「あ。しまった。」
何か飲もうと冷蔵庫を開けたカカシが、ぼんやりとそう声を上げる。
珍しくもお互いに任務が無く暇を持て余していたある日の、それももう
夕暮れ時の事だった。
唐突なカカシの呟きが耳に入ったか、ソファで本を読んでいたガイが
何事かと視線を持ち上げた。
「どうした?」
「いや……どう、という程の事でも無いんだけど……」
頬を掻きながら冷蔵庫の扉を閉めて、よいしょ、と声を上げながら
立ち上がると、カカシはへらっと笑みを覗かせた。
「冷蔵庫、からっぽだわ」
< Have a rackety life!! 〜セーブ・ザ・チルドレン〜 >
普段の彼らの食生活は、朝ぐらいは共に食べるが基本的にはバラバラだ。
その朝も、毎朝ガイが叩き起こすために可能なわけであるが、
やはり上忍ともなると多忙なので、思ったよりも一緒に居る時間は
少なかったりする。
たまたま今日がお互いに非番だったので、折角だからたまには一日
のんびりするかという話になって、現在に到るわけなのだが。
「よしガイ!勝負だ!!」
「……お前の言葉は色んな部分が欠けているなぁ」
「外に出て、お前の好きな種目でいいからさ」
「ほぅ…」
その言葉にガイが反応を見せた。
読んでいた途中の本に栞をはさみ机の上に置いて、ガイはソファから
立ち上がる。
「珍しいな、お前がそんな勝負を持ちかけてくるとは」
「ちなみに負けた方が、買い出しと飯当番、ということで」
「……なるほどな、そういう魂胆か。いいだろう!!」
そもそも、そんな理由でも無ければまずカカシの方から勝負を持ちかけて
くるなんて状況がまず有り得ない。
納得したと頷いて、だが、とガイは首を捻った。
「世話になっているのだから、そのぐらいの事してやっても構わんのだがな」
「あ、じゃあヨロシク。今のナシ」
「まあ待てカカシよ、お前が持ちかけた勝負だろう?」
しゅび、と片手を挙げて宣言するカカシの肩に手を置いて、ガイがにんまりと
笑みを浮かべた。
「受けて立ってやるから、さぁ表へ出よう!!
種目は…そうだな、身体を動かすという意味でもやはり体術が良い」
「あ、いや、お前がやってくれるんならそれで……ねぇ?」
「男に二言は無いよな?カカシ」
「……………。」
やたらイキイキとした表情で言うガイに何も答える事ができず、カカシは
困ったような視線を向けただけだった。
結局、体術では勝ち目の無いカカシの敗北に終わってしまったわけなのだが、
同情の余地は無い。己の撒いた種である。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんないきさつがあって買い出しに来たガイが、その先で珍しい子と出会った。
「……ナルトくんじゃないか」
カップ麺が並べられているその場所で腕組みをしてうーんと唸りを挙げているのは、
中に九尾を抱えた少年だ。
近付けば気がついたのか、ナルトが視線を向けてガイを見ると笑顔で手を振ってきた。
「あれぇ、激眉先生じゃん。
こんな所で会うなんて珍しいってばよ」
「まぁ、たまにはこういう事もあるさ。
ところでナルトくんはさっきから何をしているんだ?」
「へっへっへ、新作のカップ麺が出てっからさ、どっちにしよっかなーって
迷ってたんだよな。
なぁ、激眉先生はどっちがイイと思う?」
「………ほう、ラーメンか。
そうだな、俺なら………って、」
顎に手を当てて悩むガイが視線をチラとナルトの方へ向けて、途端にそれは
大きく見開かれた。
その先にあるのはカゴの中に目一杯放り込まれたカップ麺。
あとは少しの菓子類と、牛乳。それだけだ。
「おいおい、ラーメンしか無いじゃないか!!」
「ラーメンしか食わねーもん」
「自炊はしないのか?」
「え?だって自分で作んのとか面倒だし、美味くできねぇし。
俺の体の8割はきっとラーメンでできてんだぜ?」
「威張って言う事じゃないだろう……」
がくりと肩を落としてガイが深々と吐息を零す。
もしやカカシはこの現状を放置しっぱなしなのだろうか。
九尾の子供が少し特殊な環境に置かれている事は知っていたが、さすがに
これはいくらなんでもまずかろう。
「ていうか、きっとラーメンが好きなんだな、俺ってばよ。
だって毎日ラーメンでも飽きねーもん」
「もしやナルトくん、三食ずっとラーメンなのか…?」
「うーん…外食する時は別だけど、まぁ大体は……って、どうしたんだってばよ
激眉せんせー!!??」
突然凄い勢いで走り去ってしまったガイに驚いたナルトが声を上げる。
だが、それで彼の足が止まることは無かった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
猛スピードで買い出しを済ませたガイは、風のような速さで戻って来た。
それに驚いたのはカカシの方だ。
確かに忍たるものいつでも素早く動く事はできるが、普段の生活にそれは
無用である。
容赦無い速さで部屋に駆け込んできたガイは、ずいとカカシに詰め寄ってきた。
思わず一歩退いてしまうカカシへと、彼は。
「カカシ!!貴様というヤツは……見損なったぞ!!」
「な……何なのよ、唐突に……」
「お前はあの現状を何とも思わなかったのか!?」
「いやー…何とももなにも、サッパリ俺には話が見えないんだけど…」
「ああ!こんな事を話している場合ではない!!」
言うなり今度は隣の部屋へと駆け戻って、買ってきたものを袋から出し始める。
さすがに挙動不審に思ったのかカカシもついて出てきて、ガイの向かいに立った。
「だからさぁ、もう少し俺にも分かるように説明してくんない?」
「これと……これと、あとこれも必要だな。
ようし、ざっとこんなものか!!」
大きめの竹篭の中にあれもこれもと詰め込んだのは大量の野菜たち。
そのラインナップをもう一度確かめ、大きく頷くとガイはそれをカカシに差し出した。
「カカシよ、飯の準備はしといてやるから、これをナルトくんの所へ届けてきてくれ」
「…………なんで?」
訝しげに眉を顰めたカカシを見て漸く思い至ったのだろうか、ぽつぽつとガイは
さっきまでの経緯を話し始めた。
ナルトの驚くべき食生活、それから栄養に関する知識の無さと危機感の無さ。
「きっとあの子の身体は悪玉コレステロールの塊だろう。
けれどコイツが何とかしてくれるさ!!」
「あー……なるほど、そういうコトね。
けど持って行ったところで、食べるもんかねぇ」
「そこはお前が説得しろ」
「ちょっと待て、なんで俺が!?」
「お前の部下だろうが!!」
どうやらカカシは、部下の生活レベルの話にまでは余り関心が向いていないようだ。
確かにガイ自身が自分の部下にそこまで干渉しているかと言えばそうでは無いが、
だがやはり、例えばネジやリーがそういう生活をしていれば、きっと同じことを
しているだろう。
どうしても心配になるからだ。いつか、倒れやしないかと。
実際、三食ずっとラーメンで通してもまず死ぬような事にはならないが、
少なくとも健康体では有り得ない。
「……ナルトくんの周りには、教えてやれる大人がいなかったんだなぁ。
それは大人達が、彼の事に見ない振りを続けていたからだ。
そうだろう?」
「それは……」
「俺達は大人になった。
それなのに、見ない振りをする大人達と同じ道を歩むのか?
見ない振りをしている事に……気付いていた、俺達が?」
あの頃の自分達には、まだ誰かに手を差し伸べる程の余裕が無かった。
自分自身の事で精一杯で、だから九尾の存在を知っていても、そしてその子供が
どんな境遇にあるのかを知っていても、どうしてやることもできなかった。
「下忍になったあの子は、そりゃ、忍としては一人立ちをしたかもしれないが…、
だけどやっぱりまだ、子供だ」
「子供扱いするとアイツは怒るけどね」
「ははは、子供はみんなそういうものさ。
俺も……お前だって、そうだっただろう?」
「まぁ、ね」
野菜が詰め込まれた籠をカカシの手に持たせて、ガイは笑う。
いつもの豪気なものではなくて、とても穏やかな笑みを。
「守ってやろうじゃないか。俺達はもう、大丈夫だろう?」
九尾の事件があった当時、自分達はとても微妙な年齢だった。
一人で歩ける大人でも、大人に手を引かれて歩く子供でもなかった。
だから事情を知らされている大人のような目で見ることは無かったし、
その姿を見て育つ子供のように、その子を厭うことも無かった。
ただ、大切なものを沢山無くして、その隙間を埋めるための時間が
幼かった分、大人よりも少し時間がかかってしまった。
当時酷く疎まれ厭われていた子供は、今では火影になると上を目指し、
そして途方に暮れるしかなかった自分達は、里を支え子供を引っ張る
大人になっている。
もう、あの頃とは何もかもが違う。
持たされた籠に視線を落として、カカシがうっすらと笑みを浮かべる。
そうだ、もう、あの頃とは違うのだ。
「なんだろうね……お前といると、まっとうな大人になれた気がするよ」
行ってくると告げると、カカシは音も無くその場から姿を消した。
後に残された静寂を少しの間楽しんで、ガイは気合いを入れると
服の袖を捲りながらテーブルに残された食材へ視線を向けたのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
知らなかったわけじゃないし、むしろどちらかと言えばガイと比べれば
自分の方が一緒に居る事が多い分、知ってることは多いと思う。
ただ、ガイの方が行動に移せる人間だった、それだけのこと。
言われなければできないというのも考えものではあるが、それでもどんな
経緯であっても、できるのとできないのとでは、大きく違う。
彼は自分にきっかけをくれた。
干渉を避けていた自分を、変えるためのきっかけを。
こそりと窓から室内を覗き込む。
窓は開け放たれていたから様子を見る分には問題ない。
夕食にはもってこいのこの時間、ほんわりと漂っているのはやはりというか、
カップ麺の匂いだった。
本当は知っているのだ、三度の食事はカップ麺、おやつにはおしるこ、
そんな生活をしているということは。
一度彼の居ない時に上がり込んだ事がある。
賞味期限の切れた牛乳は、その子供を気にかけている人間などいないのだと
いう事を雄弁と語っていたのを、今でもよく覚えている。
境遇に同情するつもりはない。
あの時はああするしか九尾を封印する方法が無く、そうしなければ今頃
滅んでいたのはこの里だっただろう。
ただ少しばかり、この子は運が悪かっただけだ。
そうして犠牲になった子供に対して、余りにも大人達は冷たすぎた。
本当は、守ってやるべきだったのだ。
そうできなかったのが、大人の弱さなのだろう。
そして自分も、危うくそんな大人と同じ道を歩むところだった。
知っているのに何もできない、そんな大人に。
「……ま、食生活の改善は、そう簡単にはいかないだろうけどね」
地道にコツコツいくとしましょうか。
そう独りごちて、自分に背を向けてラーメンを啜っている少年へと、
カカシは声をかけたのだった。
「んー……ナルト、お前、ラーメンとおしるこばっかじゃマジ死ぬぞv
忍者たるもの、もっと野菜を食せ。コレ、差し入れね」
<NEXT:修理完了、その時彼らは…?>
これはほのぼのになるのか…な?
若干シリアスじみた感があるのですが、ちょっと書いてみたかった話。
ちなみに最後のセリフは原作でナルトの回想に出てきたアレです。
ガイの言葉がカカシを動かして、カカシの言葉がナルトに残ればいいなぁ、と。
どう言えばいいのかな、カカシとガイの間は2人しか知らない過去っていうか、
他に知ってる人がいない何かがありそうな気がする。
具体的に何があったのか、じゃなくて、お互いが何かを『知っている』という空気が、
共有している何かがあるという雰囲気が醸し出せるような、そんな話が
書きたいなぁ、というのが目標。
子供達相手に何かを話してあげてて、時折昔を思い出しお互いが目配せして苦笑しあう、みたいな。
なんつーか………だいぶ夢を見れるようになってきました。(末期)
たぶんきっと次の話がこのシリーズ最後になるかと。