どうしてかな。
泣きそうな表情で笑うのは、チームに居る紅一点。
けれどその真意が読めず、自分はただ首を傾げることしかできなくて。

「どうしてかな、3人でいるのに、1人でいる気分になっちゃうの。
 疎外感とかじゃなくて……あたしだけじゃなくて、ネジもリーも。
 3人でいるのに、バラバラなんだ」

それなりのチームワークがあるように見えたが、それは表面上だけで、
水面下では穴だらけ、だからいつでも隙間風が吹いている状況。
言われて初めてガイは己の迂闊さを呪った。
気付かなかったでは、言い訳にはならない。
だって自分は知っていたのだから。

 

 

<The quarrel, too, is a kind of the communication.>

 

 

 

 

 

 

木ノ葉病院の一室で、ベッドに転がっているのはリー。
怪我は然程大したことはなかったので、2〜3日もあれば出られるだろう。
ただ今回はその原因が問題だった。
あの、ネジにやられたというのだ。
最初はただの口喧嘩だったのが次第にエスカレートして、というのが
見ていたテンテンからの報告だ。
だが今目の前で、不貞腐れた表情のままムスっと横を向いているリーを
見ていると、なんだかそれだけでは無いような気がしてくる。
基本的に物分りの良いリーは、自分が諭せば反省の色を見せるのだ。
そんな子供がどうしたことか今回は、自分は悪くないと強く主張してきた。
「リー…喧嘩はな、どちらが悪いという風に決める事ができん。
 仕掛けた方も受けた方も、どちらともに責任がある。
 だからリー、こんな目に合ってるお前を、悪くないと俺は言わない」
「だけど、今回はネジが悪いです、絶対」
半身をベッドから起こしてガイを見上げてくるリーの視線は、いつも以上に
強く、そして真剣だ。
ふぅ、と困ったような吐息を零してガイは頭を掻いた。
「しかしだな、リー……ネジは匙加減を知っている子だ。
 お前が病院に運ばれるほどの乱暴なことは、決してしない。
 なのにお前はこんな目に合っている。
 それはリー、お前がネジに『そうさせるほどの何か』を言ったからだ。
 ………ここまでは俺の推測だが…間違っているか?」
「……………。」
努めて叱ることの無いように優しく問い掛けると、リーは俯いて
シーツをきつく握り締めた。
否定が無いということは、肯定なのだろう。
「リー、……お前、ネジに何を言ったんだ?」
窺うように訊ねると、リーの口元がほんの微かに震えを帯びた。

 

 

 

 

 

 

いつものように挑戦して、いつものように負けて、キツイ一言を受ける。
それはもうリーにとっては日課に近いようなもので、もちろんそうなる
覚悟を持って彼に挑んでいるのだから、これはもう仕方の無いことだ。
だけどガイの下で任務を受けチームワークというものでクリアしていく、
そんな日々を送るようになってから、リーの中に微かな疑問が生まれた。
どうして彼は、一人でいることを望むのか。
どうして自分達の力に、欠片も期待をしてくれないのか。
それは言葉の端々から感じられる。
突き放すような物言い、自分以外は全て格下だとでも言いたげな視線、
何より……深く関わってくることを何よりも嫌う、拒絶。
彼に勝ちたい一心で、彼の素性に、日向の血に何かヒントは無いかと
その歴史を調べ始めて、辿り着いたのは『宗家』と『分家』の文字、
それから、その間にある確執だった。

 

「お前は俺に絶対勝てない、これは決められている事なんだ」

 

その言葉は、最初は格下に対する蔑みの意味が篭められていると思っていた。
いや、確かに実際そうなのだろう。
けれどそこに篭められていたものは、きっとそれだけじゃない。
今なら分かる。だから、苦しい。

 

「だから……分家は宗家に絶対に勝つことはできない……と、言いたいんですか?」

 

悲しいことを言いますね。
そう呟いた直後だった、ネジが豹変したのは。

 

 

 

 

 

 

「分かってます……分かってるんです、僕はヒドイ事を言いました。
 でも……ネジが許せなかったんです」
「リー…」
はらはらと涙が零れ落ちて、点々とシーツに染みを作っていく。
あやすように頭を撫でてやると、余計に泣き出してしまってガイは
内心で少し慌ててしまった。
どうして良いのかが分からない。
「ガイ先生は………気付いてましたか?」
「何をだ?」
「ネジは…任務の時、不思議なほど僕やテンテンを庇うんです。
 だからいつも……先生とネジが2人で任務をこなしていくのを、
 僕らは見ているだけなんです」
「…………。」
「テンテンはどうか知りませんが……僕は、それがとても辛いんです。
 まるで………お前は弱いんだからって…言われているみたいで……」
知らなかったといえば嘘になる。
だけど子供達の関係には、任務に支障を来さない以上は自分が首を突っ込む
わけにはいかない。
子供は子供なりの関係を作るからだ。
「ネジの周りは敵だらけです。
 皆を敵にすることで、自分の居場所を確保するんです。
 だからわざと敵を作るような事を……ネジは、言うんです」
お前は弱いとか、絶対に勝てないとか、運命とか決められたこととか、
全部全部自分への言い訳にして。
「それで…リーはそれを、やめさせたかったのか」
「自分で気付いてないのかと思ってたんですけど…分かってたみたいですね」
だから余計にタチが悪い。
無意識でやっていることと意識してやっていることとでは、本人の気持ちの
在り様が明らかに違うからだ。
ネジは捻くれ者の典型だなとガイは吐息を零して、リーの肩を軽く叩いた。
「酷い事を言ったと分かっているなら、謝れるな?」
「僕は悪くありませんッ!!」
「……おいおい」
目元を袖で拭ってそっぽを向いてしまったリーに、ガイはどうしたものかと
肩を竦めた。
ダシに使いたくは無いが、この際仕方が無いだろう。
「……テンテンが泣いていたぞ」
「え…?」
「お前らの喧嘩を見て、3人でいるのにバラバラだってな」
「………それは、」
困ったように眉を下げるリーへ笑みを見せて、ガイは右手を出し
親指を立てて見せた。

 

 

「お前はちゃんと自分の悪いところを認められる奴だ、俺はそう信じてるぞ」

 

 

そう言い残して、ガイはドロンと姿を消した。
考えなくても行き先なんて分かっている、ネジのところだろう。
開け放たれた窓の外へと視線を向けて、リーは小さく呟いた。

 

分かってます、と。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

日が暮れて虫の音だけが静かに聞こえてくる庭を眺め、ネジはそっと目を伏せた。
同じチームメイトを強く殴りつけたのは、昼間の話。
それもテンテンが自分の腕を掴んで止めに入ってくれるまで、自制がまるで
きかなかった。
リーに対してやりすぎたかもという思いはあれど、謝る気は毛頭ない。
あれは向こうが余計な事を口走ってしまったための、自業自得に過ぎないからだ。
なのにどうしてか、胸がキリリと痛む。

 

悲しいことを言いますね。

 

どうして自分より弱い奴に、憐れみの言葉など掛けられなければならないのだ。

 

 

 

 

 

 

「……いい加減、出てきたらどうですか」
目を開けて、ネジは庭にある一本の木へと目を留めた。
気配ならずっと感じていた、ただ相手があの男なのだから、放っておいても
開けっ広げな笑みを見せて出て来るのだろうと踏んでいたのだが、
いつまで経っても出てこない上司に業を煮やしたネジがそう声をかける。
やや間を置いて、縁側に座るネジの目の前に現れたのはガイだ。
「何か用ですか?」
「……分かってるだろう、昼間のことだ」
「フン…説教でもしに来たのか」
「いや、」
ネジの隣に腰を下ろして首を横に振ったガイは、綺麗な庭だな、と呟いた。
逆に驚きを隠せなかったのはネジの方で、訝しげに眉を顰めてガイを見遣っている。
単純そうに見えて、この男は意外と読めないのだ。
「今回の件、喧嘩両成敗と言いたいんだがなぁ……。
 俺は、リーが悪いと思ってるんだ」
「どうして……」
「それはお前、」
ずいとネジに詰め寄ると、ガイはネジの左胸を指先でトンと突付いて笑みを見せた。
「お前の心の領域に、勝手に土足で踏み込んだだろう?」
「………っ、」
「人間誰しも、触れられたくないことのひとつやふたつ、あるモンだ」
腕組みをしてウンと深く頷くガイに、ネジが困惑の表情を浮かべる。
「アンタにも……そういうものがあるのか?」
「俺か?………まぁ、そうだな、少しぐらいはなぁ」
わはははは!!と豪快に笑って言うガイには、ネジに言わせれば隠し事など
何も無いように思えるのだが、どうやらそうでも無いらしい。
「だがな、ネジ。
 病院送りはちょっとやりすぎだと思うぞ、俺は」
「………分かっている。
 それは、俺のミスだ」
「それともうひとつ、」
「?」
「触れられたくない事があるなら、最後まで隠し通せ」
ガイから見れば、リーの言葉で簡単に心を乱すネジの方が、よほど子供で
稚拙に見える。
今回の件だって、リーにそうだと気取られるような事さえなければ、
そしてネジが自身の自制がきいていれば、こんな事にはならなかった筈だ。
「お前と宗家の間に蟠りがある事は俺も知っている。
 そして過去にあった事で、どれだけお前が辛く悲しい思いを
 したのかも知っている。
 だから……今回は目を瞑るが、次は無いと思え」
確かにネジに力はあるかもしれない。
だがいくら腕の力が技の力があったとしても、まだまだ彼には足りないものが
山のようにある。
「宗家の事では二度と揉めるな。
 蟠りを消せと言ってもそれはどうにもならんからな…、
 せめて心を鍛え、動揺を隠せ。
 周りに気取られることの無いように、もっと己自身を磨け。
 俺は……お前はそれができる奴だと思っている」
「買いかぶりすぎだ」
「そうか?」
「だが………善処はしてみようと、思う」
「……そうか」
視線をずらしてそう素っ気無く呟くネジに、ガイが口元を綻ばせた。
リーに対しては申し訳ないという気持ちはあるらしいから、大丈夫だろう。
「テンテンが心配しているからな、早く仲直りしろよ?」
「………リーは、」
「うん?」
「リーは………真っ直ぐすぎて、時々怖くなるんだ。
 振り払っても振り払ってもしがみ付いてくる」
「あの子は、お前に追いつきたいんだよ。
 そして追い越したいんだ」
ゆっくりと立ち上がって、ガイは大きく伸びをした。
今回の件、どうやら単なる気持ちのすれ違いが原因だったようだ。
「全部に目を向けろとは言わないが……せめて、リーとテンテンぐらいは
 対等に見てやれ。
 何もベルトを賭けたタイトルマッチじゃないんだ、お前は所有者じゃないし
 あの子達も挑戦者じゃない」
「でもリーは向かってくる」
「はっはっは!!それはアレだ、男の熱いプライドってやつがそうさせるだけだ。
 別にお前に敵意を持ってるわけじゃない」
「…………それはそうかもしれないが」
敵意がないのは分かるけれども、勝てないのが分かっているのに向かってくるのは
無謀と言うのではないだろうか。
そう思っていたのが読まれてしまったか、ネジを振り返ったガイの表情には
苦笑が滲んでいた。
「勝てないのが分かってて、じゃないんだ。
 次は勝てるかもしれない、勝てなくてもかすり傷ぐらいつけられるかもしれない。
 少しでも成長しているんだという事を確かめたいんだリーは……、お前でな」
「……それは光栄だな」
それにネジが漏らしたのは、皮肉な言葉とシニカルな笑み。
ますますガイの苦笑は濃くなって、けれど、と繋げた。

 

 

「お前がアイツをどう思おうと、お前とリーとテンテンは、仲間だよ」

 

 

仲間になれると信じてるんだ、そう親指を立てて言うガイに、自然とネジからも
苦笑が零れ出た。
分かっていると答えれば安堵したのか、ガイはそれじゃあなと言い残して
ドロンと姿を消した。
誰も居なくなって静かになった庭、虫の音に耳を済ませて。

 

スリーマンセル、か。

 

そう呟いたネジの唇は弧を描いていた。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

数日後、リーが病院を出てすぐに任務の連絡がきた。
待ち合わせ場所に来たはいいが、そこに居たのはネジだけで、
まだガイもテンテンも来ていない。
なんとなく話し掛けることができなくてリーがどうしたものかと
考えていたら、珍しくネジの方から声をかけてきた。
「……こないだは悪かったな」
「ネジ…?」
「少し、加減を忘れてしまった」
「いえ……僕の方こそ余計な事を言ってしまったみたいで……。
 ごめんなさい」
ネジに言われて、胸の内にあったモヤモヤとしていたものが
一気に消えていったようだ。
今なら素直に認められる、あれは自分の方が悪かったのだと。
少なくとも、宗家のことは自分とネジの間に全く関係の無い話だ。
なのにそれを持ち出して、きっとネジを傷つけてしまった。
「ガイ先生にお説教、されました?」
「……まぁな」
あの男は五月蝿い。そう苦く呟けば、リーがくすくすと小さく笑みを零す。
「だけど、間違ってません」
「……それを認めるのも癪だけどな」
「素直じゃないですよ、ネジ」
「ほっとけ」
視線を逸らして拗ねた子供のようにネジが呟いた。
そんな姿を見たのも珍しくて、リーは目を丸くする。
「なんだか少し、いつもと違いますね」
「気のせいだ」
「そうかなぁ…」
「だが……少しずつ良い方向に変わっていければと、思うようになった」
「ネジ…」
きょとんと見ていたリーの顔に、笑顔が宿る。
純粋に嬉しいと感じたからだ。
「ネジ、ネジ!!」
「……なんだよ」
「今日の任務も、頑張りましょう!!」
勢い付いて拳を振り上げ言うリーに驚いたような視線を向け、だが彼が
あんまりに良い顔で笑うものだから。

 

「ああ………そうだな」

 

こう答えたネジの顔にも、つられるように笑みが宿っていた。

 

 

 

 

 

 

少し離れたところの物陰からこそりと様子を窺う2人。

 

「ねーえ、ガイ先生、いつまで隠れてればいいの?」
「ふむ、2人とも仲直りはしたようだな」
「そうみたい、良かったー」
「よし、じゃあ今日も張り切っていくか、テンテン!!」
「……一人で張り切っちゃってて下さい」

 

元気良く飛び出していく上司を呆れ顔で眺め、テンテンも駆け出す。
だがそんな顔はすぐに明るい笑顔に変わる。
なんとなく今までとは違う、そんな気がした。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

なんていうか、ネジとリーの馴れ初めよりもっと前の話になっちゃった。
この時系列でいくと、お互いが意識するのはサスケ奪回チームが組まれた
あの辺だから、しょうがないっちゃそうなんですけど。
こんなカンジでカプ要素が全く無い話も結構好物だったりします。
明るく前向きな話でね!!

 

この後ぐらいから徐々にリーが力を蓄えていって、蓮華習得あたりから
ネジもリーに対する見方が変わるんじゃないかなぁなんて思います。
まだまだ落ちこぼれの人間に対する態度は冷たいけど、それでもリーにだけは
若干認めてるフシがあるっていうか……、人は変わるのかもしれないと
迷いを持つ瞬間がネジにあってもいいかもしれませんね。
ナルトに出会う以前にね。はい。

 

なんせガイ班が大好きだという愛だけで書き上げてしまいました。
この愛が少しでも伝われば…!!(笑)