<The teacher and it's one that it respects only.>

 

 

 

 

さわさわと風が草木を揺らす、ある昼下がり。
演習場近くの木陰でのんびり読書に勤しむカカシの元へ
走り寄る2つの影があった。
「カカシ先生!」
「……ん?なんだ、リーくんにテンテンじゃないか。
 そんなに息切らしてどうしたの」
「あの、どこかでガイ先生を見ませんでしたか?」
弾む呼吸を整えながらテンテンが問うと、本から視線を外した
カカシが考えるように視線を上へ持っていき、だがその首は
すぐに横に振られた。
「いや、今日は会ってないなぁ」
「おっかしいなぁ……ドコ行ったんだろ…」
「他も当たってみましょう、テンテン」
「そうね」
「あ、ちょい待ち」
「なにか?」
片手を挙げてカカシが呼び止めると、きょとんとした表情で2人が首を傾げた。
「そんなに慌てて捜すなんて、何かあったのかい?」
パタンと本を閉じて真っ直ぐに視線を向けると、やや姿勢を正した2人が
驚いたように首を振った。
「いえ!そんな緊急事態っていうわけじゃありません!!」
「……実は、ついさっきなんですけど……、ネジが上忍に昇格したって
 聞いたんです。それでガイ先生にも伝えようと思ったんですけど……、
 何処捜しても見つからなくて…」
「そうか……じゃあ慌てる程じゃ無さそうだな。
 俺も見かけたら、キミ達が捜してたって伝えておくよ」
「お願いします!!」
ペコリと2人並んで頭を下げると、リーとテンテンの2人は頷き合って
また余所へ向かうのだろう、大急ぎで駆け出して行った。
彼らの中で、やはり同期が上忍にまで昇りつめるという事柄は、ひとつの
ビッグニュースなのだ。
その後姿を眺めて、カカシは目を細める。
なるほど、状況は読めた。
「行っちゃったけど、どうすんのさ、ガイ?」
ちらりと視線を真上に向ければ、木の葉に隠れるようにしてガイが枝に
座っていた。
幹に背を預けたままで、何をしているでもなくただぼんやりと。
だが見ようによっては何かを考え込んでいるようにも見える。
子供達が捜しに来た時は気配を隠していたので、気付かなかったのだろう。
「返事ぐらいしたらどうだよ、ったく…」
ふぅ、と小さく吐息を零すとカカシもガイと同じ高さまで軽い足取りで
駆け上がる。
傍の枝で足を止めて、じと、と睨めつけるような視線を送った。
「あのさ、匿ってやったってのに、その態度は無いんじゃない?」
「…………。」
「もしかして、ネジくんが上忍になったから拗ねてるのか?」
「そんなワケ無いだろう」
「だよな、やっぱり」
じゃあどうしてガイは彼らから姿を隠すのか、状況は読めたとてカカシには
そこまではさすがに分からない。
普段の彼を考えれば、一緒になって泣いて喜ぶぐらいするだろう。
確か彼の班の子達が中忍になった時は、盛大に号泣していた覚えがあった。
「お前らしくないな、何考えてんの?」
「いや………俺は何を言ってやればいいのかと、思ってな」
「ん?」
「ネジはまたひとつ壁を越えた。
 それに対して俺は何を言ってやれば良いのか、それが分からないんだ」
「…まぁ、上忍になっちゃうと、何かと危険もついてくるからねぇ」
「では俺達はどうして、今まで生きてこれたのだと思う?」
「えー……やっぱ実力?」
おどけた風を装って軽くカカシが答えると、ガイが眦をきつくする。
真面目に訊いているんだ、と言外に受けて仕方無さそうに肩を竦めた。
「ま、運が良かっただけなんじゃないの?」
「…ああ、俺もそう思う。
 俺達があいつらぐらいの歳の頃は、まだ戦争も終わってなかったし…、
 あの地獄を知っている分、これから先に何が起こってもそれなりに
 対処していけるだろう。
 だがなぁ………少し、平和が長過ぎたなぁ……」
「良いコトなんじゃないの」
「その通りだ。なのに今は大蛇丸の件やら暁の件やらで、
 戦争は終わったってのに……こんな事態だ」
「何が言いたいわけ?」
しゃがみ込んで膝の上で頬杖をつきながらカカシが問う。
主旨の見えない問答に疲れてきたのが本音だ。
それに気付いたか曖昧な視線を横に流して、ガイがぽつりと呟いた。

 

「今ネジを前線に放り込んだら、間違い無く死ぬぞ」

 

だから嬉しいのに、素直に喜べない。
実際、音隠れの里とは完全に敵対している状況で、任務によっては
ぶつかり合う可能性が随分高くなっている。
そしてこちらも音隠れの実情を知りたいが故に、幾度となく上忍達が
送り込まれていた。
当然ながらその中にはカカシもガイも含まれていたし、実際に何度か
危ない橋を渡った事もある。
今、木ノ葉はとにかく人手に足りてなくて、実力のある者はどんどん
昇格させられている現状だ。
アスマの班のシカマルも、上忍になるのは時間の問題だろう。
実力のある者は若い中にも大勢いる。
ただ、彼らはまだあまりにも精神的に未熟なのだ。
「俺は…ネジを死なせたくないんだ。
 上忍になれば危険な任務も率先してこなしていかなくてはならん。
 時には自分が傷つき、仲間が傷つき、大事な者の死すら乗り越えて
 ゆかねばならんのだ。
 あの子には………まだ、早すぎる」
「まぁ、ね…。俺も些か性急なんじゃないかとは思ってたけど。
 でも仕方無いだろう、こっちは今手が足りないんだから。
 使えるモノは何でも使わないと、やってけない。
 それはお前だって分かってるでしょ」
「無論だ。純粋に忍としての実力だけを問うならば俺にも異論は無い。
 もう少し……時間があれば良かったんだがなぁ……」
心の成長を促してやるには、少し時間が足りなかった。
上の命令に自分だけ抗っても無意味だ、もう遅い。
「……で、ガイはいつまでこうやって隠れてるつもりなわけ?」
「それは……」
「もう遅いんだって、ちゃんと分かってんのに。
 ネジくんのせいにされて危うく騙されるトコだった」
要するに、全部ガイ自身の問題なのだ。
単にガイが受け入れきれていないだけの、それだけの話。
「決定事項は変えられない、今更何言ったってもう遅い。
 だったら……少しでもあの子が生き存えていけるような道を
 示してあげるのが、お前にできる最後の事なんじゃないか?」
「カカシ……」
「もう上司と部下ですらない、ネジくんは肩を並べて歩く仲間だ。
 あとはもう、人生経験の豊富さで勝負してやるしかないでしょ」
「…………。」
「お前にも俺にも、まだしてあげられる事は沢山あるさ」
「そう、だな……」
口元に笑みを乗せて、ガイが小さく頷いた。
本当は、まだまだ教えていきたい事が山のようにあるのだ。
「それに、さ」
「うん?」
視線を真下に向けて、のんびりとカカシが告げる。
くいと指先を下へ向け示しながら。
「意外とお前だけじゃないのかもしんないよ、そんな事思ってんの」
その指先が教える方へ目を向けてガイは小さく息を呑んだ。
そこには、今一番会いたくて、一番会いたくない子がいたからだ。

 

 

「…………ネジ、」

 

 

下から自分の方を見上げるようにして、何も言わずにネジはただ
そこに佇んでいる。
リーやテンテンは気配を隠せば済む話だったが、ネジの場合は
そうはいかない。
見えてしまうからだ、白眼で。
きっと今の居場所もそれで見つけたのだろう。
わざわざネジが自分を捜しに来たのだろうか。
その理由なんて、ガイにはたったひとつしか思い浮かばない。
「……なぁ、カカシよ」
「なに?」
「もし……ナルトくんが上忍になったら、お前はどうする?」
「うーん…?」
あの九尾の子供が上忍になるなんて状況が想像つかなくて、カカシは
僅かに眉根を寄せる。
大体にして中忍にすらなっていないのだ、あの子は。
その顔に可笑しそうに吹き出すと、ガイは身軽な動作でそこから
飛び降りて行った。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

「聞いたぞ、上忍になったんだってな」
「……なんだ…もう知っていたのか」
先に口を開いたのはガイの方だ。
それに少し困ったような顔でネジが返せば、僅かに居心地の悪そうな
表情をして、ガイは軽く鼻の頭を掻いた。
「…来るところまで、来てしまったような気分だ」
「そうか…だが、まだまだこれからが大変なんだぞ?」
「分かっている………つもりだ」
正直なところ、上忍への昇格を告げられて一番戸惑ったのはネジ自身である。
なにしろまだ中忍に上がってから1年程しか経っていない。
「まぁ、とにかくだ。昇格おめでとう、ネジ。
 もう上司と部下じゃない、俺とは肩を並べる仲間だ。
 共に頑張っていこうじゃないか!!」
グッと親指を立ててそう告げると、ネジはますます困ったような顔をする。
それが何故だか分からなくて、ガイは軽く首を傾げた。
「……どうした、ネジよ。
 いつものハツラツさが足りんではないか!!」
「俺は……」
何かを言おうとしたのかネジが口を開きかけて、だがそれはすぐに
閉じられてしまう。
暫くの沈黙が流れて、ゆっくりとネジは俯いていた顔を持ち上げた。
「…五代目様にお願いしてきました。
 あなたの率いる小隊の編成を、俺が上忍になっても変えないでほしいと」
「な…、ば、バカ言え!!
 ひとつの小隊に上忍が2人なんて…!!」
その言葉に狼狽の色を表してガイが言えば、綱手にも同じ事を言われた、と
ネジが苦笑を見せる。
分かっていた、これは自分の我儘なんだという事は。
ただでさえ人の居ないこの時期に、下を率いる能力のある人間がひとつの
チームに纏まるなんて、それこそSランクの任務でもない限りはまず考えられない。
それでもどうしても、決して譲れないものがあるのだ。

 

 

「俺はまだ、あなたの下で教わりたい事がたくさんあるんです、ガイ先生」

 

 

己の未熟さなど、充分に実感している。
それを補うために必要なものが何なのかも理解している。
そしてその必要なものは、誰が持っているのかも、知っている。
結局のところ、綱手はそれを了承してくれた。
呆然と見つめるしかないガイに笑みの色を深くして、ネジがとても
穏やかな口調で言う。

 

「俺とリーとテンテンのスリーマンセル、それを率いて
 導いて行くことができるのは、やはりあなただけだ」

 

だからどうか置いて行かないで欲しいと願う。
これからもその背中で、教えて欲しいと思う。
守るべきもの、大切なこと、夢も志も、たくさんのことを。
「ネジ……」
「宜しくお願いします、ガイ先生」
真っ直ぐな目を向けてそう告げ、深く頭を下げる姿に、知らずガイの
双眸から涙が零れていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

気配を殺したままでその行く末を見守っていた男が一人。
恐らくガイが一番懸念していたのであろう事柄は、どうやら杞憂に
終わってしまったようだ。
自分のチームから愛すべき部下が一人離れていく、その可能性を
恐れていたのだろう。
もちろんいつかは全員、その手から離れていくことになるのだけれど、
もう少し、もう少しだけ、と。
その祈りはどうやら神に聞き入れられたという事か。
演習場の向こうの方から、リーとテンテンの声が聞こえてくる。

 

「…ま、ココに割って入るような野暮なことはしないでおくか」

 

ここから先の暑苦しいけど胸の熱くなるような展開を想像して、
カカシは一人、音も無く姿を消した。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

ガイとネジの話って、一度ちゃんと書いてみたかったのですよ。
こういう場なので正直に自分の意見を述べるのですが、
私の目から見れば、ガイとリーよりガイとネジの方が
よっぽど師弟らしく見えるんですよね。
ガイとリーももちろん可愛らしい師弟なんですが、なんていうか、
親子のような兄弟のような、肉親に近い情が見え隠れしてるっていうか。
そんなわけで、私の持つガイとネジの師弟関係を表したらこうなりました。
だって、ネジってばいつの間に上忍になってんのさー!!ですよ!!
一番に中忍になったシカマルをかるくすっ飛ばして上忍ですよ。なにそれ!
そんな思いで書いてみましたが、できればこの先リーやテンテンが上忍に
なってしまったとしても、この小隊は変えないでほしいなぁというのが
私の希望。いくらなんでも上忍ばっかで4人組はありえないけど。(笑)

 

そんでもってカカシ先生は友情出演です。
ガイ班+カカシ先生というスタイルが、自分のデフォルトらしい。(笑)