そのものが、この場所には無い。
だからこそ、彼にとっては好都合ともいえた。
<The legend of the knight of the dragon.−1−>
「なァにやってんだ?」
「あ、師匠。
いやな、新しい魔法を思いついてちょっと組み立ててみたんだけど……、
コレってどう思う?」
いきなり現れたと思いきや挨拶もなく書庫に引き籠った弟子の様子を見に来てみれば、
やたらと分厚い魔道書を開いて一人ウンウンと唸っていた。
不思議に思いつつ声をかけてみれば、弟子は手にした一枚の紙切れを師匠へと差し出す。
「ほォ……コイツをお前が?」
「あー……前にメドローアを教えてもらった時に、初めて魔法と魔法をかけ合わせるって
方法があるって知ってさ、他にも何かできねぇかなって思って、ちょっと」
「ちょっとでこんだけできりゃあ大したモンだ」
「へへへ」
「調子に乗るんじゃねぇ、ポップ」
紙切れをまじまじと眺めたマトリフが感嘆の声と共に言えば、照れたような笑いがあって、
少し気恥ずかしくなったのかマトリフは渋面を張りつかせた表情で苦く吐いた。
「しかし……コレじゃ発動はしねぇだろ」
「ああ、しなかった。
だから何かヒントでもねーかなって思って、ちょいとここいらの本をさ」
書いてあった魔法陣と、かけ合わせた魔法自体のチョイスは悪くない。
ただ構成に少々無理があるといったところか。
しかしそれを見れば見る程に、疑問が生じる。答えの見えている疑問が。
「お前……こんな魔法作り上げて、一体どうするつもりだ?」
「…………分かってるクセに、訊くなんて卑怯だぜ」
「まだ……捜していたのか」
「当然だろ」
質問自体がまるで心外だと言わんばかりに眉根を寄せて、ポップは師の問いに
即答で返した。
最後の戦いの後、姿を消してしまった親友はまだ見つからない。
生きているのだというロン・ベルクの言葉を信じてはいるが、どうしても自分で
確かめなければ気が済まなかった。
何が何でも捜し出して、無事を確認して、一発殴って、それから笑いたい。
ただ、己の足で捜して回るには些か世界は広すぎた。
あてもなく彷徨い続けるより、できればもっと手っ取り早く確かめる方法が欲しい。
そうして考えたのは、移動呪文であるルーラを少しアレンジしたものだ。
嘗てアバンが行ったような道具との融合ではなく、魔法と魔法を組み合わせた
完全なオリジナル魔法。
それを使えば、空の上からでも充分に人捜しが可能になるようなシロモノ。
「まったく……相変わらずお前は横着なことしやがるぜ」
「だ、だってよォ……何処行けば良いのかも分かんねーのに、ただ闇雲に
走り回るのは非経済的だろ?
しかも自由に動き回っていられるのは、今んトコ俺ぐらいのモンだしな」
レオナを始め、殆どの者達はそれぞれに役割というものを持っている。
彼女はパプニカに、マァムは村に、それぞれ戻って行った。
メルルもテランに一度戻らなければといって去り、ヒュンケルなんかは
旅云々以前にまずはボロボロになった体を治してもらわなければ困る。
魔族連中は、気の良いクロコダインやヒムなどは共に捜すと言ってくれたが、
平和になったとはいえまだまだ恐れられている魔族を、無暗矢鱈と歩き回らせるのは
少しばかり気が引けたし、ラーハルトが素直に協力をしてくれるなどとは
ハナから考えていない。
気がつけば、そこに立っていたのは自分一人であったのだ。
もちろん皆にも消えた勇者を、大切な仲間を心配に思う気持ちは多分にあるだろう。
だが、それとこれとは別なのだ。
皆の生きる時間を犠牲にしてまでそれを行うべきじゃないと、ポップは仲間達に
そうハッキリと告げた。
その時のレオナの苦笑は今も忘れられない。
「それでもキミは行くのよね?」と言った彼女の言葉に、「どうせ暇だからな」と
一言で返した。
嘘ではない。実際にポップには他にやりたい事があったわけではなかった。
魔法使いになると言って家を飛び出し、そしてそれを成し遂げた今、目標を
見失ってしまったというのも大きな理由のひとつである。
必ず見つけ出して連れ帰ってくると告げると、絶対よ!と強く言って、パプニカの姫は
鮮やかな笑みを浮かべた。
「確かに、地上の脅威が去った今、お前はお前の好きなように生きりゃいいさ。
誰にだってその権利がある」
「え………」
「お前が必要だというのなら、オレはいくらでも力を貸してやる。
手のかかる弟子ほど可愛いとは良く言ったモンだな。
……危ねぇ事をしてくれるんでなきゃあ、ずっと見守っててやるさ」
「師匠……、」
突然訪れて新しい魔法を編み出したいと言い出したポップは、まだ何か隠し事を
しているような気がする、マトリフはそう考えて少し釘を刺すように言いながら
ポップから渡された紙切れをヒラヒラと泳がせた。
困ったような顔をするポップを見て、マトリフは手にした紙切れをポップへと差し出す。
「お前が作りたい魔法は、こんなちゃちいモンじゃねぇんだろう?」
ぎくり、と頬が強張ったように見えたのは、きっと気のせいなどではない。
「本当にオレの手が借りてぇんなら、包み隠さず全部話すんだな」
「……ッ」
「お前のやりたい事が何だろうと、オレはオレの価値観で決める。
例えそれが一般的にどう思われようと……だ」
「師匠……」
「まずは、オレを上手いコト言い包めてみな。
なに、舌先三寸はお前の十八番だろ?」
「……ひでーなぁ」
メドローアを伝授され、大魔王に打ち勝ったとはいえ、やはり自分はまだまだ
この師匠に遠く及ばない。
単純な力や魔法力という意味ではなくて、人間としての器が、だ。
やはり何を隠しても無駄なのだろうと悟って、ポップは小さく苦笑を浮かべた。
こりゃ素直に白状するしかないのだろう、と。
「師匠に渡したソレは、単なる失敗作だよ。
本当に作りたいモノは……これ、さ」
分厚い本の隙間に隠すようにしていたもう一枚の紙を取り出して、ポップはそれを
マトリフへと差し出した。
今自分が持っているものよりずっと細かく組まれた魔法陣。
その内容に。
「お前………これは、」
大きく見開かれた双眸に浮かんでいたものは、驚愕だった。
<続>
マトリフ師匠も大好きです。(笑)