朝である。
普段寝起きがとても良い、自称爽やかフェイスの男マイト・ガイ。
現在午前7時の今、彼はとても難しい表情をして閉ざされたドアの前に
佇んでいた。
< Have a rackety life!! 〜意地と執念の攻防〜 >
確か、ベルが微かに聞こえたのは1時間ほど前のことだ。
その段階で既に起き出していたガイは特に気に留める事も無かったのだが、
直後、何か硬いものが壁に叩きつけられる音を聞いて眉を顰める。
「……………まさか、なぁ」
読んでいた新聞をキレイに畳んで背凭れの起こされたソファに放ると、
ガイはそっと忍び足で音のした方へと歩みを進めた。
とはいえ、ドアは閉められているわけで、中の様子までは開けてみないと
わからない。
暫く頭を悩ませた末に、彼は思い切ってドアを開けてみることにした。
ほんの少し、中が覗ける程度だけ。
・・・・・・・・・ パタン。
カーテンが閉められて日の入りきらない薄暗い世界で、彼は見てはいけないものを
見てしまったような気がして、静かにドアを閉めた。
「あれは……あの時計は……ッ」
身体中を駆け抜ける戦慄に唇を震わせて、ガイが思わず閉めてしまったドアの
ノブをきつく握り締める。
昨日電池を換えたばかりの目覚し時計は、今や隣の部屋で無残な姿を晒していた。
仕掛けのバネは跳ねとび、文字盤は砕け、電池は床に放り出され。
例え起こしに行く理由が何かしらあったとしても、今向かえば確実に自分も
あの時計と同じ末路だ。
どうやら恐ろしい想像をしてしまったらしいガイはその場にがくりと膝を着いた。
こうなったらもう、この男が何時まで眠っていようが放置しておくしかない。
そう固く心に誓ったのも束の間、そんな誓いは直後に崩されることとなる。
玄関のドアが叩かれる音がして我に返ったガイは立ち上がると、人様の家で
ある事をすっかり忘れ我が物顔で応対し、思わず眉を顰めてしまった。
「………シズネじゃないか、どうしたんだ」
「ああ、ガイさんが居たんでしたね、そういえば。ラッキーです。
ひとつお願いがありまして」
「なんだ……?」
「7班の子供達がすっかり待ちくたびれているもんですから、
綱手様に言われてお迎えに来たんですが、良かった…どうやら
私の首は繋がったようです」
「だからそこでサクっと話を前に進めるな!!
もう少し俺にも分かりやすくだな……!!」
「カカシさんを起こしてきて下さい。今すぐ!!」
ぴっし、と脳髄のどこかが固まる音が聞こえた気がした。
「…………なん、だって?」
思わず問い返してしまって、更に失敗したと己の胸の内で舌打ちを漏らす。
シズネがにんまりと笑みを覗かせると、懐から任務が書かれた指令書を出してきて
朗々と声を上げて読み上げ始めたのだ。
つまり。
「……なるほど、昨日の呼び出しは任務のお達しだったのか。
カカシめ、そんな事一言も言わなかったぞ」
「ちなみに集合は正門、夜明け頃には出発する予定……でした」
「夜明け…?」
「そう、本日ですと………午前6時15分、てトコですか」
「最悪だ………」
遅刻どころか本人は布団に包まってまだ爆睡中である。
思わず頭痛のしてきたこめかみを押さえ、ガイがそれで、と口を開く。
「要するに、俺に死んで来いと言うわけだな」
「いえいえまさか滅相もない」
「………そんな感情の篭ってない声で言われてもなぁ…」
「まあ、ともかくナルトくん達もすっかり待ちくたびれてますから。
ほらほらそんなこと言ってる間に1時間の遅刻ですよ!!」
「俺が遅刻するわけでなし……」
「骨は拾います!!」
「そこは決定事項なのか!!」
グッと拳を握り締めて言うシズネに言い返すと、ガイは頭を掻きながら
仕方無いと肩を竦め室内に戻って行く。
もちろんあの寝ぼすけを叩き起こすためだ。
運が悪かった、というよりは此処に居る時点で諦めなければならない
ことだったのかもしれない。
マイト・ガイ、今日は厄日だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そんなわけで今、彼はカカシの部屋の前に佇んでいるわけである。
ちなみにシズネはちゃっかり上がり込んで、ガイが煎れていたコーヒーを
勝手に頂いてしまっている。
彼女は彼女でカカシを連れて来いと言われてしまっている以上、手ぶらで
戻るわけにはいかないのだ。
よし、と気合いを入れてガイはカカシの部屋のドアを開け放った。
中は静かなもので、どうやら彼はまだ夢の中らしい。
そう判断するとガイは静かにベッドの傍に歩み寄り、すっかり出来上がって
しまっている布団の蓑虫へと声をかけた。
「おいカカシ、もう7時を回っているぞ」
「……………う〜ん…」
どうやら聞こえてはいるらしい。
そう判断してガイは続けることにした。
「お前、今日は任務が入っているそうじゃないか。
とっくに集合時間は過ぎているんだぞ。
ほら、早く起きないか」
「…………代わりに行っといて」
「どこの子供だお前は!!」
思わず大きな声でガイがそうツッコミを入れる。
ダメだこれでは埒があかない、そう判断したガイは強硬手段に出る事にした。
「いい加減にせんか!!」
掛け布団を掴み、ガイが勢いよく剥がしにかかる。
それを遠くから眺めていたシズネが「お母さんみたい…」と呟いたが
当人達の耳には入ってなかったようだった。
「な…ッ」
ガイ的には布団を剥がしたそこには丸くなったカカシがいると踏んでいたのだが、
不思議なことに瞬間、ベッドはもぬけの殻になった。
「ど、何処にいった…!?」
思わず部屋中に視線を巡らせるのだが、気配はあれども姿は見えず。
ふと、手にした掛け布団がやたら重いことに気がついて、ガイがそれに視線を向けた。
表にはいない、裏には……。
「おい。」
ペロンとひっくり返してみて、ガイが声を上げた。
そこにしがみ付くようにして更に惰眠を貪ろうとするその執念には脱帽だ。
「今時、子供でもこういうコトはせんだろう…」
「そう?ちょっと凄いのよ俺、こういうコトもできんの」
のんびりとそう言うと、カカシは布団の端をガイが持っているのもお構いなしに
グルグルとそれを身体に巻きつけ始めたのだ。
「秘技・蓑隠れの術!!」
「なにッ!?」
驚いたガイがうっかり手を離してしまったばかりに、掛け布団はすっかりカカシの
元へと戻ってしまった。
とはいえ布団でぐるぐる巻きになった姿というのはどうにも間抜けではある。
「どう?ちょっと驚いた?」
「驚いたというか何というか……だいたい布団だろうそれは」
「綿入りにより防御力もアップ」
「何か根本的に物凄く間違っている気がするんだが…とにかく布団を手離せ、カカシ」
「嫌だ。俺はまだ寝たい」
「ワガママを言うな!!」
寝起きのカカシにしては珍しくまだ機嫌は良い方だ。
とはいえそれも、いつどういう状況で機嫌を損ねるのか全く読めない。
下手な手出しはしない方が賢明だが、グズグズしているとシズネのバックに
ついているあの御方から雷が落ちてくるだろう。
どっちかしか取れないのであれば、カカシに挑んでいった方がまだマシだ。
「こうなったら力ずくだ!!」
言うが早いかガイが目の前に立つカカシへと強力な蹴りを放った。
布団に包まっているとはいえ、ガイの一発はそれなりに重い。
真横から直撃したカカシは布団と共に吹っ飛ばされ壁に激突した、が。
「………変わり身か…!!」
チッ、と舌打ちを零して見つめる先には、布団とその中心にあったのは枕。
いつの間に摩り替わったのか、相変わらずカカシの実力は底が読めない。
「おーおーおー、結構本気でやってくれたんじゃないの、ガイ?」
「……そっちか!!」
すぐ後ろから声がしたので思い切り肘を入れてくれようとしたのだが、
カカシは軽く後ろへ飛んで躱すと、ベッドの上にドカリと座り込んだ。
「怖いねぇ、ガイ」
「なぁに、お前相手に手を抜こうなんて気は、これっぽっちも無いさ」
「そう、じゃあ俺もちょっと本気で相手してやるとするか」
任務前の準備運動ってのも大事でしょ。
そう言いながらカカシはドアの向こうのシズネへと視線を向けた。
「シズネくーん、ちょっとちょっとー」
「はい?」
コーヒーの入っていたソーサーとカップを流しに置いていたシズネが、
カカシの声に気付いて早足にやってきた。
「7班の連中に、伝言ね」
「なんでしょう?」
「これからガイくんを弄ってから行くんで、あと1時間待ち、ってね」
ニヤリと肉食獣のような目のままで笑うカカシと、頬を引き攣らせて
立ち尽くすガイとを交互に見遣って、シズネはこくりと頷いた。
「しょうがないですねぇ、カカシさんもモノズキな」
「ま!売られた喧嘩は買う性分でね。
特にコイツに関しては」
「あら意外と野性的なトコロがあるんですね。
それじゃガイさん、あとヨロシクってコトで。
…あ、ここのドアどうします?」
「閉めといてくれる?
精神衛生上あまり宜しくない映像だし」
「了解しました!」
「ちょ、ま、了解するなっていうか……!!」
シズネのそれは完全に逃げ腰だ。
カカシの全身から吹き出す殺気を彼女も感じているのだろう。
とはいえせめてもう少しカカシを宥めていくとかできないものかと考えて、
シズネにできるなら自分だってとっくにやっていると、ガイは落胆にも似た
溜息を零すしか無かったのだった。
「ガイさん、後でちゃんと骨拾いに来ます!!」
閉められたドア越しにシズネがそう叫んだのが、精一杯の優しさか。
そんな優しさは要らないと心の片隅で思いつつ。
やっぱり今日は厄日だな…。
背中に無情な壁の冷たさを感じながら、ガイは途方に暮れた目をしたのだった。
<NEXT:カカシ先生の不機嫌な理由?>
どこまでダメな男なんだカカシ…。(笑)
ダメっていうか、子供みたいな人、を、自分としては目指してみたんですが。
ガイの前では子供みたいなワガママを平然とした顔で言ってくれるといいなあという
私の勝手な願望ですが。(苦笑)
この後の彼らはご想像にお任せしておきます。
そういう引きが最近気に入っているらしい自分。(笑)
これ…カカガイになんのかなぁ…。(遠い目)