<ACCIDENT・8>

 

 

 

キレたルフィ・ゾロ・サンジの3人に敵などいなかった。
むしろ瞬殺だったと言っておこう。
とにかく早く片付けて、ウソップの元へ行きたかった。
チョッパーが診てくれているから大丈夫だ。
そう信じてはいても。それでも。

 

 

 

 

海賊を蹴散らし、ナミがしっかりお宝をゲットして、
やっとゴーイング・メリー号に静寂が訪れた。
気を失っているウソップと、様子を見ているチョッパーを囲むように
全員が集まる。
皆の顔を見ると少し泣きそうな顔をしながらチョッパーが言った。
「ダメ。弾が貫通してない。手術しなきゃ。
 でも、俺一人じゃ無理。できたら手伝って。
 船の錨を下ろして動かないようにして、なるべく揺れない場所がいい」
「そうね……じゃあ、私の部屋でやりましょ。
 血生臭いのは好みじゃないけど、背に腹は変えられないわ」
「ありがと、ナミ」
「何を用意したらいいのか教えて。それから、手伝いは私だけでいいの?」
「できればあと一人」
「じゃあゾロ。アンタが来て」
しっかり者2人がテキパキと話を進めて、ナミがゾロを引っ張って行く。
そして、部屋に入る前にナミが振り返って言った。
「じゃあ悪いけど、ココの片付けはサンジ君とルフィでお願いね」
「…………あれ?」
今まで話について行けず呆然と話を聞いていたサンジとルフィが、やっと我に返る。
「しまった…押し付けられた」
「何言ってんだ。ナミさんがああ仰ったんだから、さっさとやるぞ」
がぼーんとショックの表情を浮べているルフィの体をサンジが思いきり蹴飛ばした。

 

 

 

 

目を覚まして最初に目に入ったのは、心配そうな表情のチョッパーだった。
「あ…俺……?」
「よかった。目が覚めた。もう大丈夫」
そういえば脇腹を撃たれてそのまま倒れたのだと、そこで漸くウソップは気付いた。
「治してくれたのか、チョッパー」
「うん、まだ暫く安静にしてないとダメ。寝てて」
「ありがとな」
「どういたしまして」
お子様達がニッコリと笑い合う。
ウソップが部屋の中を見回すと、椅子に座ってるナミがいて…ゾロもいた。
ゾロは少し険しい顔をして。
「さてチョッパー、私達はルフィとサンジ君にこのこと報告に行きましょ」
立ち上がってナミはチョッパーに声をかける。
「俺もか?」
「当たり前よ。アンタがいなかったら、ウソップに食べさせる物の指示も
 できないでしょ」
「あ、そっか」
チョッパーもベッドから飛び降りると、ナミの後をついて行く。
部屋を出ると、チョッパーが立ち止まった。
「…どうしたの?」
不思議そうにナミが訊ねると、チョッパーは悲しそうな目を見せる。
「ゾロ、怒ってる。なんでだろ?」
「んー…放っておいていいわよ」
「そうなのか?ウソップ怒られたりするんじゃないのか?」
「そんなワケないわよ。多少無茶したとはいえ、結果的に私達はウソップに
 助けられたようなモンだし」
「それならいいけど…」
まだ心配そうな顔をしているチョッパーにナミは苦笑すると、その頭を優しく
撫でてやった。
「いいのよ。ゾロが怒ってるとするなら、それはきっと自分自身に対してだから」
「???」
「ウソップを守りきれなかったコトが、よっぽど悔しかったみたいね」
「どうしたらいいんだ?」
「放っておくの。きっとウソップがどうにかするわ」

 

 

 

 

どこか居心地が悪いような気持ちで、ウソップはベッドの中からゾロを見た。
ゾロはさっきから一言も喋らない。
かと言って、こっちの様子を見ているワケでもなさそうで。
ただ、一ヶ所を見据えて機嫌の悪そうな表情をしていた。
見つめているのは壁に立て掛けて置いてある三本の刀。

 

……落ち込んでるなぁ……。

 

その様子をただ眺めて、ウソップは小さな小さなため息をついた。
ゾロの責任なんかじゃないのだ。
だが、いくらそう言っても、きっとこの男は自分を責め続けるだろう。
いい意味でも、悪い意味でも、まっすぐだから。

 

『お前のせいなんかじゃない』

 

軽すぎて、そんな言葉じゃ駄目なのだ。
でも、いい言葉が見つからない。
ウソップが頭を悩ませていると、ゾロが立ち上がった。
そしてゆっくり近付いてきてベットの前で止まった。
驚いてウソップが見上げると、大きな手が頬を撫でる。
「……ゾロ…?」
「悪かったな。……怖かっただろ」
ゾロの目はとても悲しそうで。
ウソップは急いでぶんぶんと首を横に振った。
「怖くなんか、なかった。本当に怖くなかったんだ」
「…………」
「あ、信用してねぇ目だな、それは。こんな時に嘘なんかつくかよ。
 本当に平気だったんだってば!!ホントなんだ!!」
「…ウソップ」
「怖いなんて思ってるヒマなんかなかった!!
 お前が…お前が、刀なんか捨てるから…っ!!
 どうにかしなきゃって、そればっかり考えてた!!
 お前のせいだ!!お前が刀捨てるから悪いんだ!!」
今頃になって、ぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
しかしそんな事を気にも留めず、ウソップは叫び続けた。
「俺はそんな風にしてほしくなんかなかった!!
 戦って欲しかった!!その為になら、別に俺は死んだって
 構わなかった!!」
その瞬間、ウソップの頬が鳴った。
平手をモロに食らい、ウソップは左頬を押さえて呆然とゾロを見上げる。
怒ってはいなかった。
ただ、悲しそうな目をしていただけだった。
「……2度と言うんじゃねェ」
静かに、呟くようにゾロが言う。
そして踵を返し部屋を出ようとするゾロの、服の裾をウソップが掴む。
振り返ると思いの他強い瞳とぶつかった。
「……何度だって言ってやる。
 俺は、お前の戦いを、世界一の剣豪への道を、邪魔したくなんかないんだ。
 こんな…こんなくだらねぇ事で、挫折するようなコトがあっちゃならねぇんだ。
 足手纏いなんかにゃなりたくないんだ。お前には、勝ち続けてほしいから」
なんて、強い目をするのだろう。
こういう目は以前にも見た。
命懸けで生まれ育った村を守ろうとしてた時に。
そしてこういう時、自分の弱い部分を痛切に感じるのだ。

 

「解ってんのかよ。俺は、お前の為なら死ねるんだぞ?」

 

限界だった。
たまらず、ゾロはウソップを抱き締める。
目を見ていられなかった。顔を見られたくなかった。
きっと、今の自分は情けない顔をしているだろう。
「…お前が撃たれた時、心臓が止まるかと思った」
ウソップの小さな肩を雫が濡らす。
泣いている?
どきんとして、ウソップは焦った。そんなつもりじゃなかったのだ。
「お前が死んだら、きっと俺も死んじまう」
そして、そう思う自分がとても弱く思えて、とても情けなくて。
それと同時に、ウソップが自分の中でどれだけのウェイトを占めていたのかが、
嫌という程実感させられる。
なくしてはならない、大切なタカラモノ。
「…………ごめんな、ゾロ」
小さな手が、ゾロの頭を優しく撫でる。
「俺は、守られたくなんかないんだ。お前と一緒に並んでいたいんだ。
 だからコレは、俺なりの誓いなんだ」
「…誓い?」
「そうだ。お前が世界一の剣豪になれるように、俺が、これからもお前と
 一緒にいられるように。
 もし…もしも、俺のせいでお前が夢を諦めるような事があったら…
 俺は、これ以上お前とは一緒にいられないから」
「…………」
「だからお前は、安心して前を向いとけ。
 夢が叶うようにさ」
「ウソップ…」
ゾロが顔を上げた。頬に残る幾筋もの涙の跡にウソップは唇を寄せる。
そして、いつもの屈託の無い笑みを見せた。
「だからって放っとくんじゃねぇぞ?
 余裕があったら、ちゃんと助けに来るんだぞ!!
 俺、弱いんだから」
「じゃあ、もっともっと強くなって、余裕作らねェとダメだな」
「その通りだ!!期待してるからな!!」
ゾロの言葉に頷いて、ウソップはぎゅっと抱きついた。

 

 

 

 

「……じゃ、ウソップのメシはそれでいいんだな。了解」
場所はキッチン。
チョッパーから話を聞いて、理解したと大きく頷いた。
「うん、よろしくサンジ」
「任せときなって」
チョッパーの言葉にサンジは大きく胸を張った。
それを見ていたナミが口を開く。
「サンジ君、頼みがあるんだけど」
「はいっ!!何でしょうナミさんっっvvv」
「あのね、今日の夕食は肉料理を避けて欲しいの」
「はぁ…そりゃ構いませんが、そりゃまたどうして…?」
不思議そうに問うサンジに、ナミは苦笑した。
「ちょっと、今は肉を見たくないの」
さっきまでの手術を思い出しそうで。
そう言うとチョッパーが気にしそうなので、ナミはそれ以上何も言わなかった。

 

 

 

<続>