明け方に傷を負った子供達が戻ってから幾ばくかの時間が過ぎ、日が傾きかけてきた
頃になって、リーが目を覚ました。
最初に気付いたのは同じ部屋に寝かされていたネジで、彼はコールで医師に知らせると
自分も怪我人である事を忘れ慌ててベッドから飛び降りた。
「リー、大丈夫か!?」
「…………僕、は…?」
「もう大丈夫だ、帰ってきたんだ」
「ああ……そうか……」
ぼんやりとした表情で何かを考えるようにしていたリーが、思い出したと口を開いた。
「塔に行ったんですよね、僕ら」
「ああ」
「でも……よく覚えてないんです。
なにか、なにか…とても恐ろしいものを見たような、
そんな気がするんですけど……」
「………無理に思い出そうとしなくてもいい」
覚えていないなら、その方が良いのかもしれない。
医師が駆けつけてきたので邪魔にならないよう自分のベッドに戻ったネジが、
安堵の吐息を零したのだった。
その更に少し後、テンテンも目を覚ました。
3人で塔に入り3人ともが命があったなんて、奇跡としか言い様が無い。
「もう、俺に黙って無茶なことはしてくれるなよ?
お前達は………俺の、大事な部下なんだからな」
報せを受けてやって来たガイに、いつになく神妙な顔でそう言われた。
それに子供達は顔を見合わせ、素直にごめんなさいと頭を下げる。
ほっとした表情で、とにかくゆっくりと休養を取れと言い、ガイが
病室を出て行くのを見遣って、急にベッドを抜け出したのはリーだった。
「ガイ先生!!」
ネジやテンテンが止めるのにも構わず、まだ力の入らないよろよろとした
足取りでドアに近付き、そこから半身を出して廊下の向こうを歩いて行く
ガイへとリーは声をかけた。
気付いたガイが振り返り、大慌てで駆け戻って来る。
「リー!!まだ動いちゃいかん!!」
「ガイ先生、ひとつだけ……どうしても、お話しなくてはならないことが
あるんです。
どうしても、今聞いてもらいたいんです!!」
「………リー」
困ったように眉根を寄せたが、こう見えて強情な子であることは知っている、
無理にベッドに押し込むよりは話したいことを話させてやった方が良いと
判断したガイが、リーの背中を支えるようにして再び病室へと入っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リーは、自分があの時に見たものを全部覚えているわけではない。
意識をなくして記憶が無いというのももちろんあるが、何となく朧げに
覚えている部分にしたって、それは現実なのか幻なのかの違いが
分からないのだ。
本当にあったことのように思うし、単なる幻だと言われても頷ける。
リーにとってあの塔は、最初から怪しい存在だった。
ネジやテンテンに気のせいだとは言われたが、確かにあの時自分の耳は
自分達以外の誰かの存在を捉えていた。
気配があったなどというそんなリアルなものでなく、勘だとか直感のような
いわば第六感に近い部分で。
「ただ……分からないのは、それが生き物であると言われている
塔自身のものなのか、それとも僕達以外に……誰かがあそこにいたのか」
前者はともかく、後者で考えると誰かなんて今はカカシ以外に思いつかないが。
「見たものの事は思い出せないんだな?」
「……はい。
でも、………ああ、そうだ。
誰かが僕の体に触って……それで少しだけ、目が覚めました」
「触った?」
「なんだろう……なんだか、確かめるような感じで…」
「ああ、それはたぶん俺だ」
答えたのはベッドの上でリーの話を聞いていたネジだった。
確かに昼間ネジに聞いた話とも繋がるので、間違いないと見ていいだろう。
だが、リーが気になったのはその後だと言う。
「その手がなくなった後、少ししてから…急に体が浮いたような
感じがして……声が、」
「声?」
「声が聞こえたんです。
……『今助けてあげるから、心配しなくていいよ』…って」
聞いたことの無い声だったような気もするし、聞き覚えのある声だったような気もする。
それを鮮明に覚えていたのは、テンテンだった。
「あ!私もそれ、似たようなの聞いた…!!」
「テンテンもですか?」
「私……見たものの事も、割とはっきり覚えてる、かも…」
幻術として考えればどこにでもあるようなものだった。
広い迷路のような道を、ただ彷徨い歩くしかない、出口も果てもない幻だ。
すぐにそれが幻だという事はテンテンにも分かったが、残念ながら彼女には
それを振り解くことができずにいた。
見回しても一緒にいたはずのネジもリーも姿が見えなくて、どうしようかと
足を止め思案を始めた頃だった。
ぐいと強く腕を引かれる力と、聞こえてきたのは声。
【そっちじゃないよ、出口はこっちだ】
「だ、誰ッ!?」
その方を見ても誰もいない。
驚いたテンテンが腕を振り解こうとしたが、思いのほか掴んできた手の力が
強く、なかなか思い通りにいかない。
半ば引き摺られるようにしながら歩くテンテンが、再度抵抗を試みようと
した時、もう一度声がした。
【…………早く帰んなさい。ガイが心配するでしょ?】
「カカシ……先生……?」
声が、というよりはその口調、そしてその内容。
ガイのことを知っていて、尚且つ自分がガイの部下であることを知っている者。
答えなんて、考えなくてもすぐに分かる。
「カカシ先生……でしょう?」
問い掛けるテンテンの言葉に、答える声はなかった。
「その後は……どう歩いたかも全然覚えが無いし…、
どこでどう気を失ったのか、どうやって此処に運ばれたのか、
全然覚えてないんだけど……」
幻術から解き放たれた瞬間すら身に覚えが無い。
目が覚めればベッドに寝かされていた、それだけだ。
けれどひとつだけ、カカシがあの塔の中にいるのだという事は、
恐らく今はリー以上に確信を持っている。
そして自分達を助けてくれたのは、彼なのだと。
話を聞くしかないガイは、ただ無言で子供達を見つめていた。
「カカシ先生、やっぱりあそこに居るんだと思う」
「じゃあ、僕が感じた僕達以外の誰かって……」
「カカシ先生なんじゃないの?」
「………いや待て、テンテン、リー。
もしそれが本当なら、逆に不可解な事がある」
こくりと首を傾げて言うネジは、だが2人の言葉を否定したわけでは無い。
もし2人の言う通りなのだとすると、自分の腕を取ってリーの元まで
導いていったのは、恐らくカカシなのだろう。
塔自身が自分達を餌と認識していたのならば、わざわざそんな事をする
必要性は感じない。
ただ、そうならそうで、引っ掛かる事があった。
「もしお前達の言う通りなのだとすれば、
カカシはあの塔の中を、自分の意思で自由に歩き回っている事になる」
ネジの言葉を代弁するかのように、ガイが静かに口を開く。
それにネジも頷いて、それが不可解なんだ、と告げた。
「俺達は塔の中に入った途端にアレだったんだ。
もちろんその後に糧として取り込んでいくのであれば、
真っ先にそうするのが確実だからな、理解はできる。
なのにどうしてカカシ上忍は、今だ取り込まれずに動き回れるのか…」
よく分からないが、人を喰い取り込んでしまうと言われている塔には、
まだ何かあるような気がする。
「………繋がらないな」
「そうですね…」
「でも……私達が聞いた声が本物か幻かはどうであれ……、
リミットはきっと、あの塔が消えるまで……だと思う」
カカシの安否をこの目で確認したわけではないので、まだ確実に
無事であるとは言い難い。
ハッキリしているのは、自分達3人が誰かの手によって助けられたということ。
それがカカシであればいいと思うのは、半分は希望のようなものだ。
「…………話は分かった」
一通りの話が済んだと判断したか、ガイはそう言うと椅子から立ち上がる。
近くに居たリーの頭をくしゃりと撫でると、とにかく今は休みなさいと言って、
それ以上は何も言わずにガイは部屋を出て行った。
残された子供達が、部屋の窓からはっきりと見える塔へと目を向ける。
橙の眩しい夕日に照らされて、赤く燃えるようだ。
「………無事だと、いいですね」
ぽつりと呟かれたリーの言葉に、ネジとテンテンはただ黙って頷くだけだった。
<続>
中間地点まであと一本。
とにかくそこまで頑張るぞー!!
そしてガイはいつになったら動くんだよオイ…!?(汗)
いい加減自分でもじれったいと思います(><)
もうちょっとで起承転結でいう「転」の部分に入れるかなーってぐらい。
こんだけ書いてまだ先が見えて来ないってどういうコトだ…。
ちなみにオチなんて全然見えてません。完全に手探り。
長編ってこういうトコロがスリリングなんですよね。
それはそれで楽しいんですけどもね。