その化け物は今まで見たこともない程巨大で、強く、止めるために
たくさんの忍が戦いに立ち上がった。
里を守るためならば何でもすると、そう誓った忍たちが、この戦いで
たくさん生命を落とす羽目になってしまった。
その中に、上司だった四代目火影と、リンがいた。
火影はもちろん里を守るため、そしてリンは前線から抜けた身だけれども、
戦って傷ついている人々を放っておくことなどできないと、正義感で
戦渦に飛び込んで行ったのが災いしてしまったのだ。
生まれたての赤ん坊の中にその化け物を封じ込め、戦って逝った四代目の
代役として三代目が再び忍を統率し、全てが落ち着いて静けさを取り戻した
その頃になって、カカシは漸く気付いたのだ。

 

自分の手の中には何ひとつ残っていないのだという事に。

 

 

 

 

<You and I and a lot of lost ones.>

 

 

 

 

 

 

守りたいと思うものが無いのは、とてもラクだ。
暫く一人で活動し、そしてカカシの出した結論はそういったものだ。
守らなければならないものだけを、守れば良いのだから。
己が自発的に守りたいと思ってしまえば、より失った時の焦燥は
強くなるばかりだ。
余計な感情など必要無い、義務感だけでも充分に任務はこなせる。
守りたいと思うものなど無くて良い、守らなければならないものだけ
自分の後ろに立たせておけば良いのだから。

 

 

 

 

 

 

貰った写輪眼では何も見えない、灰色の世界。
そこに現われたのは、しばらく姿を見ていなかった、自称ライバルを
名乗っている男だった。
最後に会ったのはいつだっただろうか、その記憶すらも曖昧で、
何となく存在を忘れてしまっていたのは、世界が灰色だったからか、
ただ長いこと姿を見なかったからか。
会いに来てくれたわけでもなく、会いに行ったわけでもなく、
その再会は偶然だった。
いつものように慰霊碑の元へと向かったら、たまたま彼がいた、
それだけの事だ。
石碑の前に膝をついて、何を考えているのか一目では判断しかねるような
表情で、真っ直ぐに視線だけは、刻まれた名前に向いて。

 

「カカシ」

 

声をかけようか迷っていたら、突然名前を呼ばれて一瞬身が竦んだ。
凛とした、迷いの無い声は以前と何ひとつ変わりない。
僅かに逡巡を見せ、一度だけ吐息を零すとカカシは口を開いた。
「暫く姿を見なかったけど、何処に行ってたんだ?」
「……師匠と、修行の旅をな。
 だが…こんな大変な事態が起こっていたとは……」
「里にいなかったんじゃ、しょうがないさ。
 もう…終わってしまった事だから」
「それはそうかもしれないが………」
新しく刻まれた名前には、ガイの知り合いも多く含まれていた。
みんな、命を懸けて戦っていたのだ。
そんな時に、力を貸せなかった己の不遇が呪われる。
「お前は怪我などはしなかったのか?」
「そんなヘマするように見えるか?」
「いや……愚問だったな、すまん」
小さく笑んで立ち上がったガイに、カカシが目を瞠る。
確かに自分の方が高かった筈の身長が、今や大して変わらないほどで、
いや、もしかしたら若干負けているかもしれない。
「………何年、いなかったっけ、お前」
「2年ほどになるか」
「…2年って、結構長かったみたいだな」
「そうか?」
「俺の方が背が高かった筈なんだけどなぁ…。
 ああ、でも、やっぱりお前は変わらないね」
「…………。」
「どうした?」
黙ってしまったガイに、カカシがこくりと首を傾げた。
なんだか今にも泣き出してしまいそうな、そんな目をしていて、
どこか、胸の奥がざわつく。
「お前は…………変わったな」
「……そう?
 ああ、でも……ガイがそう言うなら、その通りなのかもしれないな」
飾っても隠してもいない、自分の本心を知っているのは彼だけだ。
だからそんな彼が自分をそう評価するのならば、それはきっと正しいのだろう。
「今さ、暗部にいるんだ、俺」
「暗部!?」
「ちょっとぐらいハードな方が、余計なこと考えないで済むんだよ」
緩やかな風が吹いて、さわりと草が揺れる。
その音に誘われるかのように、カカシは石碑の前に進み膝をついた。
余計なことを考えたくなかったから今の状況があるというのに、それでもやはり
この場所に来てしまうのは、もう仕方の無い事なのだろうか。
刻まれた名前を見る度に強い喪失感が身を打つのが、分かりきっているのに。
「どうしよう、ガイ」
「……カカシ?」
振り返ることなく、カカシがぽつりと口を開く。
それは飾り気も隠す気も何もない、たったひとつの本音。

 

 

「どうしよう、俺………全部失くしちゃった」

 

 

微かに震えるその声音は、泣いていたのかもしれない。
だけどそれを確かめようという気は微塵も起きず、その背中を見つめていた
ガイは静かに瞼を伏せた。
オビト、リン、四代目、それらは彼にとってかけがえのないものだった筈だ。
どうして彼ばかりが色んなものを失くさなければならないのだ。
どうしてそんな時に、自分は此処にいなかったのか。
かけてやる言葉が見つからなくて、ただガイは立ち尽くすしかなかった。

 

 

どうすればいい?

どうすれば、以前のようなアイツを見ることができる?

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

暗部への指令は火影が直接出す事になっている。
三代目が控える部屋で、指令を受けたカカシははぁ、と気の無い
相槌を打った。
今回の任務は4人で動く。
だが、実際は4人組ではなくて、2人ずつ2手に分かれる事になるようだ。
別に誰と組んでどんな任務を受けようが、カカシの負担になる事は無い。
ただひとつ、己の足さえ引っ張るような存在で無ければいい。
だがおかしなことに、今この場で指令を受けている人間は3人。
一人足りない。
「三代目、人数が足りてないようですがね?」
こくりと首を傾げてカカシが問えば、三代目の号令で先鋒隊の2人は部屋から消え
カカシだけが残された。
「もう一人は今回の任務が初めてになる、新入りだ。
 何もかもが初経験で右も左も分からんだろうからな、お前に指導を頼みたい」
「はぁ…で、どうして此処に居ないんでしょう?」
「任務内容は先に話してあってな、今頃は既に正門へお前が来るのを待っているよ」
「あらら、そりゃいけない、それじゃ行ってきまーす」
驚きを顕にして言うと、カカシは額にあった面を被り姿を消した。
誰も居なくなった部屋で、三代目は一人苦笑を零す。
さて、この配置が彼をどのように導くか。

 

 

 

 

開いた口が塞がらないというのはこの事だろうか。
最初は嘘だろう?と思い、次には三代目にしてやられたと内心で
舌打ちを零していた。
「………なんでお前が」
「さぁ、任命されたんだから仕方なかろうが」
面を被っていても、気配と、髪形と、そしてついこないだに比べた
背丈で分かる。
「まさかもう一人が、お前とはね………ガイ」
面を外して苦笑を見せれば、同じように面を外した相手の顔は、
やっぱり思った通りの人物。
「任務内容は?」
「頭に叩き込んである。問題ない」
「上等だ。それじゃ行くか」
面を被りなおし、2人はこくりと頷いた。
目指すは北方にある敵の陣営。
先鋒で出発した他の2人が、先に道を作っておいてくれている手筈だ。
「ルートはカカシに任せる」
「そ。じゃあついて来て」
言うなり走り出したカカシの後姿を少しだけ物憂げに見遣ってから、
気を取り直したようにガイもその後を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

<うわしまった続いちゃうッ!?>

 

 

 

 

 

 

思った以上にとびきり長い話になってしまった…。(汗)
そんなワケで一旦ここで引いてみる。
なんだろう、今回はこころもちガイ→カカシに近いかもしれない。
や、でもカカシ→ガイでもあるんだけどね。
お互いの視線に気付くことなくいつまでも一方通行っていうのが
自分的にオイシイ関係かもしれませんが。

 

ま、なにはともあれ、もう一本。