もうどれぐらい待ったか分からない。
時間の感覚も失せてきた頃に、治療中の赤いランプが消え、
そして重たい扉の向こうから出てきたのは、疲弊しきったシズネだった。
ネジの容態はどうなのかと尋ねるガイとリーに向かって、彼女は額を流れる
汗を左の袖で拭いながら、右手で拳を作ってそれをぐいと突き出す。
見守る2人の目の前で、親指を立てたシズネは「綱手に報告してくる」と告げて
病院内な事も構わずに真っ直ぐ駆け出した。
難しい治療が上手くいったことに対して、彼女なりに嬉しさが表れたのだろう。
そのすぐ後で他の医師達も次々と出てきて、入っても良いとの言葉を受けた
ガイはすぐさま駆け込んでいった。
身動きひとつしないリーの隣で、共に佇んでいた我愛羅が首を傾げる。
お前は行かないのか、と問うために口を開こうとしたその時、がくんとリーが
その場に両膝をついた。
「………どうした?」
思わず傍に片膝をついて覗き込む我愛羅へ、ゆるりと視線を向けたリーは、
困ったように苦笑を浮かべたのだった。

 

「安心したら………腰が、抜けちゃいました……」

 

 

 

 

<It will walk together.>

 

 

 

 

 

 

「助かりました………ありがとうございます」
「いや、」
すっかり足の力が抜けたリーをまた砂の上に座らせて、我愛羅は病室まで
運んでやることにした。
素直に礼を述べるリーに無愛想にそう答え、真っ直ぐに彼の病室へと向かう。
ベッドの傍でリーを下ろした時に、彼はこくりと首を傾げた。
「そういえば、どうして僕の病室を知っているんですか?」
「寝てろ」
「わッ…ぷ!」
その質問には答えず、我愛羅はリーに向かって掛け布団を放る。
顔面に受けたリーが何するんですか!と抗議するのも無視して、我愛羅は傍にあった
椅子に腰掛けた。
リーの問いに答える術はあるが、答えられるわけが無い。
此処までお前を殺しに来た事があるから知っているのだ、なんて。
あの時、どうしてそうしようとしたのか、それは今だに思い出せない。
ただ無意識に近い部分に確かにあった筈の『感情』が、あの日この場所に
向かわせたのだ。
もしあの時、ナルトとシカマルが、そしてガイが来なかったらどうなっていただろうか。
そうだ、助けを乞うて両手を伸ばさなくても、彼の周りにはいつだって誰かがいた。
まるで自分とは対極にあるような境遇。
「………お前は、誰かに裏切られた事があるか?」
「え…?」
ぽつりと呟かれた言葉に、リーがきょとんとした視線を我愛羅へ向ける。
彼は自分を見てなどいない。ただ、何もない宙に視線を彷徨わせていて。
「我愛羅くんは……そういう経験があるんですか?」
「そういう経験しか、ないな」
「………。」
だけど、あの上忍は2度もリーを助けた。
真正面を向いてハッキリと、守るべきものであるのだと。
そう言ったのだ。
「お前が、少し羨ましい」
「どういう…意味です?」
「あのおせっかい焼きは、絶対にお前を裏切らないだろう」
そんな存在がすぐ傍にある事を、だからリー自身がこんなに真っ直ぐであれるのだと、
そう思ったら羨ましくて仕方が無かった。
自分が欲してやまないものを全て持っているリーが、羨ましくて、妬ましかった。

だから。

 

「俺は………お前を2度、殺そうとした事がある」

 

ひた、と視線を合わせてリーにそう告げれば、丸い両目が驚いたように
更に見開かれた。
「結局はどちらも失敗したから、今お前はそうして生きている」
「いつ……ですか?」
「1度目は中忍試験、2度目はその後……この部屋で」
「……!!」
どちらも全く身に覚えの無い事だ。
息を呑んでリーが我愛羅を見遣ると、だが、と彼は背凭れに背中を預け
小さく吐息を零す。
「あの頃の俺は、殺す事しか知らなかった。
 そうすれば、周りは俺を見てくれる。
 そうすれば、俺は俺であるのだと、実感できる。
 ………それしか、そんな方法しか…知らなかったんだ」
だけど最近になって色んな感情を、色んな思いを知った。
兄や姉が自分に向ける視線の意味を、孤独を知っている少年の、悲しさを。
そして新たに何かを得る、喜びを。
木ノ葉の危機に真っ先に援護へ向かおうと声を上げた自分へ、兄と姉は
驚いた目を向けたけれど、だけど少し優しかった。
「…だから俺は、お前を……助けようと思った。
 一時は殺そうとしたこの手だが……今ならそれができると、思ったんだ」
「…………。」
「許してくれとは言い難いが、償いになれば良いと」
「………我愛羅くん、ひとつ訊いてもいいですか?」
「なんだ?」
リーにはずっと引っ掛かっていた言葉がある。
人をそんなに苦しめるほどのものを、知らなかったから。

 

 

「君にとって、孤独とは何ですか?」

 

 

リーの問い掛けに、その真意が掴めなくて我愛羅が眉間に皺を寄せた。
だがこの男の言葉はどこまでも真っ直ぐで、そして真剣だ。
理解できないから訊きたくて、理解したいから知りたいのだろう。
あの感情をどう表して良いのか分からなくて、我愛羅は少し口を噤んだ。
寂しいわけでも心細いわけでも、ましてや悲しいというわけでもない。
少し言葉に迷った末に、我愛羅はゆっくりと口を開いた。

 

 

「俺にとっては…………耐え難い、恐怖だ」

 

 

恐怖、と口の中で反芻して、リーは己の両の掌をじっと見遣る。
自分は落ちこぼれだなんだと囃し立てられ揶揄われてはきたが、
一人だと思った事はない。
ましてや、一人でいる事を怖いと思った事も、ない。
いつだって見回せば誰かがいたし、手を伸ばせばそれを掴んでくれる
誰かがいた。
だから、辛い時に誰かが傍に居てくれるだけでホッとできる事を知っている。
迷って悩んで立ち止まった時に、誰かに背を押して貰えばまた歩き出せる
という事を知っている。
ふぅ、と小さく吐息を零すと、リーは肩を落として首を左右に振った。
「……やっぱり僕には、怖いほどの孤独というものが、どんなものか
 想像がつきません」
「………。」
「それは、だけど、僕がそれを経験した事がないからで、
 だから君がどれほど辛い思いをしたかなんて、それこそ想像もつきません」
「………ああ」
「でも、一人でないと知った時の喜びなら、なんとなく分かります。
 誰かが居てくれる事で得られる安心感なら、知ってます」
にこりと笑みを浮かべて、リーが我愛羅へと視線を向けた。
少し意外そうに見開かれた目が、じっと自分を見ている。
「だから…それを君に、与えてあげることはできます」
何と言って良いものかと視線をずらした我愛羅の顔を覗き込むようにして、
リーはひとつ、贈り物をする事にした。

 

「助けてくれてありがとう。
 君がピンチの時には、今度は僕が助けに行きますから、ね?」

 

僕と君はもう友達ですよ、と言って笑むリーの人懐っこい笑顔に、慣れていない
我愛羅はどうしたものかと視線を泳がせた。
嬉しいと思いはすれど、それを素直に表せない。
「…こういう時は、何て言えばいいんだ?」
「うーん……とりあえず、『ありがとう』で良いんじゃないですか?」
「そうか、」
教えてもらった言葉を胸の内で反芻すると、ゆるりと唇の端を持ち上げる。
笑顔には満たないけれど、確実に我愛羅の中で起こった変化。
きっと前を向いて歩いて行けるだろう、もう、一人じゃないことを知っている。

 

 

「………ありがとう」

 

 

万感の思いを込めてそう言えば、どういたしまして、という優しい返事を受け取った。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

な、なんだか途中で何書きたいか分かんなくなってきちゃった…。(遠い目)
上手く言えないけど、私の中でこの2人は、お互いを見ることで自分を顧みることのできる、
そんな存在であるといいなぁ、なんて。

もうひとつ書きたい話はあるけど、それこそどう文字にしていいかわかんなくて
ちょっと検討中。我リーはちょっと敷居が高いと思った瞬間。