<君の手と、僕の手は。>
平和な木ノ葉の昼下がり、暇を持て余している上忍待機所に、
突然嵐がやってきた。
ドタドタと忍にあるまじき足音と共にものすごい勢いでドアが
開かれて、飛び込んできたのは。
「…何やってんの、ガイ?」
「カカシ頼む!匿ってくれ!!」
「えー…面倒臭いから嫌だ」
「文句を言うな、こっちはそれどころじゃないんだ!!
今度イチャイチャシリーズの新刊買ってやるから!!」
「ほら何やってんのガイ、早くソファの下へ!!」
そんな馬鹿な会話をしつつも、カカシの耳は外から近づいてくる
ひとつの足音を捉えていた。
その足音は次第に待機所に向かってきていて、ガイがソファの下に
身を滑り込ませたと同時に、室内へと飛び込んでくる。
それはこの場所で姿を見るのは珍しい、現在アカデミーで教鞭を
握っている男。
「あれ?カカシさん…だけですか?」
「ありゃ、イルカくんじゃないの。
そんなに慌てて珍しい」
「こっちに、ガイさんは来られませんでしたか?」
「ガイ?知らないよ??
どうかしたの、アイツが」
「いえ…来てないならいいんです」
本から視線を上げてカカシがイルカを見れば、彼はあははと苦笑いを零して、
もう少し捜してみると立ち去っていった。
その気配も消えた頃、カカシがソファ下の身体を踵で軽く蹴り飛ばす。
小さく呻き声を漏らしたガイは、ややあってからずりずりと這いずり出てきた。
「痛いじゃないか、カカシ」
「匿ってやっただけ有り難いと思いなさい」
「そりゃあまぁ、それには感謝するが…」
「それで?今日はイルカくん。
昨日はアンコくんで、一昨日はハヤテくんだっけ?」
「………。」
「お前、一体何しでかしたの?」
「しでかしたなんて、人聞きの悪いことを言うな!」
ムッとした表情でそう言い募るガイではあったが、理由を問うと口を噤む。
そっぽを向いてあーだのうーだの唸っている姿は眺めていてなかなか
面白いものではあるのだが。
「…ま、言いたくないならそれでも良いさ。
だけど……そう何度も匿ってやれないよ?」
「分かっている」
「大体さぁ、なんかもう俺の居る場所イコールお前の居る場所、みたいな
公式が成り立っちゃってるみたいでさ」
あははは、と明るく笑いながら言うカカシの声を遮るほどの大音量で、
部屋に響き渡ったのは、イルカの声。
「ガイさん!!やっぱり此処に居ましたねッ!?」
戻ってくるのが異様に早い、という事は恐らく最初からカカシの周囲を
訝しんで張っていたのだろう。
若いくせになかなか機転の利く男だ。
「わぁッ!ちょ、何するんですか、カカシさんッ!!」
「まあまあ、いいからちょっと大人しくしようよ」
ガイを掴まえようと飛び込んできたイルカの首根っこをカカシが捕えて、
視線だけでガイに行けと合図を送る。
それに頷くと、素直にガイはその場から姿を消した。
暫くしてから襟首を掴んでいた手を離すと、些か気を害した様子で
イルカがカカシの方を見遣る。
「…貴方のせいで逃がしてしまったじゃないですか」
「だって俺が逃がそうとしたんだもん」
「いやまぁ、そうハッキリと言われると俺も困るんですけど…」
「それはそうとイルカくん、ちょっとそこ座んなよ」
「はぁ…」
カカシが向かいのソファを指差すと、頭を掻きながらイルカが言われるままに
腰を下ろす。
やはり上忍待機所は中忍の彼にとって落ち着かない場所なのだろう、やたら
ソワソワしている姿を少しの間小動物のようだと眺めて、それからカカシは
おもむろに切り出した。
「ここ暫くさ、皆がガイを追ってるみたいなんだけど……何かあったの」
「何かって……ああ、もしかしてガイさん、カカシさんに話して無いんですか?」
「ん?」
首を傾げるカカシに苦笑を零しながら、イルカは簡単に今までの経緯を話し出した。
あまり大っぴらには行われていないのだが、アカデミーを卒業した下忍達が
3人組となり、それぞれに上司を持つことになるわけなのだが、その子供達の
上司を務める役を担う上忍を、アカデミー内部の者達が独自で審査している。
上忍ともなれば中忍に比べるとぐっと人数も減ってしまうし、未熟な子供達の
面倒を見ることになると、受けられる任務にも制限が設けられてしまう。
そして、これから未来を担う子供達の上司を務め上げるだけの、統率力ではなく
指導力がここには求められてくる。
任務を遂行するだけの統率力だけならともかく、未熟な子供達をアカデミーの
教師以上の力でもって導いていかなくてはならないのだ、誰彼構わず任せられる
内容ではない。
そして今年の卒業生を任せる人物として、白羽の矢が立った人物の内の1人が
先ほどに逃げ出したガイなのだ。
「ほんと、ガイさん本気で逃げるもんですから……参りました」
「嫌がってんの?アイツ」
「明確に言葉での拒否はまだ無いんですけど……こっちから話を振ろうとすると
さっきみたいに逃げ出してしまうんですよ」
「ふーん…アイツ、子供は嫌いじゃなかった筈だけどなぁ」
昨日のアンコも一昨日のハヤテも、追いかけていた理由は同じだと言う。
ふむ、と腕を組んで聞いていたカカシは、ひとつ頷くと立ち上がった。
「あのガイを捕まえようと思ったら、そんじょそこらの奴じゃダメだよ。
本気で逃げてんなら尚更だ」
「え…?」
「ガイの奴、ただでさえ素早いのに逃げ足になったら神業的なんだよな、昔から」
色んな人間に悪戯を仕掛けては、叱られる前に風のように逃げて行く。
今までにガイを捕まえた人間なんて、三忍の自来也と4代目火影、それと自分。
そのぐらいしか思いつかない。
とはいえそんな事も、もう随分昔の話だ。
ガイももう誰彼構わず悪戯を仕掛けるほど子供ではないし、周囲の環境も
随分変わった。
4代目は亡くなり、自来也は里を出て、そして自分は。
「とりあえず、理由ぐらい聞いてみるかね」
「カカシさんが行って下さるんですか?」
「うん、だってキミ達じゃ手に負えないみたいだし」
「あ…ありがとうございます!」
勢い良く頭を下げてくるイルカに軽く手を振ると、カカシは待機所を後にした。
さて、ガイの行きそうな所と言えば。
「……いっぱいあるんだよなぁ、コレが」
思い当たるフシが有りすぎるのも困りものだ。
頭を掻いて吐息を零すと、とりあえず片っ端から行くかとカカシは歩き出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ガイを捜してあっちを回りこっちを回りしていき、最終的に演習場の片隅に
ぽつりと佇んでいる姿を発見した。
演習場と一口に言ってもその広い空間を捜すのは一苦労だ。
それはカカシも例外ではなくて、結局はパックンの力を借りて見つけたのだが。
別にこっそり近付く必要も無いので普通に声をかければ、自分の存在などとうに
感じ取っていたのだろうガイがゆっくりと振り返った。
「よう、カカシ」
「や、どーも。」
「さっきは済まんな、助かった」
「…………ずっと逃げてるんだって?」
「聞いたのか…」
「イルカくんから、ね」
頭を掻きながらそう笑ってカカシが答えると、なんとも複雑そうな表情で
ガイが僅かに視線をずらす。
「なんで受けないの、ガイ。
別にお前、子供嫌いでも、誰かの面倒見るのが嫌いでもないだろ?」
「それは……そうだが………」
実際、今ガイにはとても気にしている少年がいる。
忍術も幻術も使えない、けれど諦めずにひたすら真っ直ぐ前だけを見つめる少年。
そして、そんな事などカカシにはとうの昔にお見通しなのだ。
「ま…どっちにしろ、嫌ならハッキリ断った方がいいと思うけど」
「嫌では……ないんだ。
そうじゃ、なくて………」
まだ踏ん切りがつかなくて、イエスともノーとも答えられない。
そう弱々しく言葉を吐くと、ガイは途方に暮れたような苦笑を覗かせた。
<NEXT>
1本で終わると思ったら、想像以上に長かったのです。
そんなわけで区切ってみました。
最近そういうの多くてスイマセン。書き出すと長くなっちゃうのです。
確かにガイはリーの事をとても気にかけてはいるのですが、
部下を持つことにも抵抗は無いのですが、
今はちょっとそれ以上に気にかかっている人がいるのです。
今回は、そんな話。