<ACCIDENT・18>

 

 

 

刀を盗んだ男は、港のすぐ傍にある倉庫のような場所に入っていった。
それを物陰からウソップが見ていた。
いつも村で探偵ごっこと称しては尾行の真似じみた事をしていたので、
意外と見つかった気配はない。
「…道は覚えたし……オレ一人で取り返しに行くのもいいけど、
 やっぱココはひとつ無難にみんなを呼びに行くのがスジだよな、うん。
 オレがかっっちょ良く取り返してゾロをビックリさせるってのもいいんだけどな。
 でもやっぱ、失敗は許されないもんな。ゾロの宝物なんだから」

 

ようするに、怖い。

 

それはそれで当然だ。
拠点があるとするならば、きっと単独犯ではないだろう。
相手が何人いるのか解らない。
それじゃ、と踵を返して走り出そうとした時、襟首を捕まえられた。
「うわっ!?」
「なんだ?このチビ」
「離せ!!離せよ!!!」
じたばたしながら後ろを向くと、さっき刀を盗んでいった男。
「こんな所で何してんだ。ココはガキの遊び場じゃねぇ」
「うるせぇ!!刀取っただろお前!!返せよ!!!」
怖くて体が震える。
だがそれを無理矢理抑えてウソップが叫んだ。
その言葉に男の表情が変わる。
「……見たんだな?」
「う…っ」
鋭い目で突き刺さるように見据えられ、ウソップは言葉に詰まった。
「悪いが、見られたのなら逃がすワケにゃいかねぇ」
そしてウソップを摘み上げたまま、男は倉庫の方へと歩いていった。

 

 

 

 

この喧嘩、ゾロの勝利。
首根っこを掴んでゾロはルフィを人込みを抜け出した。
「はぁ…やっと大人しくなったか」
殴っても効かないので、結局延髄に衝撃を与えて黙らせた。
「おいウソップ、さっさとココを離れるぞ」
そして辺りを見回すが、ウソップは影もカタチもなくなっている。
まさか本当にはぐれたのか。
そういえば、ルフィと怒鳴りあっている時にウソップの手を掴んでいた
記憶はない。
「ヤベ……」
慌てて今出てきた方を振り向くが、また分厚く壁が出来てしまって
もはや何がなんだか解らない。
「おーいて…」
目が覚めたルフィが、首元を擦りながらむくりと起き上がった。
その頭を思いきり殴って、ゾロが怒鳴った。
「またウソップがいねェ!!」
「なにぃ〜〜〜??」
頭を押さえて文句のひとつでも言おうとしたルフィの動きが止まった。
「……あれ??」
ゾロを見て、ルフィが首を傾げる。
「なんだ?」
「いやちょっとそのまま…」
いつも見てるゾロが、何かおかしい。
どこか不自然で。
上から下までじ〜っと見つめたルフィが、漸く見つけたと手を打った。
「ああそうか。刀足りねェんだ」
「…あ?」
「だから、刀。2本しかねぇぞ、今」
「なにっ!!??」
「さっきから何かヘンだなと思ってたんだ」
まるで間違い探しでもしてるみたいにルフィが笑う。
ゾロはそれどころではなかった。
なくなったのは、和道一文字。
よりによって一番大切にしていた物を。
あんな物を落とすワケはないのだから、きっとさっきの人込みで
誰かに盗られたのだろう。
「…ちくしょう。テメェのせいだぞ、責任取りやがれ!!」
ルフィを責めてはみるが、今はそんな事言ってる場合じゃないのは解っている。
とにかく探さねば。
「まずはウソップを探すぞ。俺はもう1度ココ探してみるから、
 テメェはナミとサンジとチョッパー探してこっちに連れて来い!!」
「お…おお。解った!!」
そう言って走り出すルフィの背に、ゾロが付け加えた。
「脱線すんじゃねェぞ!!しやがったら斬るからな!!」

 

 

 

 

倉庫の中は、地下があった。
襟首を掴まれたまま下りて行くと、広い場所に出た。
そこにいたのは5〜6人の男達。
やはりこのグループが泥棒の常習犯なのだろう。
辺りには盗った物らしきものが散乱されていた。
「…なんだ、そのガキ」
「悪ぃ。そのエモノ盗った時に見られてたみたいでな。
 アシがつくとヤベェから捕まえてきた」
「どうすんだよ」
「放っておくワケにもいかねぇだろ?」
「殺るのか」
「そんな一銭にもならねぇこと、誰がするんだ」
ゲラゲラと下品な笑いを上げて、男たちが嘲笑する。
リーダーらしき男が近付いてきて、ウソップの顔を覗き込んだ。
「ぼうず、運が悪かったな。見なけりゃ良かったのによ」
「刀、返せよ」
「これか?…ホラよ」
男は和道一文字をウソップに向かって放り投げる。
上手く掴むと、ウソップは胸に抱き締めた。
「刀ごと縛っとけ」
男は、傍に立っていた別の男にそう指示した。
「…何するんだよ!!」
「知ってるか?ぼうず。
 ガキってぇのは…高く売れるんだぜ?
 そう…お前が今持っている刀なんかより、ずっとな」
下卑た笑みを張りつかせたまま、男が淡々と喋る。
「…売り飛ばす、のか?」
「ああそうさ。売っちまうなぁ」
体が、震える。
「…売られたら、どうなる?」
「さぁなぁ。しかし、ガキをわざわざ買いにくるような連中さ。
 ロクな事にはならねぇんだろうな」
こういう事でもなけりゃお近付きにはなりたくない連中だと、
男はまた笑った。

 

「さァ、野郎ども。出発は今夜だ。その前にもうひと稼ぎといこうぜ!!」

 

男の号令と共に、全員が倉庫を出て行く。
地下室には鍵がかけられて、ウソップは一人残された。
天井を見上げると窓がひとつ。
恐らく外と繋がっているのだろうその窓は、しかしとてもではないが
ウソップの手が届く位置ではない。

 

体が震えた。
怖くて、どうしようもなくて。
声が出ない。

 

その時、かちゃりと鯉口が鳴った。
はっとして目を向けると、胸の近くに和道一文字がある。
手も足も縛られてるので、それを使ってどうこうする事はできないが、
何だかゾロが傍にいてくれてるような気がした。

 

ぽろりと一粒、涙が零れた。
このまま誰にも見つからなかったら、確実にさっきの奴等に連れて行かれるだろう。
もう会えないかもしれない。

 

「ゾロ……たすけて……」

 

絞り出すように、ウソップが声を出した。

 

 

 

<続>