闇から闇へと走り抜ける、それが暗部という特殊な部隊。
仮面で顔を隠し、心を隠し、全てを押し殺して剣を振る。
それが、暗部の定めだった。
<Closed world.>
梟の鳴く声しか聞こえない、月さえも姿を隠した、そんな夜。
2人の若者が、そこには居た。
一人は木立の上に身を隠すように。
一人は大地の上にしっかり足をつけて。
片方は顔に仮面をつけていて、もう片方は格好を見る限りでは
木ノ葉の忍のようだ。
2人の距離はやや離れていたが、お互いの視線はしっかりと
互いを捉え、対峙していた。
「……何の用だ、ガイ」
「やはり……暗部にいるというのは、本当だったのか……カカシ」
低い声で唸るカカシに渋くそう言うと、ガイは拳を強く握り締めた。
別に暗部にいるという事が、別段悪いことというわけではない。
火影から直々に選ばれた精鋭中の精鋭であるのだから、むしろ喜ばしい
ことである。
だが、何故だかガイには、どこか止めなければという強迫観念にも似た
思いが込み上げてくるばかりで、カカシがあの部隊に居るということに
対して、凄いことだと思う事もなければ、対抗意識すら生まれないのだ。
「そこ、どいてくんない?」
「……断る、と言ったら?」
「お前が後ろに庇ってる奴、殺さないといけないんだけど」
「…ッ、まだ子供だぞ!!」
「関係ないよ、そんな事は」
任務は反逆者の一族の殲滅なのだろう、一人残さず殺せという事は、そういう事だ。
暗部は火影に選ばれた精鋭であると同時に、表立って動かない分汚れ役を
任される事も多い。
ガイがその一族の子供と出会ったのはほんの成り行きの偶然、そしてその子供を
追ってきたのがカカシだったというのも、これまたほんの偶然だった。
「任務は絶対だ。
退かなきゃお前も一緒に殺すよ」
「どうして分からないんだ!
こんな小さな子供を殺して何になる!!
この子にはまだ、未来を歩む自由があるだろう!?」
「仕方無いんだ。これがこの一族の辿る運命。
そしてその子だって、立派な一族の一員だ……例外は無い」
「カカシ!!」
「その名を呼ぶな」
冷たく突き放すように言うと、カカシは背中の剣を抜く。
それと同時に木立を蹴ったその姿が闇夜に紛れて見えなくなり、
そのためにガイの反応が一瞬遅れた。
ザッ、と地に足をつける音が己の背後から聞こえて、ガイの頬を
冷たい汗が一筋伝う。
「ごめん。」
たった一言、呟かれた言葉にガイが振り返る。
その目に入ったのは、首を掻き切られて地に伏し事切れている
子供の亡骸だけで、カカシの姿はもうどこにも見当たらなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
火影の部屋に呼び出されたガイは、机の上に置かれた仮面を前に
ただ口を噤むしかなかった。
今、彼は選択を迫られている。
この仮面を手に取るか、否か。
「お前の師が推すだけあって、実力的には申し分無い。
あとは…お前さんの気持ちひとつだ」
「…………。」
この仮面を手にすれば、自分も彼と同じように生きなければならないのか。
闇を纏って、どこまでも非情に。
そこへ行って自分は何ができるのだろうか。
心を殺してしまったカカシに、手を伸ばせるのだろうか。
「何か……思うところがあるようじゃな?」
「……心を殺すのは………辛い、です」
「…………。」
それは今までライバルだと主張してきたガイの、ただひとつの敗北。
追いつけるはずだと信じてやってきた彼が、ただひとつ認めたこと。
それだけの、決定的な差だった。
「俺は、カカシのようには………なれません」
立場でも力量でもない、心の在り様がこんなにも遠い。
今までに感じたことの無い距離感を前に、己の無力さをただただ痛感する。
このままの気持ちでこの仮面を手にしたところで、先は無い。
暗部に入ることを拒否してガイが首を横に振るのを見ていた三代目は、
一度だけ、困ったような吐息を零した。
「ガイ……暗部はどうして仮面をつけるのだと思う?」
「それは………」
「何故、お前は心を殺さねばならんのだと言う?」
「………。」
ひとつは己の素性を明かさないため。
任務の重要さを考えれば、それは至極納得のいく理由だ。
だが、それだけではないと三代目は穏やかに笑った。
「もうひとつは、全てを覆い隠すため。
表情も、声音も、視線も、心も、………全てじゃよ。
どうしても………隠さねばならない理由がある」
「理由……」
机上の仮面に目を向けて、ガイが小さく呟く。
「心を、殺してしまわないようにするため、だ」
心を殺すことができないから暗部になれない、なんて。
何処の馬鹿がそんな事を言ったのか。
「無理に感情を殺そうとしなくていい。
そうしてしまった奴がどうなったかなど、お前もよぅく知って
おるだろう?
この仮面は、お前の笑顔も、怒りも、涙も、全部隠してしまう。
逆に言えば仮面の下では、お前はどんな表情をしていても良い」
三代目の言葉を聞きながら、もしかして、とガイは思い至った。
もしかして……アイツもそうだったのだろうか、と。
一度考えてしまえば、訊かずにはいられなかった。
「……アイツも……カカシも、そうだったのでしょうか……」
ぐっと強く拳を握り締めて、ガイはそう絞るように声を漏らす。
姿を見知っている分、仮面をしていてもあの夜に言葉を交わした相手がカカシであると
自分にはすぐに分かった。
だが、あの時のカカシの表情はどうだった?
心は、どうだっただろうか。
あの時は冷たい声しか聞こえなかったから、冷徹に無感情に全てを成し得て
しまったのだと思っていたけれど、それは本当だったのだろうか。
「カカシの心の内までは、さすがにワシにも分からんよ」
穏やかな声でそう言って、三代目は仮面を手に取るとそれをガイに差し出した。
まだ手を出せずにいるガイへと、片目を瞑ってみせて。
「だが………お前なら、確かめることができるだろう?」
その世界に足を踏み込んで、その目でもって。
現在の彼を知るには、もうそうするしか方法が無い事はガイにも分かっていた。
違う道に立っていたって、感じるのは距離感だけだから。
「………確かめに……行かせて下さい。火影様」
一度、深く頭を下げてから、ガイは差し出された仮面を手に取る。
三代目はただそれを見つめて、深く頷いただけだった。
閉ざされた世界の内側を覗く。
ただ、それだけのために。
<END>
やや不完全燃焼気味。すいません。
ガイが暗部に入った理由は、すごく単純なんだけど、
すごく切実なものだったのならいいなぁ、というか。
やたら出張ってましたのが三代目、すいません何だかスキなんです。
カカシを導いたのが四代目なら、ガイを導いたのは三代目だといいなぁと。
なのでイルカ先生ほどじゃないけど、ガイも結構三代目を慕ってるといい。