やられた。
深い穴の中で僕はじっとりと上を見上げる。
こないだ太子の掘った落とし穴に嵌められたというのに、また穴か。
穴の側面に手を沿わせて、やたら緩くなっている状態にため息が零れる。
恐らく先日起こった少し大きめの地震のせいで陥没してしまったのだろう。
こんなに緩くては、手や足をかけた側から崩れてしまって登れない。
誰か通りかかってくれたら縄でも持ってきてもらうのだけれど、よくよく
考えたら僕は仕事をサボって逃げた太子を捜しながら結構外れたところまで
来てしまっていたのだ。
こんな所に通りかかる奇特な人なんて……。



「あれ、妹子じゃないか。
 こんなトコロで何してるんだ?」


いたー!!
しかもこの間抜けな声、いやでも、今は通りかかってくれた事だけでも
有り難がるべきか!!

「太子!いいところに通りかかってくれて有り難うございます。
 どうもこないだの地震で陥没してしまっていたらしくて…、
 土が緩くて登れないんです、縄か何か持ってきてもらえませんか?」
「あーあ、だからあれ程普段からちゃんと足元に注意しろって」
「言われたことありませんよ!!
 早くしてください!!」
「ちぇー、人遣いが荒いヤツだな。
 しょうがない、ちょっと待ってろよ。
 歌いながら待ってろよー」
「誰が歌うか!!」

相変わらず意味の分からない事を言って太子はそこから姿を消した。
ホントにダメな摂政だな、アレは。
けど、まさか地面が陥没してるだなんて思わなかった。
他にもこんな場所があるのかもしれない。
ちゃんと調べて埋めないと危なくてしょうがないな。
後で馬子様に相談しよう。















が、待てど暮らせど太子のバカが戻って来ない。
何やってんだあの人…!!
日が傾いて穴の中を照らしてくれなくなって、おまけに雲行きまで
怪しくなってぱらぱらと雨が降ってきた。
雨を凌ぐ術さえなくて、仕方なく僕は隅っこで膝を抱えて丸くなる。
本当に何やってるんだろう。
もしかして、途中で遊び出して僕の事なんか忘れちゃったのかもしれない。
最悪だ、寒くて死んだら夜な夜な化けて出てやる。

「くっそ〜………太子のバカーあほーカレー臭ー……」

ぐすん、と鼻を鳴らして僕は縮こまった。
決して泣きそうなわけじゃない、寒くて鼻が出るだけだ。

「あんなアホ太子に頼った僕が馬鹿だった……」
「なんだとー!!この辛辣お芋め!!」
「なっ……た、太子!?」
「せっかく助けに来てやったってのにその言い草はなんだー!
 もう帰っちゃおうかなー」
「ちょ、待って下さいよ!!
 大体なんでこんな遅かったんですか!!」
「ははは、すまんすまん。
 縄を探しに戻ったはいいけど、途中で馬子さんに見つかってしまってな。
 急いでるからっていくら言っても聞いてくれなくて、今まで仕事に
 かかりっきりにされてた」
「はァ!?」
「逃げようとしたら容赦なく棒で尻をブッ叩いてくるもんだからさぁ、
 妹子には悪いけど、仕事片付けた方が早いなって思って。
 ほんと、馬子さんたら私を信用してないんだもんなぁ」
「それはアンタの日頃の行いのせいですよ」

いいから縄、下ろしてください。
そう言ったらぺろんと目の前に縄が落ちて来た。
それを掴んで強度を確かめるように引っ張ってから、僕は土壁に足をかける。
やれやれ、どうやらやっと出られそうだ。

「………太子に見捨てられたかと思いましたよ」
「失礼だな!私をそんな風に見てたのか!?」
「ええまぁ」
「そこは否定しろよ、お前……」

何とか穴の中から這い出して、固い地面に手をかける。
視線を上に向けると、どこか不満そうな顔をした太子と目が合った。
差し伸べてくれた手を掴むと、そんなに強くない力だけど引っ張り上げて
くれようとしてるのだろうか、ぐいと上に引き上げられる。

「まあでも、通りかかってくれて助かりましたよ」
「そうだろう、もっと褒め称えてくれてもいいぞ!!」
「どうせ仕事サボって散歩でもして偶然通りかかったんでしょうけど」
「なにッ、お前さてはエスパーか!?」
「図星かよ!アンタこそ否定しろ!!」

思わずイキオイでツッコミを入れたら、足が滑ってぐらりと体が傾いた。
あ、やばい、このままじゃまた落ちる!
そう思ったけど、慌てて太子が僕の背中に手を回して引き寄せてくれたから
何とかそれは免れた。

「おわー……危ない危ない」
「す、すいません……」

が。
今度はぐらりと太子の方へ傾いて。




「「 わあああああああッ!? 」」




2人揃って、真っ逆さま。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
え、なんで僕また落ちてんの!?

「た…太子…?」
「ぶっ……あは、あははははは!!
 どうやらこの雨で、こっちの地面も緩くなってたみたいだ。
 まさか陥没するなんてな!!」
「ちょ、笑いごとじゃないですよ!!
 縄はあっちの穴の方だし……今度こそ誰も通らないかもしれないんですよ!?」
「ま、そうならその時だ」

なんでだ。
なんでこういう時に限ってこの人はこんなに余裕を見せるんだろう。
いつもそうだ、どうでも良い事には簡単にテンパってみせるくせに。

「随分と余裕なんですね」
「そうかぁ?そうでもないんだがなー」
「このまま出られなくて、野垂れ死ぬ可能性だってあるんですよ?」
「うんまぁ、それでも」

さっきまで本降りだった雨は、徐々に勢いを弱めている。
これならもう少し待てば雨は上がるだろうか。
顔に当たる雨粒を少し擽ったそうに太子は顔を顰めて、それからこっちを向いた。



「妹子と一緒なら、まぁいいかな」



ホントに、この人は…!!
徐々に熱くなっていく頬に、日が暮れていて本当に良かったと思った。
こんな顔を太子に見られたら、なんてからかわれるか分かったもんじゃない!!










結局、夜中になっても帰って来ない太子を心配して捜しに来た調子丸くんが
僕らを見つけてくれたわけなんだけど。


調子丸くんに引き上げられた後に、3回目の陥没があったかどうかは
ご想像にお任せします。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

普段はアレでもここぞという時は摂政らしく
落ち着いている太子、というトコロが書きたかっただけさ。

 

 

 

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