ある日、『それ』は唐突に出現した。
広大な森の向こうに塔が聳え立っている。
いつできたのかは誰も知らない。
分かっている事は、そんなものが昨日までは無かった、という事ぐらいだ。
現われる瞬間を見ていた者は誰も居ない。
まるでその塔は昔からそこにあったかのように、君臨していた。

 

 

 

 

 

 

「………まさか、もう、そんなに経ったか……」
火影の部屋の窓からはその塔がはっきりと見える。
むしろ見えるように、気付けるように、昔の人間がそういう配置にしたのだ。
五代目火影の綱手も過去に一度だけ遭遇した事がある。
30年に1度の周期で現われるその塔の存在を知るものは、あまり居ない。
「綱手様、あれは一体…?」
傍に控えていたシズネがそう問うが、綱手はギリと歯を食い縛るだけで
答えることは無かった。

 

 

 出てきたか、人喰い…!!

 

 

よもやまさか、冒険心を疼かせてその塔へと赴く者は居ないだろうと
信じてはいる。
行きそうな人間は心当たりが無いこともないが、九尾のバカと自分の
同期であるバカは、修行の旅に出ていて里に居ないから安心だ。
例え怪しい存在だとしても、実際にそこへ行くよりもまず報告が先。
そして今後の行動を打診してから動く、それが忍。
「シズネ、全ての上忍と中忍に通達を。
 あの塔に決して近付いてはならんとな。
 特に子供達は早まった真似をしないよう、よく監督しておけ。
 年寄り達は……皆、アレを知っているから大丈夫だ」
「…あの塔は何なんですか?」
「年寄りの中では『人喰い』と呼ばれている、呪われた塔さ。
 心配しなくても、2週間から1ヶ月ぐらいで勝手に消える。
 それまで、あの場所へ近付くことは厳禁だ」
「わかりました」
頷いて、シズネは言われた通りを遂行するべく部屋を出て行く。
一人になって、また綱手は物憂げな視線のまま塔を窺い見た。

「………何事も無ければ良いが」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「……ふぅむ」
木ノ葉の里の忍は、上忍・中忍全て合わせると結構な人数になる。
それもやはり若手が多く、それら個々に口頭で伝達するのは難しいと考えたか、
綱手の話は全て印刷された指示書で伝えられた。
それをまじまじと眺めてから、ガイが頭上高く聳える塔を見上げる。
「…まぁ、そういう指示ならば、従うが……」
「何だったんですか?」
いつもの修行を終えたリーが、気になっているのだろうガイの持つ紙を
指して訊ねる。
それにはネジもテンテンも同様に気にしていたらしく、リーの一言で
動かしていた身体を止めた。
「アレだ」
「塔…ですか?」
森の中にある修行場からは木々の上から覗いている塔の上部しか見えないが、
昨日今日で建てられるようなもので無い事は理解できる。
ならばどうやって塔は現われたのか、今朝もそんな話をしていたところだ。
「あの塔には決して近付いてはならんぞ」
「え?どうして??」
キョトンとしたまま首を傾げるテンテンに、うむと頷くとガイは手にした
紙を畳んでポケットにしまった。
「あの塔は30年に1度、あの場所に現われるんだそうだ。
 近付こうものなら………」
「ものなら?」
「呪われる」
「フッ……バカな」
人差し指を立てて低く声を押し殺し言うガイを、思わずネジが鼻で笑い飛ばした。
「まぁ、それが真実かどうかなんてどっちでも構わんさ。
 呪いという言葉を、子供を怖がらせるための嘘だと思うのなら、それもいい。
 要するに、あの塔には近付くなというお達しだ」
「残念、後で探検に行こうって言ってたのにねぇ」
ガッカリしたような表情で嘆くテンテンの頭を撫でて宥めると、ガイは聳え立つ
塔を見据えた。
此処から近いような、遠いような、蜃気楼のようにゆらめくその姿からは
上手く想像ができない。

 

 

「よ、頑張ってるね?」

 

 

その声は唐突に頭上から降ってきて、ガイを除く3人は驚いた表情で
木の上を振り仰いだ。
いつの間に居たのやら、木の枝に腰掛けて幹に背を預けた状態で
普段から持ち歩いている本を広げ、まるで随分前からそこに居たかの
ような姿で片手を持ち上げているのは、ガイが唯一ライバルと認めている
カカシである。
一方的に言い張っている、とも言えなくもないが。
「……なんだ、任務に出ていたのでは無かったのか、カカシ?」
「あー、一昨日終わって帰ってきてたよ。
 そんで今は休暇中」
本をしまって枝から飛び降りると、大きく伸びをしてカカシは肩を回した。
「休暇貰ったはいいけどね、やる事なくてさ」
「ふむ」
「サスケはグレて家出、ナルトは修行、サクラも今は綱手様が師匠だし。
 もう退屈で退屈でたまんないわけよ」
「ならば俺と勝負でもするか?」
「やだ。だから今は休暇だって言ってるだろ」
ツンとそっぽを向いて言うカカシに、思わず子供達が顔を見合わせた。
つまり、退屈で退屈で仕方がなかったから。

 

「ガイ先生に相手してほしいんでしょうか…」
「素直にそう言えばいいのに、馬鹿ねー」
「というより、子供なんだな」

 

ボソボソと交わされる子供達の言葉は、ガイはもちろん聞いてなどいないし
カカシも聞かないフリをしている。
「そういえば、お前にも届いたか?」
「あ、コレ?来てるよ」
塔を指しながら、カカシが取り出したのはさっきガイがポケットにしまったのと
同じものだ。
「だけど、行くなって言われちゃうとねぇ」
「逆に行きたくなる、か?
 そんなのはお前ぐらいなモンだ」
「興味はあるけど?」
「……呪われても知らんぞ」
呆れたように言うガイへ視線を向けると、カカシがへぇ、と声を漏らした。
もしかして、この男。
「子供でも信じないような脅し文句、真に受けてたり、する?」
「ううう、うるさいッ!!」
ありえないよねー、と子供達に目を向けて笑うカカシに、顔を朱で染めて
思わず怒鳴るガイ、そしてどう反応したものかと顔を見合わせる、子供達。
「でもボクは、ガイ先生が行くなって言うなら行きません!!」
「……興味が無いな」
「面白そうだったんだけどねぇ、仕方無いかな」
シュビ!と挙手をして言うリーに、そっぽを向いたままで言うネジ、
残念そうな表情を見せながらもやはりNOと答えるテンテン。
彼らを眺めガイが視線を綻ばせると、お前も行くなよ、とカカシに
念を押そうとして。

 

「…………どうした?」

 

思わず不審な声を上げてしまった。
塔を見つめるカカシの右目が、単なる興味では収まらないほどに、真剣で。
だがそれはガイの方へ向けられる頃には綺麗さっぱり消えてしまっていた。
「別に、なんでもないさ」
「……そうか」
「何も…無ければ良いんだけど、ね」
手に握った紙切れへ視線を落とし小さく呟くカカシに、だがその理由を
訊ねる事ができなくて、ただガイは口を噤む以外に無かった。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

塔が現われて一週間、今のところあの塔に関する報告は何も無い。
それは自分の出した指示に従い、誰もあの塔へ近付いていないのだという事に
他ならない。
結局あの塔については分からない事ばかりなのだが、調べに行く方が危険
なのだという事は、過去の経験で知っている。
とにかく消えてしまうまで放っておいて、自分達は普段通りの生活をするだけだ。

 

 

「……もうそろそろ休暇も良いだろう、カカシを呼んでくれないか」
手元にあるS級任務の指令書の内容を確認しながら、綱手がそう声をかけると
近くに控えていた忍が外へと消えていく。
S級の任務は危険ランクも最高で、基本的に上忍以外には出す事ができない。
場合によっては部下が居ない上忍を動かす方が、都合の良い時もあるぐらいである。
まだ未熟な忍者は邪魔にしかならないので、却って危険になるからだ。
「まぁ…色々あったけど、カカシがフリーで助かったかな」
ガイも紅もアスマも今は皆部下持ちで、なかなか一人で動かす事ができない。
長期任務なら尚更だ。
今回は特別難儀なシロモノで、上忍の中でも飛び抜けてステータスの高いカカシが妥当だ。
だが、あのカカシでも恐らく一ヶ月は帰ってこれないだろう。
指令書を机に放ると、綱手は彼の到着を待つ間に済ませられる執務をこなす事にした。
いくらかの書類に目を通し、見てほしい術があるというサクラに指導をして、
火影室に戻って来たのは3時間ほど経った頃だが、まだ誰の姿も無い。
いくらなんでもこれは少し遅すぎる。
「……カカシは来たのかい?」
「いえ…まだですが」
丁度その場で雑務を片付けていたシズネに問うと、首を横に振って彼女はそう答えた。
「呼びに行った者もまだ帰っては……」
眉を顰めてそう言いかけた綱手の背後の扉が勢い良く開かれて、飛び込んで来たのは
3時間前に部屋を出て行った者だ。
「遅いじゃないか!どうしたんだい!?」
「そ、それが……里中回っていたものですから……」
「え?」
「何処にも居ないんです、カカシの奴」
「………なんだって?
 居ないって……里の外に出たのか?」
「いえ、そういう形跡も無いようです」
「どういう事だ…?」
目的も無く勝手にフラッと何処かへ行ってしまうような人間じゃない事は
綱手だって知っているし、特別何かあったわけでも無さそうなのだが。
「どうします?」
「……とりあえず手の空いている者でカカシを捜せ。
 あと、この任務はアスマ行きだな。シズネ、呼んできてくれ」
「はい」
綱手の言葉に頷くと、シズネは風のように消えていった。
窓からは相変わらず蜃気楼のように揺らめく塔が見える。

 

「……関係が無いのなら、良いんだがな」

 

その塔を見つめて、綱手は物憂げな吐息を零すのだった。

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

捏造にもほどがあるっていうか、とりあえずパラレルっぽく。(笑)
一応ラストまでの構想はある程度は固まってきてるんで、
とにかくエンドマーク目指して頑張ろうと思います。

ていうか、カカシとガイでどこまでシリアスな話が書けるんだろうかという
自分的挑戦でもあったりします。
ガイらしさを失くさないままでのシリアス展開が、結構頭を悩ませる…。(苦笑)

まぁ、そんなこんなで宜しければ最後までお付き合い下さいませ。