<ACCIDENT・25>

 

 

 

「おっちゃん!!!」
鍛冶屋に飛び込み、ウソップはカウンターをバンバンと叩いた。
何事かと店の主人が慌てて飛び出してくる。
「…あ、アンタはさっきの…」
見覚えがあったのか、驚いて店の主人はカウンターの内側から出てきた。
「どうしたんだい!!血だらけじゃないか!!!」
そう言われてウソップは漸く自分が怪我をしている事に気がついた。
左腕の銃弾が当たった場所からは血が滴り落ちていて、腕は上げる事も
できなかった。
しかし、それには何も言わずに、必死の形相でウソップは主人にしがみ付く。
「おっちゃん、さっき預けた刀、返してくれ!!
 すぐに要るんだ!!!」
「…あの、三本の刀かい?
 でも…キミは傷の手当てをした方が……」
「俺の事なんかどうでもいいから!!」
傷に触れようとする手を、ウソップは押し返した。
「早くしてくれよ!!
 時間がないんだ!!ゾロが危ないんだ!!」
「ああ………わかった」
その剣幕にただ事ではないと思ったのか、主人はすぐに刀を持ってきた。
それを受け取って大切そうに抱えると、ウソップはやっと笑みを浮かべた。
「ありがと。コレで助けられるよ」
「もう、磨き終わってるから。いい刀だから大事に使ってやれって
 持ち主に伝えておいておくれ」
主人の言葉に大きく頷くと、ウソップは踵を返して走り出した。
元来た道を、大通りに向かって。

 

 

 

 

その頃ゾロは、かなり窮地に陥っていた。
大通りを封鎖していた海軍相手に戦っている内に、屋根にいた連中に囲まれていた。
そこから一斉に銃口を向けられると、さすがに戦う気も失せる。
殺されるのか、捕まるのか。
どちらにしろロクな事にはならないだろう。
それでもいいか、とゾロは思った。
無事に…という保証はないのだが、ウソップを逃がす事ができた。
もしも自分が捕まっても、ウソップが他の仲間に連絡を取ってくれたら
必ず救い出しにやってくるだろう。
そういう奴等なのだ。この船のクルー達は。
以前の自分なら、死ぬまで戦い続けただろう。
銃を向けられ狙われても、恐れる事無く。
しかし今は、死ぬ気など毛頭ない。
夢を諦める訳にはいかない。
勝つために、退く事もある。
ココで死ねば後でウソップに何言われるか解らないしなと、
半分自嘲じみた笑みを浮かべて、ゾロは両手を上げた。
丸腰ではもうどうしようもない。降参だ。

 

 

ところが、大通りをまた走って戻って来るウソップが、ゾロの視界に入った。
「な……!?」
驚いた、なんてものじゃない。
てっきり逃げたと、逃がしたものだと思っていたのだから。
ウソップは大通りを走って目を見開いた。
屋根の上にいた海軍達が、全員銃を構えてゾロを狙っている。
半ば反射的な行動だった。
肩から下げたがま口鞄からパチンコを取り出すと、痛む腕に活を入れて構える。
「させるかァ!!!」
パチンコの使い方は、もっと小さい頃から練習していたから知っている。
だが、どの玉がどんな効果をもたらすのか、そんな事は知らない筈だった。
なのに、ごく自然に手がその一つを掴む。
そして狙いを定めると、屋根の上の一人に向かって玉を放った。
「必殺!!火薬星!!!」
殺傷力は余り無いが、それは派手な轟音を上げて海軍の一人に直撃した。
「ゾロ!!平気か!?」
「な…っ、何やってんだ!!!逃げろっつったろうが!!!」
「刀、取ってきたんだ。コレで勝てるだろ!?」
にっと笑みを浮かべて、ウソップは右手に抱えた刀を見せる。
「馬鹿野郎!!俺は逃げろって言ったんだ!!」
「イヤだ!!ゾロを置いていくなんてイヤだ!!
 俺だって海賊なんだ。俺だって戦うんだ!!」
ぶんぶん首を横に振って、ウソップは大きく叫んだ。
そして、真っ直ぐ前を見据える。
とにかく刀をゾロの元まで運ぶのが先決だ。
「今、そっちに行くからな!!」
何があっても真っ直ぐ走る。
最短距離を、全速力で。
そう腹に決めてウソップは大きく深呼吸すると、地を蹴った。

 

 

 

 

火薬星でもう一人の海賊の存在に気付いた海軍の数人が、ウソップ目掛けて発砲する。
それをどうにか避けると、ウソップは海軍が待ち構える中へ突っ込んで行った。

 

『何があっても、真っ直ぐ』

 

それだけを、忠実に守って。
それを信じられないような面持ちで、ゾロは見つめていた。
いつか見た力強い瞳を、垣間見たような気がして。
正面から捕えようとする海軍の一人に、ウソップは思いきりぶちかましをかけた。
よろめいた男の隙間を縫うように、ウソップはただ真っ直ぐ走る。
今度は、ゾロを取り囲んでいた半分が、ウソップに向かって突進してきた。
「……げっ」
小さく呻くと、ウソップはもう一度パチンコを手にした。
「ああもう、めんどくせーなぁ!!
 必殺!!煙星!!!」
足元目掛けて玉を放つと、辺りに煙が立ち込める。
視界を遮られて、海軍達の動きが止まった。
「…よしっ!」
ニヤリと笑って、ウソップは走った。
自分も視界がよく利かないが、ゾロの立つ場所はちゃんと解ってる。
ただ、真っ直ぐ前に進めばいいのだ。
しかし周りを気にも留めていなかったのが、唯一の失敗だった。
背中に焼けるような熱さを感じて、ウソップはたたらを踏んだ。
視線だけ後ろに向けると、血飛沫が飛んでいる。
剣で斬られたのだと、そしてそれが自分のものだと気がつくのに、
少しの時間がかかった。
熱さの末、到達した激痛にウソップは顔を歪ませる。
ぐらりと上体が傾くが、足を地に強くつけてどうにか踏みとどまった。
倒したと思った海軍の方が、驚いて追う足を止める。
「……負けるかっ」
血を流しすぎて震える足を叱咤して、ウソップはただ前へと進んだ。
強い風が吹き、立ちこめていた煙が晴れる。
目の前に、あとほんの十数歩の所に、ゾロがいた。
「……ゾロ」
ふと、笑みを浮かべる。
ゾロが、自分の方に向かって手を延ばした。

 

なんだか…ずっと前にも似たような事があったような気がする。
自分のせいでゾロが危なくなって……いてもたってもいられなくて……
おかしいな、俺とゾロが出会ったのは、つい最近の事の筈なのに。

 

カクンと足の力が抜けると、崩れるようにウソップはその場に倒れ込んだ。
「ウソップ!!!」
ゾロはウソップを抱き起こして、絶句した。
いくつもの銃弾が掠った跡。
その内のいくつかはモロに直撃していて、左腕と右足は弾が貫通している。
そして、背中に大きな切り傷。
そっと上体を起こしてやれば、ぽたりと血が地面に落ちた。
「……ウソップ……」
歯を食いしばって、ゾロはウソップを見遣った。
閉じられた瞼が小さく震えて、ウソップはそっと瞳を開く。
「ゾロ……」
「大丈夫か?ウソップ……」
ウソップは、にこりと微笑むと三本の刀を差し出した。

 

「ゾロ…………戦え」

 

「ウソップ…?」
「言ったろ?俺は、お前の足手纏いにはなりたくないんだ。
 だから、俺は俺にできる精一杯の事をやるんだ」
呆然としているゾロの手に刀を握らせると、満足そうにウソップは笑った。
「勝ってくれよ、ゾロ」
また意識が沈んでいって、そのままウソップは気を失った。
暫く手にした刀とウソップの顔を見つめて、そっとウソップの体を横たえると、
ゾロは左腕に巻きつけていた黒いバンダナを頭に巻いた。

 

『戦え』

 

その一言に、本能が動かされて。
三本の刀を構えると、ゾロは言い放った。

 

 

「テメェら全員、皆殺しだ」

 

 

 

<続>