「さぁ着いた、」
切り立った崖に身を隠すようにして張られた陣営、その近く。
岩陰からこそりと辺りを窺うようにして、カカシはガイを手招きする。
音も無く現われた相棒に、そしてその成長振りに驚きは隠せない。
驚いたところで、今は被った面が全てを隠してくれるけれど。
「まぁ何ていうの、与えられた任務を忠実にこなせばイイだけだから、
今までとやる事は変わりないよ」
「違うのは任務の内容のみ…というコトか」
「そういうコト。今回の任務は?」
「敵陣営の殲滅」
「ご名答」
先鋒の2人は、敵陣の斥候相手に既に戦いを始めていた。
向こうは向こうに任せておいて、自分達はこの陣営を崩すのが本題。
殲滅というのだから、つまりは誰一人生かすなということ。
「結構コレが骨折れるんだよな。
相手もそれなりの実力持ってるしさ」
「……何とかなるだろう」
「お、ガイくんのポジティブ発言。いいねー」
「うるさい、行くぞ」
「いつでもOK」
クナイを手に言うカカシが、あれ、と小さく声を上げた。
ガイは手に何も持たない。素手である。
一応忍具を入れているポーチを下げているから、丸腰というわけでは
ないのだろうが、それにしたって今から敵陣に突っ込むのに武器も
持たずに突入するというのは如何なものか。
「ちょっとガイ、武器は?」
「そんなもの必要ない」
「は…?」
「俺には、この手ひとつあれば、それでいい」
手袋を外した右手をヒラヒラと振って、ガイは自慢げな笑みを覗かせた。
それがどういう意味なのか、その時のカカシには知る由も無かったが、
どのみちそれは直後に知る事になる。
<You and I and a lot of gotten ones.>
敵陣に飛び込んだ2人は、人数の多さに少しだけ驚かされた。
とはいえ主に中忍ランクで固められており、敵にはならない。
ちらりと周囲を一瞥してそう状況を取ったカカシが、仮面の下で僅かに
右目を細めた。
殺しの前は、とても高揚する。
何も考えなくていい、ただ機械的に殺していくだけでいい。
己の一振りで、赤い血飛沫を上げて人が死んでいく様を、何と表せば良いか。
この、心が麻痺していくような、だけど決して悪い心地ではなくて、
まるで麻薬のような甘い痺れ。
「カカシ…?」
その様子を訝しそうに見遣って、ガイが小さく声をかけるが、それに対する
返事は得られなかった。
「全部、殺せ」
これが号令だった。
久々に見たカカシの動きは、昔よりもより一層無駄が減って、思わず
見入ってしまいそうになった。
やはり彼は強いのだと、自分が超えたいのはこの男なのだと、そう思う反面、
無感情に人を殺していくカカシの姿に、どこか苦しいものを感じてしまう。
何が彼をこんな風にしてしまったのか、ガイには分からない。
彼を置いて旅に出るのでは無かったのだろうか、傍に居ればこんな風には
ならなかったのだろうか。
だが、あの修行の旅だって決して無駄では無かったのだ。
お陰で自分は、今此処に立っているのだから。
此処に居ればもしかして、彼と同じものが見えるだろうか。
彼が見ているものを、自分も見ることができるだろうか。
「俺は、誰よりも強くなりたかったんだ……」
昔、オビトが死んだ時に強くそう思った。
庇って泣かれるのも、庇われて泣くのも、まっぴらだと思った。
守りたいとも守られたいとも思わない、ただ、願わくば。
殺しを始める前に、どこか自分の中でスイッチが切り替わって、
大体にしてそれは任務が完了するまで元に戻ることはない。
ただ冷徹に、その鋭さをもって、全てを刻んでしまうまで。
なのに今回は中途半端に理性が戻って来た、その理由は恐らくガイ。
彼もまた、任務を遂行するという点においては、誰よりも忠実だった。
何よりも驚かされたのは、その疾さ。そしてその強さ。
つむじ風が吹いたかと思うと、そこに居た敵は叫ぶ間もなく首を折られて
息絶えている。
その動きには一切の無駄が無く、そしてその拳には一切の躊躇が無い。
だが、彼が見せ付けてくる強さよりも、迷いの無い殺り方のほうが気に掛かった。
本当にこれが初任務なのだろうかと疑ってしまうほどに。
「ガイ……?」
見失った気がした。
あの笑顔の眩しい暑苦しかった男は、一体何処に行った?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
最後の一人を片付けて地に放ると、ガイは周囲を見回した。
さすがに生き残っているものは居ないようで、カカシの周りにも
もう誰もいない。
任務完了だな、と吐息をひとつ零したその時、足元に放った
敵が小さく身動ぎをしたのに気がついた。
まだ息があったかと手を伸ばした、その前に。
「お前達も…………道連れだ」
最後の力を振り絞って印を結んだ相手が、地面に手をついたのが先だった。
「しまった…土遁か……!!」
ぐらりと地面が揺れ、崖に無数の亀裂が入る。
それらが崩れて降ってくるまでには、そう時間はかからなかった。
「くそ…ここに陣を張ったのは、これも計算に入っていたか…」
小さく舌打ちを零すと、敵に止めを刺しガイはカカシの元へ向かおうと
顔を上げ、その表情が凍りついた。
「危ない!!」
逃げようとしたカカシの足首を、だが土くれで出来た手が掴んで放さない。
どこまでも用意周到な敵に舌打ちしつつ、ガイは地を蹴って走り出した。
カカシのことだ、あの術を破るのは容易い事なのだろうが、このままでは
術を破って逃げるより、生き埋めになるか岩に潰されるかする方が先だ。
「カカシ!!術を!!」
被っていた面を外して大声で叫ぶ。
一瞬驚いたようにカカシがこちらを見たが、理解してくれたのだろう、
印を結び出す。
足首を掴んでいたものがただの土の塊に戻って自由が利くようになったのと、
ガイがカカシの襟首を掴んで放り投げたのは、ほぼ同時だった。
「ガイ!!」
大の大人でも簡単に潰されそうな大岩が、崖の上から降ってくる。
それを見上げて、ガイが小さく口元を綻ばせた。
自分とて、伊達に厳しい修行を乗り越えてきたわけではない。
この光景に昔のビジョンを重ねているのだろうカカシの叫び、だがそれすらも
跳ね除けるように、強く。
「こんなもので、この俺を殺せると思うな!!」
気合い一閃、全ての力を込めて繰り出した右の拳は、その大岩を真っ二つに
引き裂いた。
ガイの左右に割られた岩が突き刺さり、後には小粒の岩がガラガラと音をさせて
落ちていくのみだ。
その内のひとつが頭に当たり、ガイは脳天を押さえてその場に蹲る。
そこへ人影が被って視線を持ち上げると、面を外したカカシの右目が、
怒ったような色を称えて自分を睨みつけてきていた。
「………危なかったな、カカシ」
「どっちがだよ。無茶しやがって……死んだらどうするんだ」
ぶっきらぼうに言う声音に苦笑を零して、ガイは土埃を払いながら立ち上がった。
もうこの場に人の生きている気配は自分達以外に感じない。
今度こそ、任務は完了だ。
「俺は、自分の身を犠牲にしてまでお前を助けようとは思ってない」
「………どういう意味だ」
「オビトの時に、俺はそう思ったんだ。
庇って泣かれるのも庇われて泣くのも、嫌だと思ったんだ。
だから……俺は、強くなりたかった」
「ガイ……」
「守りたいとも守られたいとも思わない、そんなもの、無くていい」
穏やかに笑って言うガイに、カカシは何となく自分に近いものを感じていた。
そうだ、それは決して全てを切り捨て一人で生きていくのとは、違う。
「俺はただ、お前が安心して背中を預けられるような、そんな人間になりたかった」
その一心で、強さを求めていたのだ。
今回共に戦って、やはりまだカカシの方が強いのだと実感せざるを得なかったけれど。
「俺はカカシの大切なものになりたいとは思わない。
ただ……お前が、自分は一人なんだと、一人になってしまったんだと思っているなら、
それは違うんだって、知って欲しいと思う」
まだ周りにはたくさんの人が居る。
自分も含めて、カカシを見ている人は、たくさん居るのだから。
「ガイ…」
何と言って良いものか分からず、カカシは口を噤んで俯いてしまった。
結局は、全て見透かされていたという事か。
自分が抱えていたものも、失くしたものも、その孤独感すら。
「……やっぱり、お前って凄いよ、ガイ」
「は?何がだ?」
「いや…、分かんないなら、いい」
やっぱりこの男も、自分にとって大切なものだ。
けれど何故か、こいつだけは、と思ってしまった。
こいつだけは何があっても、自分の近くに居るのだろう、と。
「……ま、とりあえず帰ろうよ。
帰って報告を済ませるまでが任務、だからな」
「ああ、そうだな」
お互い額に当てていた面を被り直すと、カカシの先導で2人は木ノ葉の里までの
道を辿り始めた。
「ガイ、」
「なんだ?」
「ありがとう、な」
「………いや、」
先日までぽっかり空いていた胸の風穴が、気がつけば塞がっている。
この不思議な安心感が齎してくれたのかと、そう思ってしまえば
礼を言わずにはいられなくて、何となく零すように告げたそれに、
ガイはただ穏やかに返しただけだった。
<終>
いや、なんかもう、色んなイミで趣味に走りまくったハナシだこと…!!(汗)
きっと楽しいのは書いてた私だけだろうなと思いつつ。
ガイはきっと、リーのように、昔は落ちこぼれだったんだけど、後々に目覚しい成長を
見せるんだと思うよ。
カカガイの関係は、ネジリーにちょっと似てる。
でも決定的に違うのが、リーはネジに勝ちたいけど、ガイはカカシと並びたいと思ってる。
そういう差、かな?
で、ネジにとってリーは宝物みたいな存在だけど、カカシにとってガイは最優先事項。
こっちは若干違ってみたりするので、その違いを書くのが結構楽しいかもしれない。
最優先事項なのにあんまりそんなカンジしないのは、ガイが手のかからないイイ奴だから。(笑)
ガイが見かけによらず(失礼)割とソツなく何でも一人でやってのけちゃうタイプなのに対して、
カカシは見かけによらず(失礼)ガイに支えられてるといい。
私にしては珍しく、カカガイはヘタレ攻めだ。(笑)