※この話は、劇場版『大活劇!雪姫忍法帖だってばよ』を観た人の方が分かり易いかもしれません。
御覧になってない方はやや分かり難い点があるかもしれませんが、ご了承ください。
お願いだから、俺を置いていかないで。
<雪解けの水、来たる春。>
ざく、と足音をさせてカカシは足を止めた。
ずっと降り続いていた雪は弱まるどころか更に激しさを増して、
今や吹雪いていると表現して良いぐらいだ。
視界が真っ白に染まる中、ただ一人の姿を捜して辺りを見回す。
その目が、氷で出来た崖の下で止まった。
「ガイ!!」
氷の岩に背を預けるようにして、ガイは意識を失っていた。
見れば、周囲の雪は真っ赤に染まっている。
それが全て血なのだという事は、考えなくてもすぐにわかった。
今この場所に、他に赤い色をしたものは無い。
「ガイ………おい、ガイ!しっかりしろ!!」
「う……」
掌で頬をはたくと僅かに反応があって、カカシはホッと吐息を零した。
次に、外傷を確認する。
吹雪を避ける所に行きたいのは山々だが、場合によっては下手に動かすと
逆に命に関わるような事態になりかねない。
「折れてるのは………肋骨か、まぁ死にはしないだろ、ガイだしな。
あとは………、」
調べるように手で身体に触れていたカカシが、腕に触れた瞬間にピクリと
肩を強張らせた。
眉を顰めて、確認するように肩から二の腕を通って下り、指先までを
丹念になぞって、その目を伏せる。
「…………何したらこうなるんだよ、馬鹿が…」
腕の骨はあちこちが折れ、見た目から既に醜く歪んでいる。
そして拳は、完全に砕けていた。
血塗れの手は敵のものかと思っていたが、半分は自分のものでもあったらしい。
「そうだ…、」
そこで漸く敵の存在を思い出し、カカシはまた視線を余所へと向ける。
他に誰かの気配というものは感じないが、逃げられたという気もしない。
少しずつ降り積もる新しい雪を踏みしめながら、周囲に気を配って少し歩くと、
半分雪に埋もれるようにして倒れ伏す人間を見つけた。3人だ。
その装いから、さっき自分を追いかけてきていた敵だと判断できる。
一応確認してみたが、既に心臓は動いていなかった。
「………殺したのか」
これならば、放置しておけばいずれ誰かが見つけるだろう。
仮に発見されなかったとしても、このまま朽ちるかその前に野犬がどうにかする。
そこで漸く肩の力を抜いて、ガイを連れ帰ろうと振り返ったその時、
カカシが大きく目を見開いた。
ガイのいる場所より少し離れたところの崖に、根元から大きく縦に亀裂が入っている。
この雪の国ならではである天然の氷の崖は、もちろん分厚く固く、
一部を砕くことぐらいならできそうなものでも、これだけの亀裂となると
どう考えても人の力でできるとは思えない。
それに少なくとも、自分が此処にいる時はこんなものは存在しなかった。
「もしかして、さっきの…?」
地響きに似た音と揺れ、あの遠くまで伝えるほどのものも、これならば納得がいく。
けれどこれを、一体誰が成したというのか。
もしや、この男が。
「………お前なのか、ガイ?」
折れた腕も、砕けた拳も、それだけの力が加わったからなのか。
確か、彼は強さを求めて修行の旅に出ていた期間がある。
一体その間で、どこまで強くなってしまったというのだろうか。
陽気に笑う普段の彼の姿からは想像もつかなくて、強さの底が全く見えない。
自分の背丈すらも超える高さの亀裂を見上げ、カカシがごくりと喉を鳴らす。
降り続く雪などよりも余程冷たいものが、背中を走っていった。
頬に冷たいものが当たって、ガイがうっすらと目を開いた。
ゆらりゆらりと揺れている感覚が何故だか分からなくて、
首だけを僅かに動かす。
視界にはまだ白い粒がいくつも流れるように通り過ぎていて、
頬に当たったのはどうやら雪なのだと理解した。
「………カカシ…?」
「ああ、気がついたんだ、ガイ」
カカシはガイを背負って、ゆっくりと港へ向かって歩みを進めていた。
「もうすぐ港に着くから……そしたらお前はすぐに木ノ葉へ戻るんだ」
「一体、何が……ッ、」
驚いたようにカカシの背に凭れかけさせていた身体を動かすと、
途端に走った全身の痛みで声を詰まらせた。
「お前な、大怪我してんだから、少しは大人しくしてろ。
ていうかもう暫く気絶してくれてて良かったのに」
「………あのなぁ」
「死んでたよ、全員」
さらりと何でも無かったかのようにカカシが告げると、ガイは暫く
瞬きを繰り返して考え、ああ、と小さく声を漏らす。
「俺を待ってりゃ良かったのに」
「馬鹿言え、そんな暇などあるか。
だったらお前がもっと早く戻ってくれば良かったんだ」
「何言ってんの、お前が後を追いかけるって言ったんだろうが。
自信満々にさ」
「…………。」
反論する術を失って、ガイははぁ、と吐息を零した。
そのままがっくりと項垂れるように身を凭れかけさせる。
全く、何度やっても口でカカシに勝てる気がしない。
ふと視線を余所へと泳がせると、峠の下方に雪の国の街並みが見えた。
所々で煙が上がっているところを見ると、街の中でも戦闘があったのだろう。
「………現王はどうなった?」
「死んだよ」
「姫は?」
「仲間に預けた。
きっと今頃別の船で国外逃亡でしょ」
「そうか………かわいそうに」
父親をはじめ、沢山の身内が殺されてしまった。
これからあの少女は、あの歳で一人で生きていかなくてはならなくなる。
王族の人間として裕福に育った子供にとっては、かなり厳しい生き方を強いられる。
補助は木ノ葉がしてくれるだろう。
だが、少女はこれから、一人ぼっちだ。
「これでクーデターは成功だな」
「これから………この国はどうなってしまうのだろうな……」
「さぁね」
ガイの呟きに、まるで興味が無いかのように肩を竦めると、カカシは
一度止めた足を再び動かし始めた。
彼のそういうところが、ガイにとっては少し悲しい。
色んなものを切り捨てて生きてきた結果がこうなのか、と。
少女も、王も、敵も、国も、そこに住む人々も。
カカシにとって興味の対象には決してならないのだ。
任務はあくまでも任務でしかないのだと、移入する感情を持たない彼は
何があってもそう冷たく突き放す。
「ガイ、」
「………なんだ?」
声をかけて、カカシは何気無くガイの腕に視線を向けた。
もはや曲げることも出来ないのだろうその両腕は、自分の肩からだらりと下へ
ぶら下がるように伸びている。
そこからまだ滲んできている血が、指先を伝い落ちて新雪に点々と色をつけていく。
その様を暫く眺めて、カカシが小さな声で呟いた。
「お前が生きてて、良かった」
まだ周りがちゃんと見えてない、自分の世界に入ってきて立っているのは
たった一人だけだ。
失ってしまえば、本当に自分は一人ぼっちになってしまう。
そのたった一人だけが興味の対象であり、自分の世界の全て。
「カカシ…」
「俺はさ、お前が生きてりゃそれで良いよ。
この国が壊れようが潰れようが、俺にとってはどうでもいいことだ」
淡々と話す口振りからは、感情がひとつも窺えてはこない。
本当に、何でもないことのように話すのだ。
だがガイには分かっている、これがカカシの全てであること。
そうなってしまったのは過去の悲しい事件のせいで、こんな風にして
しまったのは、他でもない自分だ。
「この……………馬鹿野郎が」
ひどいなぁ、と呑気に言い返すカカシの首に、しがみつくようにガイは
血塗れの両腕を回した。
曲げることなんて、とてもではないができる状態じゃないということは
自分の身体のことなのだから、ちゃんと分かっている。
だけど、それでも、離したくなくて。
無理に曲げた腕は激しい痛みを伴ったが、ガイは一度も声を上げなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「だけど本当、あの時の人だなんて思わなかったわ」
雪の国の新王として立ち上がったのは、10年前のクーデターの時に
国外へ逃がした少女だ。
少女は気丈にも生き抜き、身分を捨て名前も変え、女優として
新たな一歩を踏み出していた。
そのことをカカシが知ったのは、今からほんの3年前のことだ。
あの時の女の子がねぇ、と当時は僅かな関心だけで終わっていたのだが、
なんだかんだで再び関わることとなり、結局また雪の国にいる。
だが今は雪の吹きすさぶ世界ではない。
雪は解け、日差しが戻り、春の陽気で溢れている。
「俺も知った時はビックリしましたよ、あの時のこーんな小さな
子供がねぇ、って。
しかも女王様になっちゃうとは、ね」
「それは貴方達のおかげよ。
貴方と………ナルト君達と、戦ってくれた皆のね」
くすくすと笑みを零して、大人になった少女は蒼く広がる空を見上げた。
「でも、もっと言えば…あの時に私を逃がしてくれた、
貴方とガイさんのおかげだわ。
そういえば………ガイさんは元気?」
「あー………そりゃもう、ピンピンしてますよ」
「もう一度会いたかったわね」
「まぁ、あっちはあっちで任務があるもんですから」
「あら、今は一緒じゃないの?」
「…………ま、色々ありまして」
驚いたような視線を苦笑で躱しながら、カカシは困ったように頭を掻く。
その表情をじっと見つめて、彼女が悪戯っぽく口元に笑みを浮かべた。
「ああ、気付かなかった理由がやっと分かったわ。
貴方……あの頃と全然雰囲気が違うもの」
「え?」
「あの頃の貴方はとても冷たくて、怖くて、寂しくて………
雪が止まなかった頃の、この国のようだったわ。
でも今は、違うものね」
「………10年はね、長いんですよ。
俺も色んなことを知って、少しだけ強くなったと思います。
今の貴方のように、ね」
「うん。」
カカシの言葉に、彼女は子供のような笑顔で頷いた。
思い返すと10年は長い。
そしてその長い時間を、自分と一緒に歩いてくれた人がいる。
「今度雪の国に来る時は、ガイさんも連れて来てね。
貴方達ならいつでも歓迎するわ」
その言葉に、カカシも笑って首を縦に振った。
冬を追い払った春の日差しは、降り積もった雪と凍った心を優しく照らす。
雪解け水は全てを洗い流し、そして今。
春は今、此処に在る。
<END>
長い話にお付き合い下さいまして有り難うございました。(ぺこり)
なんだか不思議なぐらいに、ラストはガイ不在だったんですが。
それはそれで味があっていいんじゃないかと。(言い訳だ!)
最初の想像と違う点が2つありまして、ひとつは本当はカカシはこの時に
裏蓮華を見るはずだったんですが………あれ、おっかしいなぁ。見てないじゃん。
まぁこの辺はまた別の機会にとっておくことにします。
もうひとつは、姫の名前を出すつもりが一回も出せなかったんですが。
うーん……実は姫の名前を私が忘れただけってのはココだけの話。
なんだったっけ…小雪とか深雪とかそんな名前だったと思うだけどなぁ。覚えてねぇ。
きっとカカシはガイをまた雪の国に連れてってあげるといいんです。
すっかり明るく変わった世界を見て、ガイは喜ぶといいんです。
まぁ、そんなカンジ。