峠の端に、ひとつの墓がある。
木を十字に組ませただけのそこには、花が絶えることは無かった。
捧げているのは、今自分達に背を向けて祈っている、一人の少年。

 

 

 

 

<この空の下、揺れるキミとボクの世界>

 

 

 

 

 

 

雷牙の一件以降、リーは頻繁に例のカレー屋を訪れるようになった。
元々責任感の強い性格であったから、村の人間に「カラシを鍛え直す」と
言ってしまった以上、放っておけないといったところだろうか。
リー1人で行くこともあれば、誰かと一緒に行くこともある。
それは彼と同じく馴染みであるガイの時であったり、あの任務以降
馴染みになってしまったナルトやテンテンであったり。
今回は、ネジと一緒だ。
任務以降一度も共に行ったことは無かったのだけれど、リーが誘えば
存外あっさりと彼は首を縦に振った。
ネジはネジで気にしていた、という事なのだろう。
もちろんだがそれはカラシの事などではない。
雷牙の死後、あのカレー屋に身を置いている一人の少年の事だ。

 

「……蘭丸くん、また此処に居るんですか」

 

木の陰からこそりと窺うようにして、リーとネジが見守っている。
その視線の先には蘭丸と、彼に付き合ってやってきたカラシの姿。
流石に幼い少年一人だけでは心配なのだろう、こうやっていつも
ついて行っているカラシも根本は人の良い性格をしているのだ。
そして蘭丸とカラシはそこそこ上手くやっているのだという事にもなる。
「やっぱり……雷牙のことが忘れられないんでしょうか……」
小さな背中を見つめていた視線を外すと、リーはその場に座り込んだ。
「まぁ、毎日通っているということは、そういう事なんだろう」
リーの隣に並んで座って、ネジはぼんやりと目を空へと向ける。
そんな姿を横目で眺めると、リーは静かにひとつ吐息を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蘭丸を見ていると、思い出す言葉がある。
確か言ったのは、孤独を纏った砂の少年だった。
「例えそれが悪だと分かっていても、人は孤独には勝てない」と。
きっと蘭丸もそうだったのだろう、ずっと一人で、家から外に
出ることも叶わず、ただ死を待つだけのその身にとって、
雷牙という存在は自分の世界そのものを作り変えるほどのものだった。
だからこそ、雷牙が死んだ時に彼は自分も殺せと訴えてきたし、
思いの行き場所に困った時も、共に死のうと考えたのだろう。
「蘭丸くんにとって…………雷牙は『全て』だったんだそうです」
「ああ、そう言っていたな」
「恐らく雷牙にとってもそうだった……だから、2人で1人。」
でも、とリーは呟く。
そんな生き方はとても、悲しい。
「確かに雷牙は周囲の人間にとっては『悪』でした。
 けれど……蘭丸くんにとっては、どうだったんでしょう?
 あの子の目には……悪と映っていたのでしょうか?」
少なくとも、雷牙は蘭丸のことだけは大切にしていた。
最後は蘭丸の死に悲しみ、蘭丸のためだけに戦った。
そして、仲間を作ってしまった蘭丸のために、死んだ。
蘭丸は自分がいなくても生きていける、でも自分は蘭丸がいなくては
生きていけない。だから。
「雷牙には、どうして蘭丸くんの声が届かなかったんでしょう」
「……近くに居すぎたから、じゃないか?」
「ネジ…」
「あまりにも近くに居すぎると、返って見え難くなるものだ」
「そういうもの、ですか…」
ふぅん、と声を漏らしてリーはこくりと頷いた。

 

 

 

 

ボクはね、雷牙。

 

風に乗って、墓に向けて語る少年の声が聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

ボクは、雷牙と一緒に生きたかったよ。

 

 

 

 

 

 

「……お前は、」
「はい?」
ぽつりと、ともすれば聞き逃しそうになる程の声で呟かれた言葉に、
リーは隣のネジへと目を向けた。
「お前は、例えばガイが死んだら、共に死のうと考えるのか?」
「…………は?」
「例え話だ」
前触れも無い話の振りに、リーが僅かに目を瞬かせる。
そっけなく言うネジに少しだけ考えるような素振りを見せて、
リーはゆっくりと首を横に振った。
「どんな状況かにもよりますけど…多分、そんなことしません。
 先生だって喜びませんよ、そんなの」
「そうか」
「昔の僕なら…ちょっと、分かりませんけれど。
 今の僕には、大切なものがたくさんありますから」
大事にしたいもの、守りたいもの、共に歩みたいもの。
それら全てとたった一人を天秤にかけて、どちらが重いのか。

 

 

雷牙には蘭丸しかいなかった。

だけど蘭丸には、雷牙だけじゃなくなっていた。

たとえその存在が、自分にとってどれだけ大事だったとしても。

 

 

「要は、それが答えなんだろう」
「……ネジ、キミの話は分かり難いです」
困ったように眉を下げて、リーは納得がいかないと頬を膨らませる。
その髪をくしゃりと撫でるように掌を置いて、ネジが笑みを浮かべた。

 

「つまりは、心配御無用……ということだ」

 

例えどれだけ悲しい出来事でも、忘れられない痛みでも、死にたいぐらいの辛さでも、
生きていく術などいくらでもあるのだ。
まだ自分の手の中に、大切にしたいものが残っているのなら。
「ネジは、どうなんですか?」
「なにがだ」
「……いえ、なんでもないです。
 気にしないで下さい」
苦笑を浮かべながら、リーはすぐに首を横に振る。
そして立ち上がるとネジに戻ろう、と手を伸ばした。
あの少年はもう大丈夫だ、見守っている必要もあまり無いだろう。
リーの手を掴んで立ち上がると、ネジも一度だけ背後の2人を振り返ってから、
先に立って歩くリーの後ろをついて行った。
歩きながら、先ほどの言葉を頭の中で反芻して。

 

 

例えば、自分の世界を作り変えるほどの存在を、失ってしまったら。

もし、今目の前を歩く、この背中がなくなってしまったら。

己はまだ我を保ち、生きていくことができるだろうか?

 

 

「……………参ったな、自信が無い。」

 

 

突き抜けるような青空を見上げて零れた言葉は、酷く自嘲めいたものだった。

 

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

 

 

生命のカレーの話を見たら、書きたくなってしまった話。
とにかくこのストーリーは大好きだったりします。
ものっすごく根っこはシリアスで重い話なのに。

カレーの一言で全てが台無しになる不思議。(笑)

まぁ、あんな風に書きはしましたが、きっとネジはそれでも生きると思います。
それはきっとリーも同じだろうなぁと思いはするのですが。
大事なものがあって、それがちゃんと雷牙に見えていれば、このシリーズも
あんな終わり方じゃなかったんじゃないかな、と思うんですけどね。

ま、どっちにしたって知らない方は是非見て下さいって事で。
ガイ班(特にリー)が好きなら見て損は無いですぞ。