「いらっしゃい、ガイ」
菓子折りを手に玄関の扉を叩けば、中から顔を出した紅が笑みを浮かべて
迎えてくれた。
昼過ぎに行くからと連絡を入れていたガイは、きっちり時間通りに訪れた。
相変わらずそういうところはちゃんとしていると笑いながら奥へと通してくれた
紅の下腹部は、はたから見てもそうと分かるぐらいに大きくなっている。
しかしよく考えればそろそろ8ヶ月、当然だ。
そこには、新しい生命が宿っている。
<It entrusts a thought to the following generation.>
「……あら、美味しそう」
手土産を渡せば中を覗いて、紅は嬉しそうにキッチンへと向かった。
あまり動かない方が良いのではと思ったのだが、安定期に入ったら
逆に少しぐらい動いた方が良いのだという。
お茶を煎れるぐらい何でもないと言った彼女は、暫くしてティーカップを
乗せた盆を手に戻って来た。
「一昨日はカカシが来たわ。
ほんと、とっかえひっかえ鬱陶しいったら」
「……そこまで言うか」
「ふふふ、冗談よ。
気にかけてくれてるのは純粋に嬉しいわ。ありがとう」
アスマの死後、彼と親しかった者や、彼や自分の部下達が、まるで彼の
代わりだと言わんばかりに、かわるがわる経過と様子を見に来ていた。
一昨日はカカシで、ちなみに昨日はシカマルが来た。
気にしてくれるのは嬉しいけれども、こうも毎日では苦笑が隠せなく
なるのは仕方の無い事である。
とはいえ、こうやって誰かしらが来てくれて話し相手になってくれるのは
本当に有り難かった。
気がつけば沈みがちになる気分も、少し浮上するからだ。
アスマの死の直後は深い悲しみが訪れたが、こうやって今笑っていられるのは
彼らがいてくれたからだと、それははっきりと言える。
「……もうすぐだな」
「まだ2ヶ月もあるわよ、せっかちだわ」
「何を言う!2ヶ月なんてあっという間だぞ!!」
「………まぁ、否定はしないけど」
「楽しみ、だな」
顔中に笑みを浮かべてそういうガイの表情を、テーブルに頬杖をつきながら
眺めていた紅が、不思議そうに首を傾げた。
「随分楽しみにしてるのね、ガイ。
別にアンタの子ってわけでもないのに」
「……ん?」
「そういえば、アンタだけじゃなくてカカシもだわ。
どうしてそんな顔するのか、私にも教えてくれない?」
一昨日やってきたカカシも今のガイと似たような表情をしていた。
あの時は気になったけれど訊ねる気にはならなかったのだが、ガイならば
教えてくれるかもしれないと、そう思った。
親しい仲間の子供だからと括ってしまうには、彼らの慈しむような視線は
少し納得がいかない。
「どうして、と言われると困るんだがなぁ……」
ソファの背凭れに首を乗せるようにして天井を見上げたガイが、
そう呟いてう〜んと深く唸った。
どう言い表せば良いだろうか。
「嬉しいから……と、言えばいいか?」
「……嬉しい?」
怪訝そうに問い返す紅に苦笑を浮かべてみせ、ガイはこくりと頷いた。
「ただ、嬉しいんだ。
嬉しくて………楽しみなんだ」
「もう少し分かりやすく言ってよ」
「………俺達みたいな職業の人間は……生かすより殺すことの方が
圧倒的に多いだろう?
だから……その時を見届けることができるのが、そういう機会に
巡り会えたことが、嬉しいんだ」
新しい生命の誕生なんて、生涯にそう何度も出会えるものではない。
殺すことはあっても生み出すことのないこの手を思うと、今回のことは
本当に貴重なものなのだ。
だからこそ嬉しいし、楽しみだし、大切にしたい。
「……アンタも相手見つけて、子供作ればいいじゃないの」
「ああ…まぁ、そういう風に考えた時期もあったがなぁ……。
自分のことだからなのかもしれないが、最近はそういう事も
どうでも良くなってきた」
「そんな事言うから相手が見つからないのよ」
「ははは、そう言われると返す言葉も無いな。
だが、俺自身の話をするなら……今はそんな余裕が無くてな。
任務をこなして、部下を鍛えて、自分も鍛えて……里の復興に
全力を尽くして、手一杯で考えている時間がない」
「うちに来る暇はあるクセに」
「そういう事を言うなよ、お前は…」
鋭いツッコミにがくりと項垂れて、ガイが苦く呟いた。
くすくすと笑みを零しながら、紅はでも、と言葉を繋ぐ。
「そういう風に言えるのは、今がとても充実しているからよ、ガイ」
「……確かに、その通りだ」
仲間がいて、ライバルがいて、自分の持つ全てを叩き込める弟子にも出会えて、
確かに今、自分は充実しているだろう。
この間、顔を合わせた時にカカシがぽつりと漏らしていたのを思い出す。
(そろそろ、俺達の時代も終わるよ、ガイ)
そうやって次の世代へ、新しく生まれてくる子供達へ、受け継がれていくのだ。
忍の技も、火の意志も。
「そういえば、カカシが面白いこと言ってたわよ」
「面白いこと?」
「アイツ、40まで生きてられたら、忍を引退するってさ」
「は?………辞めてどうするつもりなんだ」
紅の話を聞いて、お茶を飲みながらガイがそう苦笑を零す。
「私もそう聞いたのよ。
そしたら、気侭に諸国漫遊の旅をするんだ、って。
………自来也様みたいに」
その言葉に、ガイが盛大にお茶を吹き出した。
汚い、と眉をしかめる紅に、すまんと一言謝罪して。
「……ほ、本当にそう言ったのか……?」
「アイツのことだから、きっと本気ね。
冗談言ってるようなのは顔だけなんだから。
まぁ、自来也様を目標にするのはどうかと思うけど」
「どうかと思うどころの話じゃないだろう!!
これはいかん!カカシが道を踏み外す前に更生させなくては!!」
そこまで言われる自来也も気の毒だが、否定できないところが悲しい。
相変わらず、飽きもせずあの本を愛読書にしている所を考えると、
彼は立派な自来也予備軍である。
立ち上がって拳まで握り締めたガイを座ったまま見上げると、
また始まったとばかりに紅は吐息を零した。
この先の展開は見えている、どうせまた勝負でも挑みに行くのだろう。
「今の戦況は?」
「む、82勝82敗だ!」
「次は勝ち越せるといいわね」
「勝つに決まっている!当然だろう!!」
胸を張ってそう言いきると、ガイはまた来るからと言い残して帰っていった。
見送りはいらないと言う彼の言葉に甘えて、ソファに座ったままその姿を
眺めていた紅は、誰も居なくなった部屋でふとこないだの話を思い返した。
諸国漫遊の旅に出たいのだと言っていたカカシの言葉には、実はまだ続きがある。
(その頃にもし、アイツがまだ一人でいたらさ。
………連れてっちゃおうかなぁと、思ってるんだ)
アイツが誰を指してるかなんて、あまりにも馬鹿らしくて訊ねる気も失せた。
そして、その時になったらまた一騒動あるんだろうなという事も簡単に
想像がついて、まだ先の事だと分かっていてもため息が出てしまう。
「……まぁ、なるようにしかならないんだけど、ね……」
どのみち、この話は当分ガイにしない方が賢明だろう。
そう結論付けると、紅は空になったカップを持ってキッチンへと向かったのだった。
<END>
なんだか私の書きたいことが素直に出せたかもしれない。
第2部のテーマって世代交替だよね。
今の子供達に全部託せたら、きっと今の大人達はゆっくりと
自分のために時間を使えると思うんだ。
自来也もそうだけど、猪鹿蝶トリオの親父達を見てると
すごくそんな気がしてくる。
ナルト達が木ノ葉を引っ張るようになったら、って考えた時に、
な〜んとなく、カカシは木ノ葉からいなくなるような気がちょびっと
してみたりしたわけで。
まぁ、その頃ガイ先生はどうしてるんだろうねぇ。
なんかあんまし今と変わんないような気もする。(笑)
どうでもいいけど、ガイと紅のセットって書きやすい。色々と。