TWILIGHT SYNDROME
〜 It's possible to challenge a lot of wonders!〜
#05 雛代の杜 5 6階にある跡部と向日の部屋からは、ベランダに出れば学校が見え、そして更に その向こうの裏山までが一望できる。 背丈の低い建物が並ぶこの街で、この高校の寮だけ突出して背が高いためだ。 そのベランダで何をするでもなく、ただ忍足はじっと裏山を見つめていた。 彼らは今頃何処にいるのだろうか? 「…何してんだ、忍足?」 「ああ、跡部か」 さっきまでベッドの上で寝転びながら、向日の鞄の中に入っていた漫画を読み耽って いたのだが、どうやらそれにはもう飽きたか済んだかしたらしい。 隣に並んでしばらく忍足と同じように景色を眺めていたが、途中でつまんねぇ、と 愚痴を零し始めた。 「つまらんのやったら来んなや」 「………忍足は、向こうに何が見えるんだ?」 「学校と、裏山や」 「そりゃ俺にも分かんだよ。そうじゃなくて、」 「携帯……鳴らんなぁ、思て」 戻ってきたら部屋の鍵を開けてやらなければならないので、携帯だけは持ち歩いている。 いつ彼らから連絡があるか分からないからだ。 「珍しいコトもあるもんや、真田と柳が飛び込んで行きよった」 「へぇ……バカ息子が心配でか」 「あはは、そうとも言うなぁ。 岳人もついてったし、まぁ大丈夫やとは思うけど…」 「けど、何だ?」 「日付が変わっても連絡入らんかったら………俺も、行ってええ?」 手摺に凭れてふぅ、と吐息をつきながらそう忍足が言うのを、珍しいものでも 見るかのような視線で跡部が見遣る。 それに居心地悪そうに目線を横にずらして、少し言い難そうに彼は口を開いた。 「…一緒に、来てくれるやろ?」 思わず跡部の口元から苦笑が零れ出る。 どうやら心配で仕方無いらしいが、やはり一人では心許ないという事か。 時計を見れば21時を少し過ぎた頃で、まだ随分と時間はある。 「いくらなんでも、戻ってくるだろ」 「…そう思いたいねんけどなー」 見送った者としては、やはり気になるのだろう。 手摺に乗せた肘に顔を埋めるようにして煮え切らない言葉を零す忍足に、 大丈夫だ、ともう一度言ってやってくしゃりと跡部がその黒髪を撫でつけた。 気がつけば、また見知らぬ場所。 いい加減に頭が痛くなってきた。 無意識にこめかみへと手を持っていきながら、真田が重苦しい溜息を零す。 「……今度は何処だ」 「さぁ……だが、不思議だな」 湖と言うには狭く、池と呼ぶにはちょっと広い。 その池の中ほどには、中州だろう小さな島が見えた。 その麓で佇んで柳がこくりと首を傾げる。 空を見上げれば、太陽が出ているでも無いのに何故か明るさが得られていて、 周囲を見回しても池と自分達以外には何も無く、また何の気配もしない。 「どうして明るいのだろう……そんな時間でも無いだろうに」 「まぁた不思議空間に入っちまったみてーだなぁ。 ま、いいや。とりあえず先に行ってみようぜ」 ちょいと真田の背中を突付いて急かしながら、向日は歩き出した。 気になるといえば向日だってこの場所の事は気になっている。 耳を澄ましても、もう野辺送りの音楽は聞こえてこない。 それどころか、何の音も聞こえてこない。 キンと耳が痛くなるぐらいの静寂は、以前そういえば体験した事があったなと 向日はそんな風に考えた。 いつだったか、あの時は跡部が居て。 「あー……無音って、『音』、ね……」 アリなのかよ、マジで。そうブツブツ独りごちながらてくてく歩く向日の後を、 とにかくついて行くしか無い真田と柳が続く。 何気なく視線を池に向けた柳が、訝しげに眉を顰めた。 「………人形…?」 流れも何も無いその池の淵に、藻やら何やらとゴチャゴチャになりながら、 浮いていたのは女の子の人形やクマのぬいぐるみなどだ。 どこにも流れて行けない人形は、ただそこに仰向けになって浮かぶ以外に無い。 「ああ…そういえば、人形を流すのだったか……」 「そう思えば少し可哀想な気もするな。 全ての災厄を一身に受けて、流されるのだろう? まぁ、それが例え迷信や昔からの習わしだったとしても、人形にしてみれば きっとたまったものでは無いだろう」 「………ああ、そっか」 人形達を見つめながらそう言葉を交わす真田と柳の言葉を受けて、向日が漸く 理解できたと手を打った。 きっと此処は、決して人が訪れてはいけない場所なのだろう。 生きている人間が、踏み荒らしてはいけない領域。 今自分達はあの法師の了解を得て入ってはいるけれども、もしこの考えが正しければ、 さっさと切原を見つけて退散するのが最善だ。 「おい2人とも、さっさと行こうぜ。 多分切原はこの近所に居るはずだから」 「………俺達は、これらには何もしてやれんのだな…」 「分かってんなら手は出すなよ。 下手に同情すれば、そこに付け入られる。 まぁ、お前らは大丈夫だと思うけどさ、とりあえず今は切原が先だ」 とはいえ、今できる事といえば池の周りをひたすら歩くしかない。 池と反対側の方を見遣れば鬱蒼とした森が広がっており、迂闊に飛び込むと こちらが厄介な事になりそうだ。 「なぁんとなく、あの離れ小島がアヤシイと思わね?」 「まぁ……確かに、それはそうだが……確かめに行くにしても渡る術が無いだろう」 「泳ぐとか?」 「馬鹿言え、こんな得体の知れんような場所を泳げるか!」 「だよなぁ…」 3人とも、怪しいと思う場所はどうやら同じのようで、だからと言って何があるか 分からないような場所を泳いで渡りたいかと問われれば答えは否だ。 此処まで来て行き詰まりか、と向日が眉を顰めていると、あれは、と真田が声を上げて 前方を指差した。 「お社があるぞ」 「あ、ホントだ…」 「行ってみるか」 ぽつりと小さなお社が辺に佇んでいるのが目に入って、自然と早足に其処へ駆け寄って行く。 しかもこれは、3人にとってとても見覚えがあるものだった。 「これって……裏山のお社と同じ…だよな?」 「ああ、間違いない」 向日が零した言葉に柳が頷いて肯定する。 ならば、間違いは無いだろう。 長く雨風に晒されているせいか、裏山にあるお社はあちこちの木材が朽ちかけてはいたのに 此処にあるお社には全くそんな風が見えないせいで戸惑ったが、大きさも外観も確かに 裏山にあったものと相違無い。 「……どうする?」 「さぁ、どうする弦一郎?」 「…俺に振るのか」 向日が柳に問い掛け、柳が真田へと判断を仰ぐ。 一瞬迷いを見せはしたが、此処まで来た以上は答えなどひとつしかない。 「入るしか無いだろう」 「そうこなくっちゃ!」 パチンと指を鳴らして明るい声を上げると、躊躇う事なく向日がお社の扉を開け放った。 小さなお社は神社にあるそれとは違い、6畳ほどの広さがある板張りの床に、 そこで祀られているものが奥で鎮座しているのみだ。 そしてこのお社にあったものは。 「………鏡?」 「鏡だな」 「うむ、俺にも鏡にしか見えん」 祭壇というものは見当たらず、奥に掛けられているのは精巧な細工で縁取りされた鏡。 何を祀っているのか、これではさっぱり見当がつかない。 だが手前に置かれている恐らくは供え物を置くのだろう台にもそれらしきものは ひとつもなくて、ただぽつんと寂しそうに置かれていたのは一冊のノートだった。 「……これは…、」 柳が手に取り表紙をパラリと捲る。 そこに書いてあったのは、一人の少女の思い、そのもの。 「日記か…?」 「いや、そういうものとも少し違う気がする」 知っていますか? この場所にあった、とても哀しく寂しい物話。 …違う、これは物話ではなくて………、 「き…切原だッ!!」 「なに!?」 ノートに目を通している柳を置いてあちこちへ視線を巡らせていた向日が、 やおら鏡に張り付くようにしてそう叫びを上げた。 それには真田も、そして柳も顔を上げて向日の方を向く。 「ちょ、見ろよ、これ、………切原、だよな?」 そこにあった鏡は、だが映しているのは正面に立っている向日の姿などでは無かった。 隣に立って鏡を覗き込んだ真田が、間違いないと大きく頷く。 どうやらこの鏡も何処かへと繋がっているようで、森の中に佇む切原の姿を映し出していた。 「やっと見つけた…!!」 「だが、見つけたとはいえ……これをどうすれば良いのだ」 「う……そ、それは…」 真田に問われ返答に苦しむ向日の耳に、唐突に飛び込んできたのは、声。 …………本当に、会いに来てくれたんだね…。 「…ッ!?」 直接耳に響くような声に、向日が小さく息を呑む。 確かめるように真田へと視線を向けるが、彼にはどうやら届いていないようで、 難しい顔をしたままで鏡の中の切原を睨みつけていた。 やはり、この声は間違いない。 へへッ、女の子からの呼び出しとありゃあ、行かないわけにはいかないっしょ? 続いて聞こえたのは、向日ももう聞き慣れた馬鹿な後輩のもので、思わず頭を抱えて その場に蹲る。 「ああ、分かってた。分かってたんだけどな。 ………ほんっとーにバカだ、コノヤロウ…!!」 思わず大仰に嘆かずにはいられなくて、何の事だかさっぱり分からない真田に 変なものでも見るような目で見られたのだった。 <NEXT> ようやく保護者たちが赤也くんに追いついた…!! あと1本で終わりたいところでありまする。がんばるぞ! |