はたけカカシという人間を知る者は、大体にして口を揃えて同じ事を言う。
彼は、基本的にテンションの上下というものが余りない、もしくはあっても
パッと見ではわからない、と。
例えそのテンションの向きがプラスであろうとマイナスであろうと、
意味合いは同じである。
つまり元々人当たりを無難にソツなくこなす彼は、機嫌が良いのか悪いのか
一目ではよく分からないということだ。
例外として寝起きの悪さが挙げられるが、それを目撃する人間の少なさと
任務に出る頃にはすっかり元のテンションに収まってしまっているあたりで、
その事実を知らない人間の方が多かったりする。

 

前置きが長くなってしまったが、つまり周囲にそういう風に認識されていた
カカシの、類稀なテンションの低さというものを垣間見てしまった、
今回はそんな話である。

 

 

 

 

< Have a rackety life!! 〜はたけカカシのある一日〜 >

 

 

 

 

 

 

今朝は珍しく大声で起こそうとする五月蝿い声を聞くこともなく、
カカシは爽快な目覚めを迎えた。
任務は入っているが午後からなので、朝はのんびりできる。
とりあえずコーヒーでも飲むかと隣の部屋へ向かったところで、
寝惚け眼だった彼の両目は、軽く驚きに見開かれた。
「あれぇ……?」
普段あれだけ喧しい男の姿が何処にも無いのだ。
広い屋敷に住んでいるというわけでもないので、ぐるりと見回すだけで
そこが無人なことはすぐに知れる。
そういえば夜間の任務につくと言っていたのは昨日の昼間だったか。
内容までは問わないのがルール、だが期間限定とはいえ寝食を共にする以上、
明かさねばならない部分だってあるだろう。
例えば、いつ頃帰ってこれそうなのか、とか。
その辺りは自分などより余程しっかりしている男である、昨日の記憶を
穿り返せば、思い出したのは明け方には戻って来れるだろうという言葉。
「………遅れてんのかな」
スピード重視なガイにしては珍しい話だ。
まあいいか、と首を捻りながらソファに目を向けたカカシは、ああそうか、と
呟きを零して新聞を取りに玄関へと向かった。
いつもは既に先に読まれているのでソファに置かれているのだが、
こういう部分がどうにも調子が狂ってしまう。
と、そんな風に考えて、知らずカカシの表情が苦笑に変わった。

 

ほんの数日前までは、こんな生活だったじゃないか、と。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

午後、集合場所にやってきた7班の子供達は、その不思議な光景に
顔を見合わせた。
基本が10分前行動な彼らは、ちゃんと集合時間の10分前にやってきたのだが、
何故かそこにはカカシが居たのである。
例えそれが朝でも昼でも夜だったとしたって遅刻してくる男が、
一体どういう風の吹き回しか。
「カカシ先生がもう来てる…」
「珍しいな」
「どうしたんだってばよ?」
「ま、こういう日もあるのよ、俺だってね」
本をポーチの中にしまうと、カカシはよいしょ、と気合いを入れて
立ち上がった。
「それじゃ、行こうか。
 任務の内容は頭に入ってるね?」
「あ…はい」
「大丈夫だってばよ!!」
「当然だ」
「よしよし、それじゃあ出発」
にこりと笑みを見せて、カカシは子供達の背を押した。
それにまた困惑した表情で子供達は顔を見合わせる。

なにか、変だ。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

カカシの指示を受けて動きながら、サクラは眉間に深い皺を刻んでいた。
肌がピリピリするような空気。
物腰は柔らかいが、どこか苛ついた調子が隠し切れていないカカシの声。
いつものように先走りそうになるナルトを牽制する声が、普段より早い。
どうしたんだろう、と考えはすれども答えは見えない。

『サクラ、そんなトコロでボーっとしないの!』

「うわッ、は、はいッ!!」
無線から突如聞こえてきたカカシの声に、サクラが大慌てで声を上げた。
まったく、らしくない。

 

 

 

 

正直サスケにとって、カカシが不機嫌な理由などどうだって良い。
ただ、自分達に不利益になるのであれば話はまた変わってくる。
さっきナルトに飛んだ叱責も、半分八つ当たりに近かった。
そもそも彼がお荷物であることは、自分もサクラもカカシだって
ある程度は分かっているだろう。
「何があったのかはどうでもいいが……とばっちりはゴメンだぜ」
だが逆に、少し不自然に思うこともある。
今日、顔を合わせてから一度も、自分は彼と言葉を交わしていないのだ。
それはつまり、上司に叱られるようなミスを自分はしていないという
ことなのだろうけれど、普段あれだけチームワークがどうのと説く
カカシにしては珍しい話だ。
コミュニケーションだけは怠らなかったのに。

「…チッ、しっかりこっちにもとばっちりきてんじゃねぇか……」

吐き捨てるように呟いて、サスケが舌打ちを零した。
まったく、らしくない。

 

 

 

 

一番とばっちりが多いのは、言わずもがなナルトである。
普段からよく叱られたり注意されたりすることはあったが、
今日のそれは半端じゃない。
まるで何か自分に恨みでもあるんじゃないかと思ってしまうほどだ。
だが人の感情の機微には割と敏感に反応するナルトには、他の2人には
気付かないちょっとしたことまで分かってしまった。
「なんだぁ……今日のカカシ先生、ちょっと焦ってんなぁ…」
別に今日の任務自体はそう大きなものではない。
だから焦ってる理由は、これじゃない。
もっと別に何か理由があるのだ。

「なんか心配なコトでもあんのかなぁ……」

気持ちがココじゃないどこかに向いているような気がする。
頬を掻きながら呟けば、『モタモタしてると置いてくよ?』という
お言葉を頂いて、ナルトはうへぇ、と顔を顰めたのだった。
まったく、らしくない。

 

 

 

 

気にしないフリをしようと思ったけれど、それはどうやら無理だったようだ。
結局、自分が家を出る前までにガイが戻って来ることは無かった。
遅れているにしたって、これは少し遅すぎやしないか。
ただ単に予定がずれ込んでいるだけならまだ良いが、行った先で
何かトラブルでもあったのではと、余計な勘繰りまでしだしてしまう。
もちろんガイの忍としての腕前は信用を置いているから、最悪の状況までは
想像していないけれど、それでもやっぱり。
「………気になるんだよなぁ」
ぽつりと呟いて、カカシが夕焼けの広がる茜色の空へと視線を向けた。
さすがにもう戻って来ただろうか、それともまだなのだろうか。
それすらも今の状況では分からない。
だから早く帰って確かめたいと思うのだ。
気の逸っている時は、何かと悪いところにばかり目がいってしまうもので、
今日はやたらと部下のミスが目に付いた。
ほんの些細な事にさえ苛ついている自分がいるのだから、まったくもって
始末に終えない。

「ホント………らしくないよね」

その言葉がかけられているのは、ガイを心配する自分になのか、
苛々が顔に態度に出てしまっている自分になのか。
それすらも判断がつかなくて、カカシは途方に暮れたような目を空へと向けた。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

「はい、じゃあ俺は任務の報告書を出してくるから、今日はここで解散。
 皆、お疲れさんね」
木ノ葉の里の正門に辿り着いたところで、カカシが子供達にそう告げる。
自分達の返事を待たずにドロンと消えてしまった上司の、さっきまで立っていた
場所を見遣りながら、サクラが呆然と口を開いた。
「……今日の任務は………思ったよりハードだったわ…」
「全部カカシの奴が悪いんだ。
 あんなピリピリした気を放ちまくりやがって」
「んーでも、いんじゃね?無事に終わったんだからよ。
 もうメシ食って帰ろうぜー」
重い吐息を零しながら頷くサスケの隣で、のほほんとしたままナルトが言う。
「…あんた、一番とばっちり食ってたのに、よくそれで済むわねー」
「カカシ先生だって、機嫌の悪い時ぐらいあるってばよ、サクラちゃん。
 きっと明日にはまたヘロっとした顔で出てくるよ、大丈夫!」
「だといいけど」
腹減ったー!と喚くナルトの傍で深々とため息を吐いたサクラは、サスケに行こうと
声をかけ、里の中へと踏み出したのだった。
なんにしたって、こんな一日はもう御免だ。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

任務の報告書を手に、受付所に顔を出したカカシはキョロキョロと辺りを
見回した。
見知った顔は何人か見かけたのだが、捜している人物の姿は無い。
肩を竦めて自分の書類を手渡し仕事の完了を伝えると、カカシは真っ直ぐ
帰路へとついた。
いつもはあちこちフラフラしていくのだが、今日はなんとなくそんな
気分にはなれない。
二段飛ばしで階段を駆け上がり、玄関のドアに手をかけてふとカカシは
眉を顰めた。
静かな上に、部屋に明かりのひとつも灯っていない。
ふと頭を掠めたのは嫌な予感だった。
もしかして、まだ戻って来ていないのだろうか?
「さーすがに、それは……ねぇ、」
口元を覆った布の下で小さく呟いて、カカシはゆっくりと室内へ踏み込む。
月明かりさえ届かない暗闇の中、手探りで明かりを灯せば、目に入ったのは。

 

「あーあー…………寝るならちゃんとしろよ………」

 

ソファの背凭れを倒すことすら億劫だったのだろうか、肘掛に頭を預けるような
状態ですっかり寝入ってしまっている、ガイの姿。
がしがしと頭を掻きながら呆れたような調子で言葉を漏らすカカシだったが、
その表情は安堵に彩られていた。
しかしそれにしたって、明かりをつけても傍に近寄っても全く気付く様子のない姿は、
よほど疲労困憊しているのだろうか。
ここまで彼を梃子摺らせる何かも珍しいが、そこの辺りは別に追究しようとは思わない。
とにかく無事に戻って来てくれただけで、と考えて、静かにカカシは少し困ったような
笑みを覗かせた。
不思議なぐらい自然とこの場所に収まってしまっている彼は、自分にとって
そこに『あるべきもの』になってしまっていたらしい。
正直これは、くすぐったいような嬉しさはあるが、同時にとても困るものでもある。
例えば自分の大事に大事にしたいものがすぐ手を伸ばせるところにいつでもあれば、
何を置いてもそれを護ろうとしてしまうだろう。
今日だってちょっと戻って来る予定がずれ込んだだけで、この有様だ。
この期間限定の生活が上手くいくようであれば、その先も続けたって構わなかったが、
彼に何があっても動じないだけの覚悟は、どうやらまだできていないようだ。
「俺は別にいーんだけど、……やっぱり一流の忍としては失格でしょ?」
けれど今は、期間限定の今だけは、それを満喫しても罰は当たるまい。

 

 

「お疲れさん、ガイ」

 

 

穏やかな寝息の漏れるその唇にそっと口付けを落として、俺も寝るかぁ、と
大きく伸びをしながら独りごちると、カカシは隣の部屋へと引っ込んでいったのだった。

 

 

 

 

 

 

<NEXT:真剣勝負!!>

 

 

 

 

 

珍しくカカシばっかり(7班の子らもいるけど)で1本書けた…!!
書きたかった話の割には妙に消化不良の感があるのだけれども、
まあそこはそれ。
本当に書きたい話ってのは、どれだけ頑張っても自分の満足いくようには
ならんのだよ、自分の求めている所が大きすぎてさ。なんて自分を慰めよう。

よっしゃー!!カカガイにようやく…!!と思ったのも束の間、
これって単にカカシ→ガイなだけだと思い至りました。

 

な ん だ よ い つ も と 同 じ じ ゃ ね え か ! !

 

……すいません、顔を洗って出直してきます。(泣)