<ACCIDENT・15>

 

 

 

とりあえず、自分が落ち着かなければ。
下手すればパニックに陥りそうになる頭を無理矢理静めて、
ゾロはウソップを見た。
どうやら、これまでとは全然違う。
瞳に少しの疑問も感じられないのだ。
『忘れた』のではなく、『知らない』状態。
ゾロは漸くその違いが理解できた。
「…別に、人攫いじゃねェし、取って喰おうなんて思ってねェ。
 いいからとりあえずそこから出て来いよ」
ウソップはゾロの決して良いとは言えない人相に怯えて、椅子の後ろから
机の下に移動していた。
「ほ…ほんとだろうな?喰ったりしねーだろーな??
 お、オレなんか喰っても美味くないんだからなっ!?」
少しだけ顔を覗かせて、ウソップが言う。
それにゾロがニヤリと笑った。
「いやぁ、結構美味かったぞ?」
「萩ったのかーーーーーー!!!???」
がぼーんと驚愕の表情を見せるウソップに、とうとうゾロは腹を抱えて笑い出した。
「あっはっはっはっはっは!!!
 冗談に決まってんじゃねェか!!あっはっはっはっはっは!!!」
枕をバンバンと布団に叩きつけて悶絶しているゾロを見て、騙されたとばかりに
ウソップは頬をぷうと膨らませた。
あれほど剥き出しになっていた警戒心が、少し薄れている。
「なんだよ!そんなに笑うコトないだろーー!?」
「ああ…悪ィ悪ィ。………………ぷっ」
そんなウソップを見て素直に謝りはするが、やはり吹き出してしまう。
それにとうとうウソップが拳を振り上げて突進してきた。
「いい加減にしろーーーーーーー!!」
「ははははははは。悪ィって。いやマジで」
そして、ゾロはくしゃくしゃとウソップの髪の毛を掻き回した。

 

…何だ、やっぱりウソップはウソップだ。

 

確かに忘れてしまった事は悲しい事だけど、でも。
それでも尚期待を裏切る事のないウソップに、ゾロの心は穏やかになる。
「とりあえず俺の名前を覚えろ。ゾロっていうんだ」
「……ゾロ?」
首を傾げて問うウソップの頭を撫でると、ウソップはへへへと笑った。
「俺はウソップってんだ」
「知ってるっての」
「狽ネんでっっ!!!???」
「…さァ、なんでだろうなぁ?」
意味ありげな笑みを見せるゾロに、ウソップは不思議そうな顔をした。
最初、この男の怖い顔というか人相の悪い顔に恐怖を感じたものだ。
けれど、今ではとてもそんな風には思えない。
笑ってる顔を優しいとすら思えた。
でも、自分の中にゾロに関する覚えはひとつもなかった。
初対面のハズなのだ。
村に、こんな男はいなかった。
「ココ…どこだ?」
「海だ」
「海?」
「お前、海賊になりたいんじゃないのか?」
「うん」
「だから、今お前は海賊なんだ」
夢なんじゃないかと、ウソップは思った。
確かになりたいとは思っていたが、現段階ではあくまで夢であって。
「いててててててててて」
ウソップはゾロの頬を思いきり抓る。
痛みに顔を顰めるゾロを見て、ウソップは呆然と呟いた。
「……夢じゃねぇ」
「そういう事は自分の頬でやらねェか!!」
「いたいいたいいたい」
お返しとばかりにゾロが抓り返す。
じんじんとする両頬を押さえて、ウソップは笑う。
何より、今一人ぼっちじゃないという事が嬉しかった。
この際この男が人攫いでも何でも構わなかった。
見た感じ悪い印象を受けない。
それを信じようと、ウソップは思ったのだった。

 

 

 

 

「……そう。もうすっからかんなのね」
帰って来たナミが、重いため息をついた。
船上には全員が揃っていて、ウソップとゾロを囲むように見下ろしている。
甲板に座り込んでいたウソップは、初めて見る顔ばかりで何が何だか解らなかった。
なのに、そこにいる全員が自分の事を知ってるのだ。
こんな不思議な事はない。
「タッチの差でな」
開き直ったかのようなゾロの笑いに、ナミはその頭を一発殴りつけた。
「ってェな。大体、そっちは何か解ったのかよ?」
頭を擦りながら睨むゾロに、ナミはうっと言葉を詰まらせた。
「わ…解ったコトぐらいあったわよ!!
 とってもイヤなニュースがあるわ!!」
「イヤなのか。聞きたくねェな」
「舶キけーーーーーー!!!!!」
耳を塞いでしまったゾロの手を無理矢理どかして、ナミが耳元で叫んだ。
キーンとなる耳にくらっときながらも、どうにか立ち直ってゾロがナミを睨む。
「何しやがんだ!!」
「とにかく聞きなさいよ!!大事なコトなんだから!!
 いい?この実に恒久性はないってのは前に話した通りだったわ。
 だから、いずれ体は元に戻る。
 でも…記憶まではどうにもならないのよ!!」
「……それってつまり……」
「元の姿に戻ったって、私達のコトは初対面のままよ」
よかった、ウソップに聞かせなくて。また逃げられるトコロだった。
ゾロは本気でそう思っていた。
「だけど、症例では戻ったって記録もあったんだ」
ウソップに珍しがられ、遊ばれていたチョッパーがどうにか逃げ出して
ゾロを見上げる。
「どうやら記憶が戻るか戻らないかは、体が元に戻ってからの勝負みたいだな」
そう言ったのはサンジ。
煙草の煙をワザとウソップに吹きかけて、煙たがっているウソップを
楽しそうに見ている。

 

そして、ルフィは。

「…ま、何とかなるんじゃねェ?」

 

とまぁ、そんなモノだった。
お気楽船長は健在である。

 

 

 

<続>