それはほんの一瞬の出来事だった。
また風のようにやってきた木ノ葉の上忍2人が、砂からの人質3人を
縄で縛り上げ連れて行ったのだ。
あまりの素早い行動にガイ班の子供達はあんぐりと口を開けるしか無かったが、
一番に我に返ったリーが、慌ててネジとテンテンの腕を掴んだ。
「ネジ、テンテン!!
早く追いかけましょう!!」
<Be well-informed each other in the feelings.>
場所は裏門から一番近い演習場。
昨日も確かこの場所だった。
ネジの白眼でなんとか上司を見失わずに済み、辿り着いたのが此処だ。
「あらら、ついて来ちゃったんだ」
「お前達……!!」
驚きを隠せない表情で言う大人2人に、あからさまなしかめっ面をして
ネジが口を開く。
「何も言わずに3人を連れて行ったんじゃ、気になるのは仕方無いだろう」
「そうですよ、ホントいきなりで吃驚したんだから!」
「あれ……でも、我愛羅くん達は何処に…?」
きょろきょろと見回しはするが、そこに居るのはカカシとガイだけで、
連れて行った筈の3人は影も形も見当たらない。
不思議に思ってリーが首を傾げていると、困ったようにガイが苦笑を浮かべた。
「いや……あの子達は今、別の所にいる」
「別の所、ですか?」
「誤解の無いように先に言っておくが…俺達は何も砂と揉めたいわけじゃない。
だから縄で縛って人質のように前に置くのは、全く持って無意味なんだ」
「それじゃあ、どうして先生達は3人を……」
「俺達はね、確かめたかっただけなんだよ。
そして、それを知らない子供達に、教えてあげたかった」
無理難題をふっかけて、そしてあの男はどうするのか。
形振り構わず木ノ葉まで走ってきたとして、それを見た子供達はどう思うか。
知りたかったのは、たったそれだけ。
「子供達を攫った風を見せたのは、それだけ本気になってもらわなきゃ
困るってことだよ。
ここで上を集めていちいち会議なんてやられた日にゃ、完全に失格だね」
「どうだ、カカシ?」
「ま、そろそろだと思うんだけど………おいナルト、どうだい?」
つけていた無線機でカカシが呼びかけると、やや間があって返事が聞こえてきた。
『ああ、真っ直ぐこっちに向かって来てるってばよ!
でも先生、裏門閉まってっけど、大丈夫なのか?』
「大丈夫大丈夫。
A地点のサスケは撤退、B地点のサクラも過ぎた。
そろそろ来るから気をつけろ。
それと……裏門からはなるべく離れてろよ、怪我するぞ」
『了解!』
ぶつりとそこで無線は途絶え、一緒に聞いていたガイがうんと頷いた。
「ぼちぼちだな」
「それじゃ、戦闘準備といきますか!」
「ええッ!?
や、やっぱり戦うんですかッ!?」
「こうなると逃げてる暇は無いな、お前達も巻き添え食らわないように
注意しろよ?」
「……最悪だ……」
言ってる傍から裏門の方で、何かが崩れる大きな音が聞こえてきた。
確かめるためにネジが白眼で裏門の様子を見ると、分厚く頑丈な扉は
鋭利な刃物ですっぱりと切り刻まれたように、バラバラになって
崩れ落ちている。
「あれは……風遁の術か…?」
「風の刃は目で見ることができないからな。
前に……それでハヤテもやられた。
油断するな、食らうと死ぬぞ!!」
ざわり、と風が吹いて周囲の木々がざわめいた。
嫌な風ね……とテンテンが小さく呟く。
ふいに前方から突風が吹きつけてくるのと、カカシが声を上げたのは同時だった。
「くるぞ、飛べ!!」
その言葉に全員が正確に反応する。
高くジャンプしたその足元を、見えない刃が通り抜けて。
その先にある木が瞬時に切り刻まれるのを見て、思わず子供達に冷や汗が浮いた。
「こ、こわ…」
「恐ろしい術ですね…」
「砂の上忍は何処だ?」
地面に着地をしてネジが周囲に視線を送る。
気がつけば自分達の上司の姿もない。
何処に行ったのかと白眼を使おうとして。
「ネジ、危ない!!」
テンテンの叫びと、強く体を引っ張られる感覚。
そして身を掠めるように、更に刃が。
「大丈夫ですか、ネジ?」
「ああ……悪い、助かった」
自分の腕を掴んだままのリーにそう告げて、これは少しの隙も許されないなと
そんな風にネジは考えたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
木ノ葉まで2日で来いと言いはしたが、何もそれはできるかどうかの実証なく
言いつけた条件ではない。
理屈では2日で木ノ葉まで来れるのだ。
もちろんその為には、一切の休息を取る事無く走り続けることが前提にある。
昔の話ではあるが、ガイに付き合ってカカシも2日で砂隠れまで行ったことがあった。
随分な強行軍で、今となってはできれば二度とやりたくないとは思うけれど。
「ちょ、ちょっと待った、落ち着こうよ!!」
「そ、そうだ!!
術の乱射はよくないぞ!!」
自分達はまだ良いが、まだ未熟な子供達があれを完璧に避けられるかどうかと
言われれば不安が残る。
少しだけ子供達とは離れた場所まで移動すると、カカシとガイは交互にそう
休み無く走り続けた砂の忍へと声をかけた。
だが彼は全く聞く耳を持つつもりが無いらしい。
肩で大きく息をしながらも、なおも印を結ぼうとするバキに慌ててカカシが
口を開いた。
「だからやめろって!!
お前、体力もチャクラも限界だろうが!!
それ以上やったらお前、本当にブッ倒れるぞ!?」
「煩い!!さっさと我愛羅達を出せ!!
でなければ力ずくで奪い返すだけだ!!」
「いや、だから、こっちの話も少しは聞けと…」
「問答無用!!」
印を結んだ手を地面につけると、そこから一直線に地面を割りながら
大量の水か吹き出してきた。
「水遁か」
「分かれるぞ」
カカシとガイが左右に避け術を回避すると、ガイが拳を握ってバキの方へと
飛び掛っていく。
「おい、ガイ!?」
「少しだけだ!とにかくこのままでは話にすらならん!!」
カカシが驚いてガイを制するが、構わず彼はバキの方へと突っ込んだ。
だがお互い上忍だ、そう簡単に一撃が決まるわけがない。
ガイの攻撃を避けながら、更にバキが印を結ぶ。
繰り出された右腕を左手で押さえ、風を纏った右手をガイの鳩尾に叩き込む。
「ぐ…ッ!!」
強烈な風圧で吹っ飛ばされたガイだったが、だが木に叩き付けられる寸前で
体勢を整えて何とか激突は免れた。
「やるな…?」
「ガイ、大丈夫か!!」
「ああ……まぁ、なんとかな」
「で、どうすんのさ?
完全にキレちゃってるよ、アイツ」
「まいったな…」
ガイを助け起こしながら肩を竦めるカカシに、あまり参った風でもない様子で
笑みを浮かべたガイがそう呟いたのだった。
そしてそんな状況を、離れたところで見ている子供達がいる。
カカシとガイが連れて来た、砂の3人だ。
「ほ……ほんとに来たじゃんよ……?」
「まさか……」
「………。」
呆然と呟く兄と姉の隣で、ただ無言のまま我愛羅はその光景を
見下ろしていた。
本当に、たった一人で。
そんな、馬鹿なことが。
あちらは2日間休みなしの強行軍に加え、体力もチャクラも限界に近い。
逆にこちらはといえば、さっきからほとんど避けることしかしておらず、
おまけに2人である。
勝負は最初から見えていた。
地に膝をついた状態で荒く呼吸を繰り返すバキに、漸く気が済んだかと
カカシとガイは顔を見合わせ吐息を零す。
これで少しは話ができるだろうか。
「あー………まさか、本当に来るとは俺、正直思ってなかったんだけどね」
「なにッ!?カカシ貴様、信じてなかったのかッ!?」
「いやいや、そういうつもりじゃないんだけどね、
ただ……やっぱ普通に考えてさ、やんないんじゃない?」
あくまでも、常識でものを測った場合だ。
ガイは大丈夫だなんて胸を張っていたが、やはり最後まで不安はあった。
「もしこれが本当の誘拐事件だったら一巻の終わりだよな。
2日間走りっぱなしで、体力は尽きかけチャクラもない。
そんな状態でマトモに人質を助けられるとは思えないけど。
………ま、忍なら有り得ない状況だよ、コレ」
確実に対処をしようと思ったなら、もっと他にやり方があった筈だ。
この行動、無謀以外の何物でもない。
だが、漸く呼吸を落ち着けたバキは、顔を上げて毅然と言い放った。
「あいつらは、俺の部下だ。
俺が助けに来て何が悪い!!」
大体にして2日なんて無謀な日数、誰かに伝えて頭数を揃える時間すら
惜しかった。
今すぐにでも出発しなければならない状況で、そんな悠長なことを
やってられる暇など少しも無かったのだ。
「……ま、期限までに来られた事については認めるけど。
単独で乗り込んで、助けられる保証なんて少しもないよ」
「絶対に……助けてやるさ。
大事な部下達だ………この俺の、命に代えてもな」
言いながらまだ立ち上がろうとする姿に、カカシとガイが軽く目を瞠った。
まだそんな余力があったとは思わなくて。
「おいおい、本当にもうやめとけって」
「そうだ、そんなにせずとも……もう、」
ふらつきながらも身を起こしたバキを止めようとカカシが手を伸ばし、
ガイが気配を感じてすぐ傍の木立を見上げるように仰いだ。
「もういい。」
気配が3つ、バキの傍へと下り立つ。
我愛羅にカンクロウ、そしてテマリだ。
バキの隣に立ち支えるように手を添えた我愛羅が、もういいんだ、と
もう一度小さく呟く。
それには驚きを隠せない様子でバキが目を丸くした。
「お、お前達…!!どうして……、」
「もういいよ、先生。
もう………いいから、一緒に帰ろう?」
自分達は怪我ひとつしていない。
そう言って、テマリは小さく微笑んだ。
世間から疎まれ続けた存在と、その家族であったがために、周囲の風当たりは
昔から強かった。
力だけはあったから、誰に守られずとも、誰も傍にいなくとも、自分達だけで
やっていけると思っていた。
だから、分からなかったのだ。
こんなに近くに、気遣ってくれる人がいたなんて。
「俺達も条件聞かされて……正直、無理だって思ってた。
本当に来るなんて……思わなかったよ」
我愛羅が信じてみると言うならば、信じようと思った。
しかしどうしたって不安が残るのはどうしようもない。
そんな微妙な心情の揺れを感じながら、カカシとガイにまたこの場所まで
連れられてきて、多少緊張はしたものだ。
万が一、来なかったらどうしようかと、そんな事まで思いはしたけれど、
その度に思い出したのは、リーの、ネジの、テンテンの、そしてガイやカカシの
大丈夫だ、と自信満々に言い切った言葉だった。
そして目の前に自分達の上司が現れて、嬉しいと思う以上に安堵する自分がいた。
「へへっ………すげぇじゃん、先生」
改めてカンクロウは思う。自分達の先生は、凄い人だと。
「……なぁ、我愛羅くん、本当に来ただろう?」
「…………。」
ぽんと肩に手を置いてそう言ってくるガイへ、我愛羅は無言で視線を向けた。
確か昨日、自分は彼に言ったのだ。
有り得ない話だ、と。
だが、その有り得ない話を大丈夫だと言い切ったのはこの男で、そして不可能だと
思われていた事を成し遂げたのは、自分達の上司だ。
捕われた自分達を助ける、その一心で。
「忍としては失格と言わざるを得ないけどね、
………ま、いいんじゃないの、ガイ?」
「ああ…そうだな、きっと、彼らにも伝わっただろう」
カカシとガイがそう言い合って、顔を見合わせ頷く。
それだけ大事に思っているのだと、相手に伝わったのなら、それでいい。
これで子供達が少しでも、大人を信用してくれたなら首尾は上々だ。
「「 よし、合格!! 」」
カカシが笑って、ガイが親指をぐっと立てて、そうバキに告げる。
益々分からないといった表情をするバキに、我愛羅が言った。
「本当に来てくれるとは思わなかった。
…………ありがとう、先生」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
我愛羅達はバキと合流した後、2日ほどをバキの休息のために過ごして
共に砂隠れへと戻っていった。
カカシとガイが正門まで見送りに訪れたが、バキはただ苦笑を見せるだけで
彼らをそれ以上責めることは無かったという。
「結局……先生達は何がしたかったんだってばよ?」
「きっと、我愛羅くん達に教えてあげたかったんだと思いますよ。
彼らを心配して見ている人は、近くにいるんだってこと」
アカデミーの屋上テラスにガイ班と7班の子供達がいた。
話題に上っているのは先日の一件だ。
ナルトの言葉にリーがそう返して、視線を火影室の方へと向ける。
顔岩と対角線上にあるその部屋の窓から、中の様子がよく見えた。
「帰る時に私も見送りに行ったけど、中忍試験の時に見たような
余所余所しさはあんまり無かったわね。
一応……めでたしめでたしでいいのかしら?これ」
「モチロンですよ、サクラさん!!」
サクラの言葉にビシッとナイスガイポーズでリーが言い切る。
でも、と首を傾げたのはテンテンだ。
「あっちはめでたしめでたしでいいのかもしれないけど……、
こっちはそうもいかないんじゃない?」
「当然だ、砂の忍を勝手に連れ去った上に、裏門も大破、
演習場はぐちゃぐちゃだからな」
「フン……自業自得だ」
テンテンの指差す先には、火影室の中で綱手に説教を食らっている
カカシとガイの姿があった。
何を言われているかまでは分からないが、今にも椅子をブン投げそうな
綱手の様子を見る限りでは、相当怒っているようである。
結果オーライとはいえ、確かに彼らのやらかした事は問題ありすぎだ。
ネジとサスケがその光景を鼻で笑いながら見遣るのに、やれやれと
テンテンは肩を竦めるだけだった。
「でも…先生達、ちょっと可哀想だってばよ。
本当は我愛羅達のことを思ってやった事なんだろ?」
「やっていい事と悪いことがある。
今回は……少々度が過ぎたな」
「………僕ッ、綱手様のところに行ってきます!!
行って、先生達を許して下さいって言ってきます!!」
突然座っていたベンチから立ち上がると、拳を握り締めてそう言って、
リーはその場から走っていった。
向かう先は今言った通り、火影室なのだろう。
呆然と見送る子供達の中で、次に立ち上がったのはナルトだった。
「おい、ちょっと待つってばよ、ゲジマユ!!
俺も一緒に行くってばよーーーー!!!」
「あ、ちょ、待ちなさいよナルト!!私も行く!!」
それにサクラが続き。
「………しょうがないわね、あんた達はどうするの?」
「ふぅ……仕方無いな」
「チッ、なんで俺が……」
肩を落として言ったテンテンがネジとサスケに目を向ける。
ややあって、深くため息をついたネジが億劫そうに立ち上がり、
小さく毒づきながらも、サスケまでしぶしぶ火影室へと向かったのだった。
その暫くの後、7班とガイ班勢揃いで頭を下げてくるという事態に、
思わずシズネが苦笑を浮かべ、綱手も頭を抱える事になったという。
<END>
長い話に漸くケリがつきました。
砂にとっても木ノ葉にとっても、これでめでたしめでたしになればいいな。
ラストのエピソードが、書いてて一番楽しかったかもしれない。
部下のために上司が頭を下げることはよくある話。
でも、上司のために部下がごめんなさいする事があってもいいな〜と。
ここらへんが7班やガイ班が思いあってる証拠、みたいなね(^^)
きっと7班とガイ班は、この後綱手さまに言われて裏門の修理させられると
思います。皆でね。(笑)
ここまでお付き合いありがとうございました!!m(__)m