ガイがカカシと契約を交わし、それから数日後の話だ。
呼び出していない間をガイがどうしているのかと思ったら、特に消えたり
どこかで待機したりしているわけでもなく、ただフラフラとあちこちを
ウロつきまわり、日暮れ頃にカカシの元へと戻って来る、そんな日々を
過ごしていた。
忍鳥というイメージはない。
なんだか小さな人間と一緒に暮らしている、そんな感じだとカカシは
素直にそんな風に思っていた。
<This encounter was the beginning of the hurly-burly.>
カカシの体力の回復を待って、1人と1羽は綱手の元へと赴いた。
今までの経緯を話し、ガイの復帰を伝えようと思ったからだ。
一通りの話を聞いた綱手は、ふむ、と頷いて机に肘を置き頬杖をついた。
「なるほどねぇ……ま、事情は分かったよ。
ガイの奴も、やっと腹を括ったかい」
それじゃ、と反対側の手の指先でトンと机を叩いた綱手は、カカシの方へと
視線を送った。
「カカシには、これからちょっと特殊な任務についてもらうとしようか」
「はぁ……特殊な、ですか?」
「実は忍鳥を育てている部署に欠員が出てな、ガイの勘を取り戻すのにも
丁度良いと思う。カカシにはそっちに回ってもらいたい」
「忍鳥を育てる…?」
「育てるというか、一人前の忍鳥として働けるように鍛えるんだ。
最近、あちこちでガイのような変異体の報告もある。
そいつらも全部纏めて、な」
「え、この変なのってガイだけじゃないんですか!?」
「おいカカシ、変なのとは何だ、変なのとは!!」
聞き捨てなら無いとカカシの周囲を飛び回り苦情を訴えるガイを、カカシは
裏拳一発で床に叩き落すと綱手の方に向き直った。
床でノビてるガイに大丈夫か?と声をかけてから、綱手はまあいいかとすぐに
カカシの方へと目線を戻す。
「そうだな……昔から数多くというわけではなかったが、それなりにはいたんだ。
だが……こんなに一度に現れるというのは、初耳だな」
「はぁ…」
「とりあえず何羽かは既に、飼育部署に預けてある。
これがまた、とんでもない問題児でな……少しばかり手を焼くかもしれんぞ?」
苦笑を浮かべながら言う綱手に、カカシはまだよく分からないままに
相槌を打つしかなかったのだが。
これが、カカシの受難の日々の始まりだったりするわけだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ドアを開けた瞬間、真っ先に視界に入ったのは、靴底。
一瞬それが何なのか分からず、顔面に食らうかと思った矢先に
カカシの前に飛び出したのはガイだった。
「はッ!!」
気合いと共に繰り出した蹴りは、飛び出してきたモノを確実に捉え、
真正面から受けた相手は反対側……つまり部屋の奥へと吹っ飛んでしまった。
「ありがとね、ガイ。
しかし、忍鳥とは思えない身のこなしだな。
別に戦闘要員ってワケでもないだろうに」
「何を言う!!
常日頃から鍛錬は怠らない、自分ルールだ!!」
「………ま、何でもイイけどね」
頭を掻きながらカカシはドアを潜り、ガイが先程に蹴り倒した相手を
見回して探すと、どうやら反対側の壁まで吹っ飛ばされたようで、
端っこの方で目を白黒させている。
黄色の髪が、なんだかヒヨコのようだと思ってしまった。
「コラお前。
イキナリ何のつもりだ、ん?」
傍でしゃがみ込みカカシが襟首を摘んで持ち上げると、気がついたのか相手が
びくりと肩を跳ねさせて視線を向けた。
「な、何だってばよ、今の攻撃……」
「説明しよう!今のは木ノ葉旋風と言ってなぁ、」
「はいはいガイ、そういうのは後でいいの、後で」
大きく胸を逸らして意気揚々と答えかけたガイの言葉を遮ると、カカシは
摘み上げた小鳥へ向けて視線を鋭くさせる。
「いきなり蹴りをかまそうとするなんて、やってくれるじゃないの」
「………またどうせ、俺らの事を化け物扱いするようなヤツなんだろ!!
そんなヤツの下で働くなんて、ゴメンだってばよ!!」
「人を見かけで判断するのはよくないな」
確かに、普通の鳥ならまだしも、どう考えても羽の生えた人間のようにしか
見えない彼らは、言い方を変えれば化け物だと呼ばれても仕方が無いかもしれない。
「化け物、か……。
そういう扱いなんだ、お前らって?」
「まぁ、あんまり見る姿じゃないからな」
自分の右肩に座り込んだガイへと視線を向けてカカシが訊ねると、どうやら彼は
そう言われるのに慣れているらしく、軽く肩を竦めただけだった。
もしかして、とカカシは思う。
綱手が言っていた欠員とは、この忍鳥が追い出してしまったのではないだろうか。
敵意剥き出しで睨んでくる忍鳥を見て、カカシががくりと項垂れた。
「ま、お前が俺を攻撃したいなら好きにすればいいさ。
とはいえ俺だって、そう簡単にやられるつもりはないけどね。
できるモンならやってみなさいよ」
「言ったな…!?」
「子供はそのぐらい元気があった方がいい!
そうだろ、カカシ!!」
「………ちょっと違うよ」
苦笑を零してカカシが答えると、手に掴まえていた忍鳥を離してやる。
2、3度羽を羽ばたかせた小鳥は、ひゅうっとカカシの周りを飛び回る。
そこにガイの存在を認めて、訝しげに眉が寄った。
「俺と………同じ?」
「ああ、コイツも変異体だ」
「ふぅん…?」
じろじろと見てくる視線を軽く流して、カカシは部屋をぐるりと見回す。
壁際にはケージがいくつも積まれていて、中には普通の鳥の姿をした忍鳥もいた。
なるほど、面倒を見なければならない全てが変異体というわけでも無いらしい。
「と、いうより……此処にいた変異体はキミだけか?」
「ああ、いや……サスケも…」
どうやらもう一羽いるらしいが、さっきからウザいぐらいに飛び回っているのは
このヒヨコ頭の子供だけだ。
窓が開け放されている事から、勝手に外へと逃げたのでは無いかと脳裏を過ぎったが。
「俺は此処だ」
ふいに上から声がして、カカシとガイは揃って視線を上へ向けた。
高く積まれたケージのさらに上に、一羽の小鳥が止まっている。
黒い髪と目をもった、これまた変異体。
ヒヨコ頭がサスケと呼んでいた、彼だろうか。
まるで鴉のような漆黒に、思わず暫し見入ってしまった。
「サスケ!いつの間に戻ってきたんだってばよ!?」
「今さっきだ。
なんだ、そいつら?」
「何か………新しい担当員みたいなんだけどさ、」
「へぇ、……変異体を連れてるのか、珍しいな」
もの珍しげに視線を向けてくるサスケに、カカシは頭を抱えそうになった。
(なんていうか、色々と問題アリだな。)
さて、どこから教育したものか。
悩んでいると、ガイが突然羽ばたいて宙へと舞い上がった。
優雅に部屋を舞ったかのように見えたのは、ほんの少しの間だけ。
次の瞬間には、サスケを背中から蹴りつけケージの上から落っことしていた。
あまりの駿足に呆然としていたカカシとヒヨコ頭だったが。
「ギャーーー!!!
サ、サスケ!!大丈夫かッ!?」
「バッ……バカかお前!!
いきなり何てことするんだッ!!」
勢いよく床に激突してピクピク痙攣しているサスケの元へ大慌てで駆け寄ると、
カカシはケージの上で仁王立ちになっているガイを振り仰いだ。
だが当のガイはケロリとした様子で。
「何だか生意気だったからな、少々お灸を据えてやっただけだ」
なんて言っている。
これで此処に居る2羽との関係が悪化したら、全部ガイのせいだ。
(…………なんかもう、やめたくなってきちゃった。)
まだ始めてもいないのに、カカシはそんな事を思って深く吐息を零す。
と、その視界にヒヨコ頭の姿が入って、何気無くそっちの方を見てみると、
何を思ったか、その小鳥はすっくと立ち上がり、今だケージの上で
仁王立ちになって笑っているガイを見上げた。
やけに、目がキラキラしていて。
「すげーってばよ!!
あのサスケが一発かよ!!すっげーーーー!!!」
俺なんか何度やっても敵わないのに!とその小鳥はよほど感激したのか
両手をぶんぶん振り回している。
少しはサスケの心配もしてやったらどうだ、と一瞬カカシはそんな風に
考えてしまった。
「おい、大丈夫か?」
ぴくりと身動ぎをしたサスケにカカシが声をかける。
やや間があって、起き上がったサスケはこれ以上無いぐらいの仏頂面。
(あー………怒ってる怒ってる。)
そりゃそうだ、何の前触れも無くいきなり蹴落とされたのだから。
どうしたものかと考えはしたが、良い案が浮かばなかったので彼のことは
そっとしておくことにした。
下手に声をかけない方がいい、彼にだってきっとプライドはある。
「なあなあ、さっきの蹴り技俺にも教えてくれってばよ!!
あの、木ノ葉………なんとかってやつ!!」
「ははは!木ノ葉旋風のことか!?
そうだなぁ、俺と一緒に修行を積むなら教えてやっても構わんぞ!!」
「やるやる!!やるってばよ!!」
ガイはガイで、今とさっきの蹴りだけでヒヨコ頭のハートをがっつり
キャッチしたらしい。
仕方無さそうに頭を掻くと、カカシは立ち上がって今度はもう一羽の方へ
歩み寄った。
ヒヨコ頭の襟首をもう一度摘むと。
「うわッ、な、なんだッ!?」
「あのさ、ガイに弟子入りするかどうかは好きにしてくれたらいいけど、
どうも今日からは俺がお前らの面倒見なきゃなんないみたいだから。
とりあえずお前の名前、教えてくんない?」
「…………ナルト、だってばよ」
「オーケー。で、そっちはサスケだったね。
俺はカカシ、よろしく。
……で、アレが……」
カカシの言葉にナルトがまたケージの上を見上げた。
まだ仁王立ちになっていたガイが、ん?と気付いたように目を瞬かせて。
「マイト・ガイだ。よろしくな!!」
びっと親指を立ててみせると、満面に笑顔を表したのだった。
<終>
バカな奴らを書くのってほんと楽しい!!
カカシ先生がこんなに苦労背負い込むとは思わなかったけど。
まぁ、カカシ先生がんばれーってエールでも下さい。(笑)
今回のカカシとガイは、ちゃんとカカシがツッコミ側に立ってるんで
なんだか正しいような気がしてきた。(笑)
できればこのシリーズは、そのポジションを貫き通したいトコロ。