※アニメでの設定を若干引っ張ってますのでご了承下さい。
それは、6月。
中忍選抜試験が始まる、ほんの一ヶ月前のこと。
<Two which stand at the a little mixing road.>
人通りの多い商店街を、一人の少年が歩いていた。
しきりに周囲を見回し物珍しそうに辺りを眺めている。
その少年が木ノ葉の里に住む者でないということは、首から下げた
通行証が証明していた。
首を動かす度に、肩まで伸びた白い髪がふわりと揺れる。
彼が此処に来た理由は、彼自身にとってさほど大層なものではない。
言われたのだ、いずれ戦いを挑む場所になるのだから、よく見て来いと。
「あんな大きな里へは行ったことがないでしょう?
一度見ておいでなさい、君麻呂。
いずれ、頂く事になる場所なのだから」
そう言って通行証を差し出した大蛇丸は、確かこうも言っていた。
「堂々と歩いて構わないのよ、貴方を閉じ込めるような者は
あそこには居ないからね。
でも……その代わり、きっと貴方を気に留める者もいないでしょうけど」
口元に笑みを浮かべて言う大蛇丸の手から通行証を受け取り、少しだけ考えた。
例え閉じ込めようとするような人間が現れても、逆に返り討ちにしてやれる
自信はある。
だが、一度は受け入れた筈の孤独というものに、己の身は恐怖していた。
誰も自分を見ない、手を伸ばしてくれない。
そんな孤独から救ってくれたのが、今目の前にいる大蛇丸だ。
木ノ葉に興味があるかと問われれば答えは否だが、大蛇丸の野望のため、
見ておけと言われてしまえば、もう君麻呂に嫌だとは答えられなかった。
商店街を抜け、人の少なそうな道を選んで歩く。
普段人込みの中に入る事をしていなかったせいか、妙に気疲れをしてしまった。
確かに大蛇丸の言った通り、この場所に自分を捕えようとするような人間は
いなかった。
自分を見てくれる者も、同様に存在はしなかったけれど。
繁華街からは抜けたようで、小道の周囲は草原になり、ゆるやかな坂道に変わって
丘の上へと辿り着いた。
此処までくれば、さすがに人の気配は失せている。
木ノ葉の地形は大体把握したし、地理もある程度は頭に叩き込んだ。
もう充分だろう、もう帰ろう。
そう考えながら君麻呂は丘の上に立って空を見上げる。
空の青さだけは何処に居ても同じだ。
ふぅ、と吐息を零して上げていた頭を元に戻した時、ふいに視界がぐらりと揺れた。
思わず傍の木に寄りかかり、だがそれも保たなくて地に膝をつく。
胃の辺りが焼けるように熱い、そう思った瞬間には、もう口元からは血が溢れていた。
「…………ッ、」
手を口元へ持っていってももうそれは間に合わなくて、ボタボタと零れる血液は
足元の草を赤く染めていく。
誰か、と助けを乞うても傍には大蛇丸もカブトもいない。
この場所で自分を見てくれる者もいない。
両手を地につけて身体を支えながら、君麻呂はきつく瞳を閉ざした。
此処で倒れるわけにはいかないのだ。
「………大丈夫ですか!?」
うつ伏せている自分の頭上に声がかかって、君麻呂は僅かに瞼を持ち上げる。
視界に入ったのは、包帯の巻かれた手だ。
そろりと視線を上げると、緑のボディスーツを身に纏った体、その先には
大きな瞳と綺麗に切り揃えられた黒髪。
驚きを隠せない表情で見上げていると、困ったように相手は首を傾げた。
「動けますか?」
「…………ああ、」
血は吐いたが少し落ち着いたようだ。
ゆっくりと身を起こすと、労るように背中に腕を回され、木へ凭れるように
座るのを助けてくれた。
「驚きました、こんな所で人が倒れているなんて」
「どうして………僕を助ける?」
「え?」
「どうして………僕に、声をかけた」
「どうしてって……」
心底不思議に思いそう問い掛けたら、酷く困惑したような表情で相手は
頬を掻いていた。
「さすがに、倒れている人を見つけて放っておけるほど、
僕は人でなしじゃありませんよ」
そうして、首から下げていた通行証に気付いたのか、珍しそうに
大きな瞳をくるりと輝かせたのだ。
「この辺じゃ見かけない顔だと思ってたら……この里の子じゃ
無かったんですね」
「まぁ…な」
どう答えて良いか分からず、君麻呂は俯いた。
この人懐っこさも身近では有り得なかったことなので、どう反応して
良いのか分からない。
すると今度は自分の隣にストンと彼は腰を下ろしてきた。
「具合……悪いですか?」
「いや、もう落ち着いた」
「そうですか、良かった…」
ホッと安堵の吐息を零すと、黒髪の少年は笑顔を見せる。
その表情を横目で眺めながら、君麻呂は呟くように言った。
「……どうして、僕に声をかけたんだ」
「それにはさっきも答えましたよ?」
「そういう事を訊いているんじゃない」
今まで、自分のことに対して周りは皆見ないフリをしていた。
危険な存在だからと、その身を牢獄に押し込めて、ずっと一人で。
都合の良い時だけ引っ張り出して、いいように扱う。
君麻呂にとって、周囲の人間とはそういう存在だった。
自分勝手で、傲慢で………誰も自分を見てくれない。
長い時間をそうやって過ごして、本当の自分の願いすら忘れそうに
なった頃、君麻呂は大蛇丸に出会ったのだ。
「誰も僕を見ない、誰も僕に話し掛けない。
まるで恐ろしいものを見るような目をするだけで……
だから、此処へ来ても僕に近寄る人間なんていないと思っていた」
君麻呂の言葉にリーが大きな目を瞬かせた。
何があって、この人がそんな風に周りを見ているのかは分からない。
だけど、これだけは言える。
「でも、僕はキミを見つけました。
そしてキミを助けようとしましたし、怖いなんて思ってません。
それじゃ……いけませんか?」
きっと今、この白い髪の少年は自分が一人ぼっちなのだと思っている。
それぐらいは理解できたからそう告げると、酷く驚いたような目が
自分を捉えた。
「ああ、そうだ!とりあえず自己紹介から始めましょうか!!
僕の名前はロック・リー。キミは何と言うんですか?」
「…………君麻呂…」
「君麻呂くん、ですね。
動けそうなら、これから僕が木ノ葉を案内しますよ」
行きませんか?と訊ねてくるリーに、どうしたものかと君麻呂が眉根を寄せた。
だが、その視界に入ったのは、空高くに舞う一羽の黒鳥。
はっと顔を上げて凝視していると、その黒鳥は一度だけ甲高く鳴いて、
里の外へと飛んでいった。
君麻呂には分かる。呼んでいるのだ、大蛇丸が。
「…………帰らなければ、」
「そうなんですか?………残念です」
「気持ちだけ……貰っておく」
途端にしょんぼりと俯いてしまったリーに、どうしてだかそんな言葉が口をついて
君麻呂は内心で動揺していた。
自分らしくない、こんなのは自分じゃない。
だから立ち上がって服についた砂を払い、さっさと里から出てしまおうとしたのだが。
「それじゃあな」
「あ…待って下さい!!」
シュビ!と片手を上げてリーが呼び止めた。
足を止めて振り返れば、同じく立ち上がったリーが右手を差し出す。
「また此処に来ることがあれば、その時はもう一度会いましょう!」
「…………リー、お前…」
「もしかして、もう来ない、とか…?」
「いや、そうではないが……」
次に来る時は、きっと木ノ葉の最後だ。
これから自分達は、この里を崩しにかかる。
唇を引き結んで、君麻呂はリーを見つめた。
どこか居た堪れない気持ちでいると、にこりとリーは笑みを覗かせた。
「それじゃあ、次に来た時には、ちゃんと案内します。
絶対にまた会いましょう、約束です!!」
促すようにずいと右手を突きつける。
迷った末にその手をやんわりと握ると、本当に嬉しそうな顔をして笑うものだから、
だから少しだけ、ほんの少しだけ。
「あ……笑ってくれましたね」
言われて初めて気がついた、自分の唇が弧を描いていたことに。
驚いて手を離し、口元を手で覆う。
「隠さなくてもいいのに。
まぁ、いいです。今度会った時は、もっと沢山お話ししましょう!」
「………あ、ああ…」
狼狽しつつもリーの言葉に応え、君麻呂は今度こそ里の出口へ向かって
歩き出した。
その背を暫く見送って道の向こうに見えなくなった頃、リーは演習場の方へと
駆け出したのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
待ち合わせの時間に10分ほど遅れてリーがやってきた。
時間にはきっちりしているのに、珍しいこともあるものだ。
ネジとテンテンは、リーに何かあったのではと心配もしていたのだが、
遅くなってすみません!と元気良く声をあげてやってきた彼に
トラブルのあった感じは微塵も見られない。
「どうしたのよリー、遅刻なんて珍しいじゃない?」
「すみません、出掛けにちょっとアクシデントがありまして」
「ふぅん?まぁ、何事も無かったのならいいけど…」
「それにしたって今日は随分と機嫌がいいな」
ともすれば鼻歌でも飛び出してきそうなほどの上機嫌。
これはこれで珍しいことだ、そうネジが指摘すれば、にんまりとリーが
満面の笑みを見せる。
「分かりますか?ちょっとイイ事があったんですよ」
「イイ事、ね…」
「友達ができたんです」
「へぇ?」
出掛けに倒れている少年を見つけたこと、助けて少しだけ喋ったこと、
そしてその少年が、里の人間では無かったこと。
また会おうと、約束したこと。
それらをかいつまんでリーが話すと、興味を持ったらしいテンテンが
身を乗り出すようにして訊ねてきた。
「ね、それってどんな子だったの?」
「えっと、ですね……………………あれ?」
その問いに答えようとして、リーが口を噤んだ。
目を閉じて必死に思い返そうとして、だが妙にそこだけすっぽりと
記憶が途絶えている。
「…………わ、分かりません……」
「はぁ?分からないって、何よ?」
「いえ、その、誰かとそういう話をしたという覚えはあるんですが…
どんな顔だったかとか、どんな声だったかとかが、全然……」
「そいつの名前は?
お前のことだから訊いたんだろう?」
ネジが静かに問い掛ける。
だがその質問にリーが答えることは無く。
困惑した表情のままで呆然と佇むリーに、ネジとテンテンも不可思議な表情で
顔を見合わせるしか無いのだった。
通行証を見せて門を抜け暫く歩くと、木陰から手招きしているカブトを見つけた。
彼の導くままに進むと、その先で待っていたのは大蛇丸だ。
「どうだったかしら、君麻呂。
木ノ葉の里を見てきた感想は…?」
「……とても広く感じましたが……どうという事もありません」
「そう…」
「ですが、」
「……何かしら?」
「僕を見つけてくれた人がいました」
その言葉で、大蛇丸の視線が僅かに鋭くなったのをカブトは見逃さなかった。
「初めて僕を見てくれる人がいた。
初めて打算なく助けてくれる人がいた。
そして……また会おうって、言ってくれた」
再会の約束をして、握手を交わして。
思い出すだけで熱くなる胸がある。
この気持ちを何と言えば良いのか、それも経験の無い事なので分からなかった。
「そう……握手をして、ね……。
嬉しかったのねぇ、君麻呂」
「…………はい。」
そうだ、嬉しかったのだ自分は。
初めて誰かと触れ合って、それはほんの僅かな時ではあったけれども、
それでも自分の中で確かに形になっていた。
「疲れたでしょう?君麻呂。
少し、おやすみなさい。
次に目が覚めたら………」
大蛇丸が印を結んで君麻呂の額に触れる。
幻術の類だろうか、すぐに君麻呂の瞼はトロンと下がって、崩れ落ちるように
地に伏した。
「目が覚めたら、全部忘れてしまっているでしょうけど」
見下ろす大蛇丸の目は、冷ややかなカブトとは違って実に楽しそうだ。
「大蛇丸様、一体何を……」
「この子を里に行かせる前にね、ひとつ術をかけておいたのよ」
「術…ですか?」
「万が一、この子が誰か知り合いを作るとも限らないのでね。
君麻呂に触れた者は、それに関する事を忘れてしまうように。
その逆も然り……ね」
「これはこれは………酷なことを」
君麻呂が何を欲しているのか、大蛇丸が知らない筈は無い。
眼鏡のブリッジを押し上げながら、口元に笑みさえ浮かべてカブトは
軽くそう言うと、低く押し殺した笑い声が大蛇丸の口から零れてきた。
「ふふふ………この子は私の夢の器。
器には思い出なんていらないでしょう?
思い出も仲間も友達も何も、ね……」
帰りましょう。そう大蛇丸がカブトに告げる。
頷いてカブトが君麻呂の身体を担ぎ上げると、2人の姿は一瞬にして
その場から消え去っていた。
そして数ヵ月後、リーと君麻呂は再会する事になる。
ただしそれは、友達としてではない。
彼らは最後まで、失った思い出を取り戻すことはできなかった。
<END>
アニナルで君麻呂戦を見た人には、なんとなくシチュエーションを分かって
もらえるんじゃないかなぁ、なんて思うんですが…はてさて。
あの一輪の花の傍で、君麻呂が出会ったのが大蛇丸でさえなければ、
もう少し違った道があったのかなぁ、なんて模索してみたりして。
そんなカンジで出来上がったのがこの話でした。
なんだか後味悪くて本当にスイマセン。
佐伯さん、ブラックなのも大好きなもので。(ぶっちゃけやがった!!)
敵同士でさえなければ、リーは君麻呂と仲良くなれたと思います。
というより、基本的にリーは誰とでも仲良くなれちゃうナルト属性なんじゃ
ないかなって思ってみたりして。
なので、カプ物じゃなくても、「誰かとリー」というセット話を考えるだけで
自分的にはかなり萌えます。(笑)
我愛羅、ナルト、君麻呂ときて、あとはサスケとか……他に誰かいないものか。