<ACCIDENT・21>

 

 

 

体が痛くて目が覚めた。
ウソップがそっと布団から起き上がった。
こんなに痛くては眠れない。
特に手足の関節に痛みは集中している。
なんだろう、と思いながらウソップは甲板に出た。
外に出ると太陽が昇りかけている。
まだ、随分と朝早い。
ぐるりと甲板の周りを見回すと、見張りの当番だったのか
ゾロが見張り台の上に座っている。
そのゾロが、ウソップの存在に気がついた。
「起きたのかウソップ。早いな」
「おはよ、ゾロ!!」
ウソップが見上げて返事をすると、ゾロが見張り台から降りてきた。
「どうした、こんな朝早くから?」
「うん…なんか知らないけど目が覚めたんだ」
ふと首を傾げて、ウソップがゾロに向かって両腕を差し出す。
不思議そうな目でゾロが見ていると、ウソップは言った。
「なんかさ、腕が痛いんだ」
「腕が?」
言われて見てみるが、外観で異常は見られない。
肘の辺りに触れるとウソップが僅かに顔を顰めた。
「痛ェのか?」
「うん…ちょっと」
そう言いはするが、ウソップの顔色は悪くて。
痛みを相当我慢しているのだろう。
「チョッパーを起こしてくる」
「えっ?いいよ!!まだ寝てんだから!!」
船室に向かおうとするゾロを、慌ててウソップが止めた。
その顔を見て苦笑すると、ゾロはその額につんと指を突き付けた。
「ガキが我慢なんかしてんじゃねェ」
そして、ウソップに大人しく待ってろと言うと、ゾロは男部屋へと向かった。

 

 

 

 

男部屋には大きな鼾をかきながら大の字になって眠るルフィと、
下敷きになっているチョッパー、そして朝食の準備にはまだ時間があるのだろう、
サンジも未だ夢の中であった。
「…しょうがねェな」
ゾロはルフィの重みで苦悶の表情を浮かべているチョッパーを引き摺りだすと、
まだ眠っている状態のまま、甲板まで担いで行った。
「おいコラ、起きろってチョッパー」
ぺちぺちと頬を張ると、漸くチョッパーが身じろぎする。
「あーー……何だよゾロぉ……」
ごしごし目を擦って大きな欠伸を漏らす。
「目が覚めたか?」
「う〜…まだ早すぎるじゃねェかぁ……」
日が昇り始めた所でまだ薄暗い景色に、チョッパーが頬を膨らませて
不満そうな表情を見せる。
「急患だ。とっとと目ェ覚ませ」
「……ん〜〜〜〜…………急患??」
さすが医者。こういう時はぱっちりと目を覚ます。
「ゾロ、具合悪いのか?」
「俺じゃねェ。ウソップだ」
「…ウソップ??」
チョッパーが視線を横にずらすと、腕を押さえて蹲っているウソップの姿。
痛みは少しずつ増してきているようだ。
その顔色の悪さに、チョッパーの目が真剣になった。
「どうしたんだ?ウソップ」
「腕が…痛いんだ。あと、足も」
「どこ?」
チョッパーに痛みの酷い部分を見せると、少し怪訝そうな目を見せた。
「…見たカンジなんともないよ。…ココ?」
そう言いながらチョッパーがウソップの指し示した部分を軽く押さえると、
悲鳴が上がった。
「そんなに痛い?」
「痛い。めちゃめちゃ痛い」
涙目になりながらウソップがこくこく頷くと、ますますチョッパーは困った顔をした。
「う〜〜〜ん…」
「解らねェか?」
ゾロが訊ねると、チョッパーはポリポリと頬を掻く。
「成長期に見られる関節の炎症に似てる…けど、痛み方が酷いんだ。
 でも、炎症は起こってない。なんでだろ?」
首を傾げつつチョッパーが答え…そして、結論付けた。
「とりあえず、痛み止めしよう」
「痛み止め?」
「うん。注射取ってくるから待ってて」
「白克ヒ!!!???」
思わずウソップが叫び、ゾロとチョッパーの注目を受けてたじろいだ。
「ウソップ、注射怖い??」
「へェ。やっぱりなァ」
困ったように言うチョッパーと、ニヤニヤ笑うゾロ。
赤面しながら、でもウソップは気丈に言った。
「怖いワケねェだろ!!」
「ほォ。言ったな?」
「じゃあ、俺注射取ってくる」
「狽あっ!!待って待って!!!」
思わず、ウソップは止めていた。

 

「「…怖いんだろ?」」

 

ゾロとチョッパーのダブルの問いに、ウソップはこくりと首を縦に振った。
正直である。
「でも、注射しないとずっと痛いぞ??」
「ヤダ!!痛いのイヤだ!!」
チョッパーが説得を試みるが、ウソップは決してうんとは言わない。
こんな時、ドクトリーヌがいてくれれば問答無用なのに。
チョッパーは本気で思った。
しかし、こんな状態のウソップを放っておくなんてできない。
それがチョッパーの医者としてのプライドだった。
「仕方ねェ。チョッパー、強行手段だ」
「えっ?」
ゾロの言葉にチョッパーが驚く。
いや驚いたのはウソップも同じだったが。
「俺が押さえてるから、その間に景気良く一発やっちまえ」
それを聞いてウソップは逃げ腰になっていた。
マジだ。ゾロならマジでやると。
「…冗談やめろよ?」
「冗談なモンか」
苦笑いを浮かべて後退さるウソップに、真顔でゾロが答える。
「泣く程痛ェんだろうが。さっさとヤられちまえ」
「………イヤだっ!!」
「ワガママ言うなよ。お前を心配してんだぞ」
「でも、イヤなモンはイヤだ!!」
「ウソップ!!いい加減にしねェか!!」
痺れを切らしてゾロが怒鳴ると、びくっとウソップが体を強張らせた。
「解るだろ?お前が辛そうな顔してるのは苦しいんだ。俺達が」
「……でもっ!!」
少し迷う素振りを見せたが、それでもウソップはうんと言わない。
強情な子供だ。
「ダメだ。やっぱり押さえ込むから、その間にやっちまえ」
「う…うん!!」
ゾロが言うとチョッパーも決心したように頷く。
それを見て、ウソップが逃げ出した。
「イヤだってば!!」
「あっ!!」
「待てウソップ!!」
ばたばたと必死で走るウソップをゾロとチョッパーが追いかける。
痛いと言っているのに、この素早さは一体何なのか。
ゾロの腕を擦り抜けチョッパーの脇を通り過ぎ逃げるウソップ。
その体が、一瞬硬直した。
「……!?」
突如ばたりと倒れてしまったウソップに、驚いた2人が駆け寄る。
ウソップは震えるように痙攣している。

 

「ああああああっ!!!」

 

悲鳴が上がった。
一変した様子に、ゾロもチョッパーも暫し声もなく立ち尽くす。
もがき苦しみ延ばされたウソップの指が強く床を掻いた。
我に返ったゾロが、ウソップを押さえる。
「どうしたウソップ!!痛ェのか!?」
呼びかけてみるが、返答はない。
ただ、震えながら痛みから逃れようとするかのように暴れる。
「チョッパー!!」
「…ゾロ……見て!!」
振り返って叫ぶゾロに、チョッパーは信じられないと言うかのように
ウソップの方を指差した。
「…………!!」
ゾロは腕の中を見下ろして今度こそ言葉をなくした。
腕が、足が、体が。
信じられない速度で成長していくのだ。
「スゴイ……」
ただ一言、チョッパーが息を呑んでそう呟いた。
3分もかからなかっただろう。
ウソップが、今はもう懐かしくさえ感じる元の姿に戻ったのは。
「……すげェ」
ゾロも、絞り出すように言った。
もう痛みは消えたのだろう、気を失っているウソップの表情は
とても穏やかであった。
「なんか…貴重な経験したぞ……」
まだどこか夢でも見ているような感覚でチョッパーが言う。
それからウソップに近付いて一通り身体の様子をチェックした。
どこにも、異常は見られない。
「元に…戻ったみたいだね」
「ああ。……驚いた」
ホッと息を吐いて、ゾロが苦笑した。

 

 

 

<続>