<ACCIDENT・13>
夕暮れ。海の向こうに太陽が帰っていく。
街外れで、大きな樹を見つけた。
元々木に登ることが好きなウソップは、手をかけて登り始めた。
「絶景だな〜…」
港が、そして遠く向こうの方に水平線が、一望できる。
ちょうどいい高さの枝に腰を落ち着けて、ウソップはただ海を眺めていた。
もしも全部忘れたら、自分はどうなってしまうのだろう。
記憶喪失とは少し違うみたいで、『忘れる』じゃなくて『知らない』状態に
なってしまうのだから、下手すれば記憶喪失よりも厄介な事になるだろう。
実際どこまで戻っていくのか見当がつかない。
しかし、少しずつ酷くなっているのもまた事実で。
不安で押し潰されそうで仕方なかった。
「どうなっちまうのかな……俺」
「どうにも……ならねェんだろうが……!!」
独り言に、返事が返って来た。
声にならないぐらい驚いて、ウソップは下を見た。
緑頭の見慣れた男が、ずっと走っていたのだろう肩で大きく息をしながら
自分を見上げている。
「こんな所で何してんだ。捜したんだぞ!?」
「あ…」
怒っている。
とても、怒っている目をしている。
「降りてこい」
ゾロが短く言う。ウソップはそれに大人しく従った。
「………ゴメン」
「ゴメンで済むか。どんなに心配したと思ってんだ」
「……」
ウソップは俯いた。顔を上げるのが怖かった。
怒られたからじゃない。ゾロの自分を見つめる目が、今はただ痛いのだ。
知らない内に涙が込み上げてきて、地面を濡らした。
ゾロは地面に膝を付くと、下から覗き込むようにウソップを見上げる。
ただはらはらと涙が零れ落ちる頬に、手を添わせた。
「お前…随分と我慢するクセつけちまったんだな…。
そんなになる前に言えばいいだろ…」
その言葉に、無言でウソップは首を横に振る。
小さな体をゾロは優しく抱き締めた。
温かい腕に包まれて、涙は止まる気配を見せない。
ウソップは、震える腕をその大きな背中に回した。
「………こわい」
忘れてしまう。
このままでは、全部忘れてしまう。それもきっと近い内に。
拭いきれない不安はどんどん込み上げてきて、涙となって溢れ出す。
「イヤだ。忘れてしまうのはイヤなんだ…!!」
大切にしたい想いがあるから。
かけてやれる言葉が見つからない。
まるでその代わりかのように、ゾロは強く抱き締めた。
不安…というよりは既にそれは恐怖となって、ウソップの心に圧し掛かっているだろう。
少しでも、軽くできれば良かった。
怖いのは自分も同じだった。
何もできない自分が余りにももどかしくて。
「…傍にいる。ずっと、傍にいるから」
自分でも信じられないぐらい、優しい声が出た。
「忘れるその瞬間まで。忘れちまった…その後も。俺はお前と一緒にいる。
…お前だけ痛ェの、ズルイだろうが…」
「ゾロ…」
涙でいっぱいになっている目で見上げてくるウソップがどうしようもないぐらい愛しくて、
ゾロはそっとキスをした。
「でも……俺は、見られたくねぇ…」
忘れてしまったら後はただの子供に逆戻りで、想いは残らずゾロの顔すら知らなくなって、
そんな自分を、ゾロは変わらず好きでいてくれるのだろうか。
そして自分は…また、この男を好きになるだろうか。
「ウソップ……好きだ」
改めてそう言うゾロを、ウソップは不思議そうに見上げた。
「この気持ちは、これからもずっと変わらねェ。
例えお前が忘れてしまっても俺は覚えていられる。
…良かったじゃねぇか、2人とも忘れちまうんじゃなくて。
忘れてしまっても、俺達が必ず治してやる。
お前が全部思い出したら……元通りだろ?」
「治せるのかよ」
「治してみせるさ。必ずな。
どんな大変な事だって乗り越えてきたんだ。
……そう言ったのはお前だろ?」
「本当に…俺のこと好きでいてくれるのか…?」
「当たり前だ。お前が迷惑がっても俺はやめねぇからな」
まだ不安そうな目をするウソップに、ゾロは自信満々の笑顔を見せる。
ようやくウソップの表情が少し緩んだ。
立ち上がって、ゾロはウソップの頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「暗くなってきたな。皆と合流する宿は聞いてるんだろ?
そろそろ行こうぜ」
「うん………」
ウソップは鞄から、ナミに貰った地図を取り出す。
それを暫く眺めていたが、ウソップは突然その紙を破き出した。
「な…何してんだ!?」
「もういらねェよ」
ただの紙屑となったそれが、ふわふわと風に乗って宙を舞う。
「…なァ、我侭言ってもいいか?」
「何だよ?」
破いてしまったものは仕方がない。頭を掻きながら半ば諦めたゾロは、
しょうがなさそうにウソップを見やる。
「俺さ、船に帰りたいんだ」
「ゴーイング・メリー号か?」
「ああ。俺の大好きな場所なんだ」
「……解ったよ。行っとくがな、俺道解んねェから、ちゃんと連れてけよ」
「相変わらず方向音痴なんだな。よくココまで来れたよなぁ…」
「勘。」
キッパリハッキリ言い切ると、ゾロはウソップを抱き上げて歩き出した。
自分達の家とも言える、大切な船へと。
<続>
あ、改めて読み直したら……恥ずかしい……!!(滝汗)
そうか、もう書いて1年近く経ってるんだなぁ、この話…。(汗)