支給品であるジャケットを両手で高く持ち上げ、まじまじと眺める。
その大きな丸い瞳が、くるりと輝いた。
ロック・リー、本日より中忍である。
<Only one which should aim.>
登録所で手続きを済ませて、担当であるガイからジャケットを貰ったのは
つい先刻の話だ。
まるで自分が昇格でもしたかのような喜びように、少しだけ照れ臭くて、
でもとても嬉しかった。
ところがガイに着てみろと言われた時には素直に袖を通したジャケットは、
今はリーの身ではなく、脱がされて地面に放り出されている。
もちろん脱いだのはリー自身だ。
当然ながら中忍への昇格は嬉しい事であるし、貰ったジャケットも
大切にしたい宝物になっている。
けれども、リーの心中は今少し複雑な心境だ。
「………無意味だとは、思いたくありませんが…」
普段の性格がそうさせるのか、きちんと畳まれたジャケットは自分の
座っているすぐ隣へと置いてある。
誰も居ない演習場の、いつも一休みする時に使っている大木の下、
膝を抱えて蹲るようにしながら、リーはひとつ吐息を零した。
この昇格が無意味だなんて思いたくはない。
けれど、胸にぽっかり穴が開いていて、隙間風が強い。
「リー」
ふと名を呼ばれて、リーがゆるりと顔を上げる。
そこに立っていたのは、自分より2回程前の試験であっさりと中忍に
なってしまったネジだった。
「どうかしましたか?」
「……いや、」
用があったというわけではないのだが、姿を見ないなら見ないで
どこか落ち着かなくて捜しに来てしまった。
…とは、本人にはなかなか言えるものではないので、ネジはただ黙って
首を横に振っただけだ。
特に何も言われなかったので、リーの隣へと腰を下ろす。
「………着ないのか?」
ふいに、置き去りにされていたジャケットに目を留め、ネジがぽつりと呟いた。
それには何も答えず、リーはただ青空を流れる雲を眺めている。
「中忍になれた証だろう?」
「ネジも着てないじゃないですか」
「ダサいからな」
「……ネジって時々…なんか凄いですね」
「なんかって何だ」
とはいえ、これは確かにリーの目指していたもののひとつの筈だ。
そしてそれを手にして、ここからまだ更に高みへと登っていく筈だ。
なのに何故だか、今日のリーは、少し。
「…妙だな」
「何がですか?」
「中忍になりたくなかったわけじゃ、無いだろう?」
「勿論です」
即座に返事があって、少しだけネジは安堵した。
だけどそれならどうして、とやっぱり疑問は残るのだけれど。
「………です、けど、……」
リーの言葉にまだ続きがあるとは思わなくて、ネジが視線を隣へ向けた。
彼は膝を抱えたままで、どこか消え入りそうな声で。
「あの試験に意味があったとは、思えません」
あの試験とは、中忍試験の事に違いないだろう。
ネジは行かなかったが、試験の本戦を見守っていたガイが言うには、
非常に安定した戦いぶりで中忍に上がるのも確実だと思えるぐらいの
ものだったらしい。
だがリーは、その試験に不満があったと言うのだ。
今ひとつ真意を汲み取れなくて、ネジは首を傾げた。
「何が不満なんだ、リー」
「………だって………誰も、いなかったから……」
「?」
「ネジもナルトくんもサスケくんも我愛羅くんも……、
僕が戦いたいと思っていた人は、誰一人そこにはいなかった」
だから、そんな試験に勝ち上がっていった所で、意味が見出せないのだ。
「リー…」
「本当は……もっと、嬉しいはずなんですけどね…」
あの命まで賭けて戦った死闘は、もう過去のものだ。
もうあの頃に戻れる筈もない。
一人、また一人とこの場所から姿を消して、誰もいなくなって。
「本当は、あの頃みんなと戦った、あの時にこのジャケットが欲しかった」
少し寂しげに呟かれた言葉に、ネジが僅かに眉を寄せた。
もしかして彼が不満に思っているのは、自分達の居ない試験で勝ち上がった
ことではなくて、純粋に自分の力を試せなったことなのかもしれない。
それならば、まだ自分にもできる事はある。
「随分と鬱憤が溜まっているようだな」
「……あはは、そうかもしれませんね」
「よし、」
ひとつ頷いて、ネジはすっくと立ち上がった。
不思議そうな表情のままで見上げてくるリーをそのままにして、ネジは真っ直ぐ
演習場の中心部へと向かう。
ちょうど普段リーがガイと組手をしている場所、そこで立ち止まって、
ネジはくるりと振り返った。
「……ネジ?」
驚いた風な表情を隠しもせずにリーが声を上げると、ネジは口元だけで
小さく笑みを表して、右手をリーへと向けて差し出した。
その手が人差し指だけ残されて握り込まれ、くい、と曲がる。
「……………来い」
促されるのとほぼ同時、反射的にリーは手で地面に反動をつけ立ち上がっていた。
その時にはもうネジは構えの体勢を取っている。
彼の元までダッシュで10歩もない。
「負けません!!」
「フン、10年早い」
8歩目で強く地を蹴り宙を飛ぶ。
2段に分けた回し蹴り、だがそれはネジの掌によって簡単に受け流される。
「まだまだ!!」
その足が地につく前に、右腕を地面に当てて踵を力ずくで戻す。
さすがにそれは予測していなかったのか、驚いたように片眉を跳ねさせて
ネジが受け身の体勢を取った。
左腕を顔の前に持って行って、真っ向からリーの踵を受け止める。
受け止めきるつもりは毛頭無かったのか、あっさりとネジは弾き飛ばされて、
だが空中でくるりと回転すると、体勢を整えて綺麗に着地をする。
静かに立ち上がって、身構えるリーにふと笑みを覗かせた。
「………それだけか?」
「冗談!!」
ネジの挑発に勝ち気な笑みで答え、リーは再び地を蹴った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
さわり、と優しく風が吹いて、頬を撫でていく。
あれから暫く組手を続けて、結局今回もネジに一本取ることができないまま
お互いのスタミナが尽きて終了してしまった。
今は2人でさっきまで居た木陰へと戻り、休息を取っている。
「やっぱり、ネジは強いですね」
「……まぁな」
「そこは普通、謙遜するところじゃないんですか?」
「仕方無いだろう、事実なんだから」
「言ってくれますね」
幹に背を預けて淡々と答えるネジに苦笑を見せると、リーはばたりと地面に
仰向けに転がった。
確かに自分は力をつけたかもしれない。
だが、まだまだネジには及ばない。
今日もまた、その力の差を見せ付けられた気分だ。
「リー……言っておくが、俺はこんな所で収まるつもりはない」
「え?」
「いつかお前は俺に言ったな。目標は、俺なんだと。
だったら余計に……簡単に追いつかれてやるわけにはいかない」
いつか追いつかれて、そして追い越されたその時、彼が見るのは何処なのだろうか。
少なくとも真っ直ぐ前しか見つめないリーのことだ、振り返るなんて有り得ない。
だからきっと、その時彼はまた別のものを見るのだろう。
新しいものを目標にして、自分以外の何かを。
それはちょっと、いやかなり、悔しいから。
「まぁ………今のお前にとっては、ナルトもサスケも我愛羅も目標の内に
入るのかもしれないが、」
傍に置かれていたジャケットを手に取って、ネジはそれをリーへと差し出した。
「見てろ、じきに俺しか見えなくなるようにしてやる」
その為には、もっともっと力をつけて、他の奴らよりももっともっと差をつけて
己自身が強くなるしかない。
差し出されたジャケットと、ネジの顔とを交互に眺めて、漸くその言葉を
理解したのかリーの頬が見る間に紅潮していった。
「あ、あの、ネジ、それって………」
柔らかく目だけで表情を和らげてネジが言えば、酷く困惑しているような
声音が返って来る。
さわり、とまた優しい風が吹いて、直後にリーが大きく目を瞬いた。
すぐ目の前に、ネジの顔がある。
何をされたのかすぐには分からなくて、だけど分かってからは更に
頭が混乱していく。
キスを、されたのだ。
口元を手で押さえて、どうしたらいいのか、どう言えばいいのか、
分からなくてなんだか泣きそうになってしまった。
オロオロと行き場をなくしている両手に、ネジはジャケットを押し付ける。
「これは、お前のものだ、リー」
「ネジ……」
「大丈夫だ。お前はちゃんと、俺達と同じ道を走っている。
……何も心配しなくていい」
「僕、は…」
ぎゅうとジャケットを胸に抱き締め呟くリーの頬を軽く撫ぜて、ネジは
穏やかな笑みを浮かべた。
「昇格おめでとう、リー」
項垂れるように、リーが頭を垂れた。
ぽろりと瞳から雫が零れてくる。
色んな人から祝いの言葉を貰ったが、誰に言われるよりも、一番。
テンテンに言われた時よりも、ガイに言われた時よりも。
今のが一番、胸の奥底に飛び込んできた。
「………ありがとう、ネジ」
精一杯の気持ちを全部詰め込んでそう答えれば、優しく肩を抱く腕があった。
いつかネジが待っていると言ってくれたから、真っ直ぐ脇目も振らずに走り続けられた。
だけど、その場所まではあまりにも遠くて、遠すぎて、どこまで行けば傍に行けるのか
分からなくて、途方に暮れてしまった。
それでもやっぱり彼は待ってくれていたのだ、あの時の約束通りに。
追いつくにはまだまだ距離があるけれど、それでも同じ道の先に彼が居ると
分かっているから、まだ大丈夫だ。
まだ、走れるんだ。
いつか追いついて隣に並ぶことができたその時、共に見る景色はどんなものだろうか。
目指すものは、目指す場所は、昔も今も変わらない。
これはただのターニングポイント。
彼らはまだ、道の途中にいる。
<終>
ぐはっ、
ち ゅ う と は ん ぱ … ! !
ネジリーが書きたいという気持ちが大きすぎて、支離滅裂気味に。
リーの抱えるジレンマがちょっと説明し難くて文章に困りました。
中忍になれたけれど、戦いたい相手が誰もいなくてアッサリとクリアして
しまった事に不満を感じていたものの、ネジに認められてやっと受け入れる
事ができた、というのを表したかっただけなのに…くくぅっ!!
ネジはネジで、めきめき強くなっていくリーを見てちょっと焦っていると
良いんじゃないかと思います。
いつか本当に追いつかれて、追い越されてしまうんじゃないかという
遠い未来への不安というか。
その時が来たら、リーは自分の傍からいなくなっちゃうんじゃないか、ってね。
……そういうコトが書きたかっただけなんだけど、いっしょくたにして
書いてしまったのが間違いだったのか、もしかして。(笑)