あの日、もっともっと速く飛べれば良かった。
そうすれば……きっと、失わずに済んだだろう。
主を失くした後、新たに誰かと契約する気も起きず、もう何年もあちこちを
彷徨っていた。
どこにも属さず、誰とも契約を交わすことなく。
なのにどうしてなのだろうか、あの時に足を止めてしまった理由が、
自分ではこれっぽっちも分からなかった。
<The bird to fly in the air for you.>
久々に来た木ノ葉の里をあちこち見て回った。
新しく出来たものに関心を持ったり、変わらずあるものに安堵したり、
無くなってしまったものを残念に思ったりしている内に、高かった太陽は
すっかり沈んでしまっていた。
「そういえば……あいつ、どうしただろうか……」
綱手に頼んだとはいえ、生死のほどは確認していない。
救援部隊を出してはくれたが、それが間に合わなかった可能性だって
充分に考えられるのだ。
色々考えた末に、ガイは一度病院を覗いてみることにした。
生きていれば、恐らく間違い無く木ノ葉で一番大きい病院へと
放り込まれているはずである。
ところが、である。
病院の窓を全て覗いてみたが、何処にもカカシの姿が無い。
不思議に思って近くを通りがかった看護婦を掴まえ訊ねてみたところ、
急に声をかけた自分に驚きはしたものの、差し障りのない程度に
教えてくれた。
どうやら本人の希望もあって、自宅療養に変更したらしい。
怪我の殆どは綱手が癒したので問題は無いと答えた看護婦に礼を言い、
ガイは再び空へと舞い上がった。
どうやら命はあったらしい。良いことだ。
これでもう会う事は無いだろうと、ガイは里の外へ向かおうとした、その時だった。
「やーっと見つけた。
あんまり捜させるなよな、一応俺、怪我人なんだから」
後ろから突然間延びした声が掛かって、飛び上がるようにガイは驚きを顕にして
自分の背後を振り返った。
「な……お前、どうして……?」
昼間に助けた白銀の髪をした男が、屋根の上でしゃがみ込んでいる。
大慌てでガイがそこまで飛んでいくと、相手は何気無い風に肩を竦めてみせた。
「いや、礼を言いそびれたなーと思って。
お前ならきっと、病院を覗きにくるかなって思ってさ、張ってた」
「………ご苦労な事だな、俺が来なかったらどうしてたんだ?」
「来るさ、お前なら」
なんたって、見ず知らずの人間を助けるぐらいのお人好しだ、そういう人間なら
きっとその後どうなったかぐらい気になるだろう。
おまけにガイはその翼で何処にでも飛んでいける自由な身の上だ、ふらっと
出てきてもおかしくはない。
淡々とそう語って、だろ?と同意を求めるように視線を向けると、それが
面白くなかったのかガイはふいとそっぽを向いた。
「こんな夜更けにふらふらしたってつまんないでしょ。
一晩ぐらい泊めてあげるから、寄っていきなよ」
「む………まぁ、お前がそこまで言うなら」
行ってやっても構わんぞ、とふんぞり返ってのたまう姿に苦笑を零しつつ、
カカシは立ち上がってガイを手招きした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お前、自宅療養なんだったら部屋で大人しくしていろよ」
「はいはい、綱手様には内緒だよ」
「………何だって!?」
「俺さぁ、病院って嫌いなんだよね」
部屋の電気を灯してガイを窓から中に入れる。
まるで今帰ってきましたとでもいうようなカカシの行動に訝しげにガイが言えば、
やたらあっさりとした返答に、思わずガイは己の額を手で押さえた。
よもやまさかと思うが、この男。
「今初めて部屋に戻ってきたのか……今まで何してたんだ」
「だから、お前を捜してたんだって言ったでしょ?
大体のことは綱手様から聞いたよ。
ええと、家出忍鳥のガイだっけ?」
「変な2つ名をつけるな!!」
ダンダンと足を踏み鳴らしながら抗議してくるガイを笑うだけで流すと、
カカシは自分のベッドにゴロリと横になった。
「どうせなら、木ノ葉の気高き蒼い猛禽類、ぐらい言ってもらおうか!!」
「それこそ誰がつけたんだよ、ださっ」
「ダサいとはなんだ、ダサいとはッ!!」
怒りで顔を真っ赤にして怒鳴ってきたガイが、ん?と表情を変えて
ベッド脇へと飛んでいく。
その視線の先にあったのは、ひとつの写真立てだ。
まだ幼かった頃のカカシと、同じくチームを組んでいた2人の仲間、
そして後に四代目の火影となった、上司。
「ああ………だからだったのか…………」
呆然とその写真を見つめて呟くガイに、カカシがこくりと首を傾げる。
なにがどうなってだからだったのか、全然分からない。
「どうしたの、ガイ?」
「いや………そうか、お前……四代目の教え子だったのか……」
「四代目、知ってるんだ?」
「知ってるもなにも……」
言うとガイはベッドの空いてるスペースに胡座をかいて座り込み、
手早く印を結んで掌を上へ向ける。
出てきたのは、忍の獣が人間と契約するために使う巻物だった。
ガイから受け取ったカカシが結ばれた紐を解いて開くと、ずらりと今までに
契約を交わしてきた人間の名前と血判が並んでいる。
とはいえその全ては既に過去の戦いで命を落としていると、ガイは
小さな声でそう呟いた。
その巻物の一番最後、ガイが里を出る前に交わしていた者の名に、
カカシは驚きを隠せないままの声を上げた。
「これは……四代目の……!?」
「………ああ、そうだ…」
「それじゃあお前、四代目の忍鳥だったのか…」
「…………九尾の一件を知っているか?」
巻物に視線を落としたままで、ガイはぽつりとそう口を開く。
九尾を持った妖怪が木ノ葉を壊滅寸前まで追い込んだ、それはこの
忍の世界で生きる者なら誰でも知っていることだ。
カカシも直接九尾と対峙したわけではないが、戦闘要員として
現場に駆り出された記憶がある。
ガイの言葉に頷くことで答えると、そうか、と消え入りそうな声で
そう言ったきり、彼は黙りこくってしまった。
「綱手様が言っていたな。
九尾の事件の直後に、ガイが姿を消したって。
何かあったのか…?」
「……四代目は、九尾を封印するために前線へ出ていた。
封印の術式を行うための隙を狙って、な。
だが九尾の力は想像以上に強く、さすがに四代目だけでは
どうにもならなかった…………だから、俺が」
加勢を呼びに行ってくると四代目に告げ、ガイは空を飛んだ。
九尾の攻撃など、ガイにとって避けるのは容易い事だ。
中心街まで戻って本部隊に援軍を要請する、戦場であればもう慣れた
任務である。
それなのに。
「加勢を引き連れ戻る途中で、突然九尾の姿が消えたんだ。
どうして急に消えたのか……最初はどうしても分からなくてな。
それで四代目の元へと戻ったら………」
その目に入ったのは、封印の術式が書かれた巻物と、そこに倒れていた
四代目の姿だった。
彼は、待たなかった。待ってはくれなかった。
壊されていく木ノ葉の里を、殺されていく人々の姿を、黙って見ている
ことなどできなかったのだろう。
「俺が………もっと早く飛べていたら、きっと四代目が死ぬことは
なかっただろう。
封印の術式だって、一人でなく何人もの人間の手で行えば、
チャクラを使い果たすことだってなかった筈だ。
俺が、もっと早く動いていれば………失うことはなかった」
「……それで、里を抜けた?」
「もっと自分を鍛えなければと思ったんだ。
このままでは、いかんなと」
「いつまでやるつもりなんだ?」
「………いや、俺はもう……誰とも契約するつもりはない。
俺のせいで誰かが死ぬのは……もう、沢山だ」
だから里を抜けたんだと、ガイはそう吐き出すように呟いて弱々しく笑った。
ふぅん、と相槌を打ちながらカカシは手にした巻物をまじまじと眺める。
少し考えて、右手の人差し指の先を口元に持っていくと、己の歯で傷をつけた。
じわりと浮かび上がった血を見て頷くと、カカシは巻物へと手を伸ばす。
驚いたのはガイの方だ。
「ちょ、おい、おまッ、何を勝手に……!?」
「黙ってろって」
慌てて阻止しようと飛び掛ってきたガイを片手で簡単に押さえベッドに押し付けると、
暴れないように左足で踏みつけた。
まだ何か喚いているが、聞いてやる気はない。
慣れた手つきで四代目の名の横に自分の名前を記すと、血をそれぞれの指につけて
ぽんぽんと判を押していった。
「はい完了、これでお前は俺のな?」
「……ッぶはっ!!
お、お前なあッ…!!」
左足を退かすと、シーツに押し付けられていた顔を離してガイは抗議の声を上げた。
大体にして、こんな契約のされかたをしたのは初めてだ。
意思を持つ自分達とは、お互い同意の上で契約をするのが鉄則だというのに。
「ガイさぁ、お前……あんまり自分を分かってないな」
「何が……」
「お前さ、どうして俺を助けたんだよ。
木ノ葉に行けば捕まるかもしれないってのは、分かってたんだろう?」
「…………それは、」
どうしてか、なんて今だにハッキリとはしていない。
ただ、此処で写真立てを見て何となくではあるが、もしかしたら四代目の
意思がそこにはあったのかもしれないと、そんな風に思えた。
教え子を、助けてやってくれと。
「お前はさ、まだ何かや誰かのために飛ぶことができる奴だよ。
でなきゃ見ず知らずの人間のために、足を止めるなんて普通は
できないだろ?」
「何かや誰かのために……」
そういえば、自分はこの男の名前を知らない。
勝手に書かれた巻物へと目を向ければ、【はたけカカシ】と
あまり綺麗ではない文字で書かれてあった。
「まだ飛べるなら、飛ばなきゃな、ガイ?」
黙ってしまったガイにそう言いながら、カカシはくるくると巻物を
元のように閉じて、紐で封をする。
それをガイへと差し出すと、まだ少し何か言いたそうな顔をしていたが、
彼はしぶしぶと受け取った。
「助けてくれて、ありがとね」
「いや、」
ぐりぐりと指で頭を撫でられ、どうしたものかとガイが苦笑を浮かべる。
「……よし決めた」
「何を?」
「もう一度、今度はお前のために飛んでやる!!」
「お、いいねぇ。その意気だ」
びしっと親指を立ててそう言えば、カカシはうんと頷いて笑った。
もう、どうしようもないのかもしれなかった。
自分はこの男に、掴まってしまったのだから。
<終>
ううむ。やはりこのシリーズはコミカルにいきたいという気持ちがあります。
ちょっとシリアスじみてましたけど、とりあえずこの話はこれにて一件落着で、
次からは、ほのぼのほんわりした中にも笑いを取り混ぜつつ書ければいいなと。
絵本でも見てるかのようなイメージを目指してみたいかと。
まだナルトとガイの話とか、カカシとヒナタの話とか、ネジとリーの話とか、
なんか色々書きたいことが一杯です。
がんばるぞ!!