※この話は、劇場版『大活劇!雪姫忍法帖だってばよ』を観た人の方が分かり易いかもしれません。
御覧になってない方はやや分かり難い点があるかもしれませんが、ご了承ください。
「ねぇ!大丈夫なの?
あの人、一人で大丈夫なの!?」
背中から少女の声が聞こえる。
だが、それにカカシが答えることはなかった。
3対1な上に、相手も相当な手練れである。
勝ち目が無いとは言わないが、きっと厳しい戦いになるはずだ。
己の仮面を取り少女の顔を隠すように被せると、カカシはもう一度
しっかりと背負い直した。
「スピード上げるから、しっかり掴まってて」
今はただ、無事であることを祈るしか、ない。
<雪解けの水、来たる春。>
裏蓮華、という技がある。
木ノ葉の内でも禁術とされてきたその技をガイが知ることになったのは、
書庫にあった文献と、己の師の口からだ。
ずっと昔に廃れて失ったとばかり思っていたその技は、師が、そして
師の師匠が、更にはその師匠の師匠がと、全て口伝えで伝えられてきたらしい。
禁術に指定されてからは使える者もいなくなったとばかり思っていたのだが、
しっかり裏では受け継がれていたということだろう。
ガイは師から、なるべく使わない方がいい、と教えられていた。
禁術となるからには、やはりそれなりのリスクが伴っているわけで、
師は自分に技を教えた数ヵ月後、やはりその技のせいで命を失っていた。
無意識の中で設けられている体内のリミッターを、意識的に無理矢理外すという
己自身の身体を全く顧みない技の恐ろしさを、ガイはその時初めて知った。
そしてそれから一度も、裏蓮華は使ったことがない。
「………まあ、そう言ってもいられんか」
改めて攻撃を加えてみて分かった、敵連中は思いのほか印を結ぶスピードが早い。
さっきまではガードのためだけに術を使っていたが、逆に攻撃に転じられたら厄介だ。
まだこちらの出方を窺っているのだろう、今の内に片を付けた方が賢明だろう。
彼らの術よりも速く、一撃でその生命を奪うほどの、強さで。
そう結論付け、ガイは構えを解くと腕を顔の前で組んだ。
「とっておきの技を見せてやろう」
「……?」
「だが、この技は動いたら最後……お前らを殺すまで止まらんぞ」
そのための、命を賭した技なのだから。
ガイの言葉をどう受け取ったか、相手は身動きをしないまま躊躇した様子で
互いに視線を交し合っていた。
だが、既にガイの体内では技が動き始めている。
一気にうねりを上げ勢いの増したチャクラの流れは、被っていた仮面すらも
弾き飛ばしてしまった。
港に隠すようにして泊められていた船に転がり込むと、待機していた仲間が2人、
驚いた表情で駆け寄ってきた。
「おい、大丈夫か、カカシ!?」
「だ、大丈、夫…だ」
ぜえぜえと大きく息を乱す彼の姿もそう数あることではなくて、仲間達は
よほど外は酷い状況なのかと考える。
そんな仲間へ向かって、カカシは背負っていた少女を押し付けるように預けた。
「なんとか、姫は助けられた……他の連中は?」
「少しずつだが救出はできている。
まぁ……人数は知れているがな」
城に乗り込んだ時点で大半の者が既に死んでいた。
間に合わなかった、という風には考えたくないが、もう少し早く助けに
向かえていればと思う気持ちはどうあったって生まれるものだ。
「ねえ、お父様は!?
お父様はどうなったの…!?」
はっと顔を上げて詰め寄ってくる少女に、仲間達は困ったように顔を見合わせる。
その表情からして結果は見えているものだが、そうと察することができるほど
まだこの少女は大人では無かったのだ。
「………死んだのか。」
「おい、カカシ…!!」
できることなら誤魔化してやりたい、そう思った仲間の思いは空しく、
傍でこれ以上ないぐらいはっきりとカカシはそう告げた。
唇を噛み締めて真っ青になった少女の顔を見ようともしないで。
「だけど、まぁ、姫君だけでも助けられたから、いいか」
「よくないッ!!」
「ん…?」
悲鳴のように上がった声で、漸くカカシが少女へと目を向けた。
涙の溜まった瞳で、真っ直ぐに睨み付けてきている。
「どうして…どうして私だけ助けたの!?
どうしてお父様を助けてくれなかったの!?」
「助けに行こうとしたけど間に合わなかった、そういう事だよ」
「そんなの…ッ」
しゃくりあげながら訴える少女にも、カカシは表情ひとつ変えずに
そう淡々と言い放つ。
これ以上子供に構っているわけにもいかない、そう思い出してカカシは
仲間達に目を向けた。
「ガイがヤバいんだ。
助けに行ってくるから、姫は頼んだ」
「あ、ああ…」
「ガイって………さっきの人?」
床にへたり込んだまま泣いていた少女が、その言葉に顔を上げる。
「あの人を助けるのだって、間に合わないかもしれないじゃない。
もしかしたら、もうとっくに………」
「あのさぁ、」
とても静かな所作だったせいで、間近にカカシが近付いてきているのに
全く気付かず、目の前にあった左右違う両目に見据えられて、少女は
暫し言葉を詰まらせた。
「一応、キミを助けるのも任務の内だったから、
加勢するのも我慢してここまで連れてきたんだよねぇ」
とても静かで、目元なんか笑っているかのように穏やかなのに。
なのにどこか今にも斬りつけてきそうな、鋭利さが隠し切れていない。
「その先を言ったら俺、キミに何するかわかんないから。」
うっかり殺しちゃうかもしれないよ、と物騒な台詞を残してカカシは
そこから姿を消した。
後には泣くのも忘れて恐怖に青褪めている少女と、額を押さえて
重い吐息を零している木ノ葉の忍が残されるのみだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
来た道を、来た時以上の速さで戻る。
その途中でカカシは足を止めた。
(……今、なにか、)
感じたような気がした、と思い返すよりも早く、足元の地面がぐらりと
大きく波打った。
「な…ッ!?」
バランスを崩して倒れ込みそうになるのを堪えていると、続いてドン、と
下から響くような鈍く重い音と、遥か前方で立ち上ったのは雪煙。
それは大体の距離にして、先刻ガイと別れた場所だった。
揺れと音と雪煙のタイミングからして、それらは全て同一の原因によって
起こったと考えていいだろう。
この離れた距離まで伝わるほどの、何かが。
「ガイ…!」
悠長に構えている暇なんてない。
柔らかい雪の上についていた膝を叱咤して立ち上がらせると、カカシは
走り出した。
(絶対だ、って………言ったろ、ガイ。)
あの時の言葉と仕草と、見えていた仮面の奥の笑顔に一縷の望みを。
<NEXT>
あと半分のつもりが、思いのほか長くなってしまったので、
更に一旦区切らせて頂きました。
なんていうか、暗部の頃のカカシはどこかが激しく狂ってる人だと
思います。精神的な話ね。
情操教育がちゃんとなされていなかったための歪み、っていうか。
そういう部分を出したかったのが、中編の主題。
あと、ガイの裏蓮華に関するアレコレも想像するだに楽しい。
ホントに捏造して飽きないヤツらですな、この2人。
すいません、あとちょっとだけ、この話にお付き合い下さい。