方々を捜し歩いて、やっと彼の姿を見つけた。
無駄にだだっ広く見通しの良い筈のこの場所で、どうしてだか
捜し出すのにやたら時間がかかった。
驚かせようと後ろから静かに近づいた、その彼の傍で見つけたのは
一振りの短刀。
暫くは微動だにしていなかったのに、やがて彼の手はゆっくりと
その短刀に伸びて。


反射的に私は駆け出していた。


ダメだ、ダメだダメだ!!そんなこと、絶対に…!!



「やめろ、妹子!!」




















さて、まずはどうしてこんな事になっているのかを話さなければならないな。
とはいえ私もまだちゃんと全てを把握してるわけじゃあ無いが…、
う、うるさいな!このスーパー摂政の頭でも理解しきらん事ぐらいあるわい!!
これは私と妹子が2度目の遣隋使として隋に行き、その帰り道のことだ。
隋ではそりゃあもうビックリするぐらいトントン拍子に事は進んで、あっと言う間に
帰りの船に乗る事になっていた。
その辺りは敢えて特筆するべきこともない。
ただ…ただ、帰りの船が問題だったんだ。










「……太子、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか………うっぷ」
「わあ!こっち向くなバカッ!!」

船酔いでグダグダな私にこの仕打ち、くそぅ妹子め。
甲板で風に当たりながらなんとか気持ち悪さを鎮めようと試みるものの、どうやら
それも無駄なあがきのような気がする。
だらりと手すりにぶら下がるように体を預けて、私は一体この船旅があと何日
続くのだろうと想像して、絶望的な気持ちになった。

「そんな、この世の終わりみたいな顔しないで下さいよ太子……」
「妹子も船酔いになってみればいいんだ、そうしたら私の気持ちぐらい
 手に取るように分かるだろうさ」
「嫌ですよ船酔いなんて」
「嫌とかいうな!船酔いをバカにすんなよ、妹子のアホー!!」
「逆ギレするなよ!!」

まるで私をゴミでも見るような目で見て(失礼な!)から、妹子は不安そうに
空へと視線を向ける。
私も手すりにぶら下がったままで同じように空を見上げた。
分厚い雲が空を覆っていて、普段の透き通るような青は何処にも無く、
ただ灰色が続くのみだ。
これはそういくらも経たない内に雨が降ってくるだろう。

「時化がきそうですね……今以上にこの船揺れますけど、大丈夫ですか?
 もしかして死にますかねぇ……」
「ちょ、なに期待に満ちた目で私を見てんだよ!?
 死なないよ、私死なないよ!?」
「チッ……ま、それもそうですね、船酔いぐらいで」
「舌打ちした!?」

もう、なんなのこの子!
さっきからあわよくば私を亡き者にしようとしてるんじゃないか!?

「冗談はさておき、太子もそろそろ中に入って下さいよ。
 雨が降ってきたら大変ですから」
「うーん……私はもうちょっと風に当たってたいんだがなぁ。
 この風の湿り気具合がとっても気持ち悪くて」
「なお悪いんじゃ!?
 もうぅ〜……知りませんよ、濡れて風邪引いても看病はしませんからね」

ざぶんざぶんと、波はもう相当に高くなってきている。
確かにこれは早いこと中に引っ込まないと、えらい目に合いそうな…、

「……太子ッ!?」
「え?」

船内に入ろうとしていた妹子が振り返り、やたら血相を変えてこっちに駆けてくる。
なんだ、急に。



「太子、後ろ…ッ!!」



ざぁっと聞こえてくる波の音にまぎれて聞こえてくる妹子の声。
後ろが何だって…………おぁマァッ!?津波ーーー!!??

「妹子、こっち来ちゃ…!!」
「あぶないです太子、下がって!!」

こっち来ちゃダメって言おうとした、その前に妹子が私の腕を掴んで
強く引っ張った。
下がってってお前、下がったところでこんなの……!!




大きな波が私達を呑みこもうとするのを見て、小さく舌打ちが漏れた。
逃げ場なんて最初からありはしないだろう、こんなの。
自然の猛威に対して、私達人間なんてちっぽけなんだから。
吹かれりゃ飛んでいくような、そんな儚いものなんだから。
それでもやっぱり諦められなくて、私は妹子の腕を強く掴んだ。

あわよくば。



あわよくば、それでも生き残りたいじゃないか、二人で。




















「………いし、太子、起きて下さい!!」
「う〜ん…………ケツ妹子が隊列組んで………」
「なんの夢見とんじゃおんどれはーーー!!」

がっす。
私の鳩尾になんか重たいものがめり込んで、漸く意識が浮上した。
よく見れば妹子が私の腹に肘をめり込ませている。
チクショウ、全身凶器か貴様!!

「あれ、妹子…………生きてた?」
「生きてたって……ええまぁ、生きてましたよ。
 太子は残念でしたね」
「全然残念じゃないよ!?むしろ万歳三唱モノだよ!!」

相変わらずの妹子の毒舌っぷり。
確かにコレは夢じゃないな。
むくりと起き上って自分の身体を見回すと、五体満足だった。
海に放り出された筈なのに、服まですっかり乾いている。
そんなに長いこと気を失っていたんだろうか。
いや……でも、待てよ。なんかおかしい。

「原っぱ?」
「ええ、原っぱです、太子」
「どうして私こんな所で寝てたの?」
「さあ……僕には」
「確か私達、津波に呑まれたんだよね?」
「ええ、僕も目が覚めた最初は夢かと思ったぐらいです」

見渡す限り草ばかり、流れ着くにはおかしな場所だ。
大体、流れ着くなら浜辺とか、そういう所でないとおかしいだろう。
なのにどうして、こんな所に居るんだろうか。
しかしまあ、とりあえず。

「四つ葉のクローバーでも探すかな?」
「なんでだよ!?
 なんでこの状況でそんな言葉が出るんですか!!」
「だってなんかありそうなんだもん!!
 此処なら私の幸せが見つかりそうな気がするんだよ!!」
「だってじゃねぇー!!
 もう少し怪しいと思って下さいよ、この状況を!!」

そりゃ怪しいとは充分に思ってるけどさ。
でも、しょうがないじゃないか、他にする事ないんだもん。
大体此処が何処なのかもよく分からないし。




「あー、いたいた、やっと見つけたよー」
「良かった……ちゃんと見つけられてホント良かった…!」
「全くもう、鬼男くんポイント外しすぎ!!」
「誰のせいだと思ってんだアンタは!!」




突然空から降って湧いた声に、私と妹子は揃って空を仰ぎ見た。
そこに2人、ぷかぷかと宙に浮いていて。
見間違いかと思わず袖で目元をゴシゴシ擦ってみたけれど、
2人は消えたりしなかった。
どうやら見間違いでも無さそうだ。






ざぁっと、生温い風が草を揺らす。

これが、スーパー摂政である私とその部下妹子と、ヘンテコな2人の出会いだ。

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

果たして日和らしさを失わずにシリアスって何処まで可能なのだろうか、
そういったチャレンジ精神で書いてみたい話。
それにしたって、太子の一人称って思ったより難しい…!!

 

 

 

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