伝書鳩に呼ばれて顔を出したガイは、そのまま上忍待機所に向かうように指示を受けた。
とりあえずその通りにすると、そこに居たのは久々に見る男。
「アスマじゃないか!」
「よォ」
ぷかりと煙草を吹かしながらのんびりソファに座るアスマは、驚いて声を上げるガイに
軽く片手を上げて挨拶をした。
確か彼は長期任務を受けて里を出ていた筈であったのだが。
「どうしたんだ、任務は?」
「あーんなモン、この俺にかかればイチコロだ」
「………ほぅ」
「冗談だっつの、信じるなよ馬鹿。
ちょっと緊急の報告があったんで、代わってもらったんだ」
「報告?」
眉を顰めて問い返すガイに、報告自体はもう済んじまったがな、と笑って
アスマは短くなった煙草を灰皿で揉み消した。
「俺が向かったのは土の国なんだけどな、そこで話を聞いたんだ。
………あの塔についての、な」
「な、に…?」
動揺した表情を浮かべて、ガイが口元を引き結ぶ。
てっきりこの場所にしか現れないと思っていたからだ。
まさか、他の所にも現れているだなんて、初めて聞いた。
「…まぁ国交が盛んになってきたのも最近の話だしな、そういうマイナーな
情報は出遅れちまうのも仕方が無いことだ。
なんせお互い30年に1度しか出てこねぇときたもんだ」
「……それで?」
「俺がその話を聞いたのもほんの偶然だった。
任務の合間に寄ったメシ屋で、話のネタにとこの塔の事を話してた時だよ、
知らねぇ年寄りが近付いてきてな、そいつはこの辺りでも見かけるぞ、ってさ」
余りにも唐突に言われたから、その老人の名前すら尋ねるのを忘れてしまった。
名を聞くよりも、その塔について知ってる限りを話してもらいたかった。
どうにか話を振って、その老人の知り得る全ての情報を得ようとして。
「………正直、聞くんじゃなかったと思っちまったけどよ」
「なんて…言ったんだ?」
ガイの問い掛けに、懐から煙草を一本取り出してアスマが口に咥える。
お前もどうだと差し出したところ、珍しくもガイがそれに手を伸ばした。
お互いに火をつけて一息吸い込んだところで、アスマが困ったような笑みと共に
途方に暮れた声を出した。
「あの塔は生きている。生きて、人を喰らう」
ガイのきょとんとした目がアスマを捉えた。
言葉の意味としては理解できるが、具体的にどういう事を指しているのか解らない。
「………塔が、生きているのか?」
「そうだ、あれは生き物だと、そう言いやがる」
生き物だから糧が必要になる。
あの塔にとっての糧は、人間だ。
だから人を寄せては喰らうのだと、その老人は言っていた。
「あの塔に捜索隊を出すだなんて……餌をやるようなモンなんだと」
避ける方法はただひとつ、関わらないことだ。
ただ大人しく、その塔が消えるのを待つのみ。
その間にやはり人は数名姿を消すだろうが、それはもう不運として諦めるしかないと、
ある意味で絶望的な言葉もくれた。
「………それで、お前はどうするんだ?」
「は…?」
急に話を振られ、ガイが驚いたように目を瞠る。
アスマは煙草を燻らせながら、向かいに座るガイを指差して。
「人を喰らう塔、そこに恐らくカカシは行った。
それでお前は………どうするんだ?」
もう一度同じ問い掛けをしてやると、ガイは言葉無く瞼を伏せる。
答えないガイに、アスマが困惑した様子で頭を掻いた。
「それじゃ、ちょいと訊き方を変えようか。
お前が躊躇する理由は、何なんだ?」
答えならとっくに出ている筈なのだ。
この直情的な男が、迷うなんてまず考え難い。
特にこんな場面ならば率先して立ち上がる筈なのに、何故だろうか
今回この件に関して彼は妙に躊躇いを見せる。
らしくない、と言えばいいか。
「………それは、俺にもよく分からん」
「は?」
「分からないが……何故だか、あそこへ行くのを全身で拒否する自分が居る」
「アレが怖いってワケじゃないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、なんで」
「それは俺が訊きたい」
ふぅ、と煙を吐き出しながら呟くガイに、どうしたものかとアスマは額に手を当てた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アスマと別れ一人になって、ガイはすっかり暗くなった空へと目を向けた。
躊躇う理由は何かと問われて、何も答えられない自分が居て、だが、多分きっと
それは誤魔化しだと思う。
分かっているのだ、本当は何もかも。
何を恐れて、躊躇しているのか。
自分が死ぬことを恐れているわけじゃない。
誰かが倒れることに、躊躇しているわけでもない。
ただ、自分がカカシを見つけたその時に、彼が生きていない事を恐れる。
見つけることができなかったらと、躊躇う。
逢えずに終わることが、怖い。
「待っていても仕方が無いだろうに……」
本当は分かっているのだ。
ただ、もう少しだけ。
もう少しだけ、最悪の事態に向き合う勇気が、欲しい。
そうでなければ。
そうなった時の自分が、想像もつかないから。
<続>
こんな弱いガイ先生はガイ先生じゃないー!!というお叱りは
敢えて受ける覚悟で書いてみました。
ネガティブガイ。(苦笑)
とはいえガイ先生があそこに行ってくれなきゃ話が進まないのだよ。
頑張れガイ!!と私が言ってどうすんの…。(汗)
じゃあ誰か言ってくれ!!(をい)
忍たるもの、最悪の状況でも動じないようにするためには、その可能性も
考慮に入れておかなくてはならないというわけで、ガイの場合の最悪の
状況というのは、やっぱりカカシが死んでしまっていたら、という事だろうなと。
やっぱしそれなりの覚悟は必要なんじゃないかなぇ、なんてね。