木ノ葉の里には、英雄の名を刻む石碑がある。
里を守って死んでいった忍達の名が連ねられている、慰霊碑だ。
そこにまた、新たな名が刻まれた。
その名を持つ者もまた、里を、仲間を守って逝った忍。
英雄の名は、うちはオビトといった。
<それから、僕らは。>
石碑の前に花を手向け、静かに祈る。
だがその祈りは何処へ届くというのか。
里を守り、仲間を助け、そして死んでいった彼へ、果たして届くのか?
遺体が埋葬されているわけでも、遺骨が埋められているわけでもない、
ただ、名が刻まれているだけの冷たい石。
それに祈っても、仕方が無いような気がした。
なのに花を持って来てしまったのは、それ以外に術が無かったからだ。
今やもう、そこに刻まれている名前だけが、彼が確かに生きていた証明なのだから。
「………ガイくん」
声をかけられ振り返ると、見覚えのある上忍の姿があった。
木ノ葉の黄色い閃光と呼ばれている、オビトの上司でもあった人だ。
彼はガイに向かって穏やかに微笑んでから、しゃがみ込んでいるその隣に
膝をついて、少しの間石碑に向かって黙祷を捧げた。
ただ返す言葉も無くその姿を見つめていると、ふと目を開いた彼が
にこりと笑みを零す。
「ガイくんも、オビトに?」
「……はい。友達………なんです」
こくりと頷くと、そう、と返事があって大きな掌で頭を撫でられた。
オビトとガイは所謂『落ちこぼれ仲間』というやつで、中忍に上がってからは
チームも分かれてしまったが、それなりに交流があった。
少し臆病ではあったけれど、仲間を友達を大切にする、気の良い奴だった。
本来ならば此処に名を刻まれるということは誇らしく思う事なのだが、
やはりというか当然というか、ガイの心中は正直苦い。
もう、自分の友達は何処を捜しても居ないのだから。
「………泣かないんだね。
キミは涙脆い方だと思ってたから、意外だよ」
「俺も…少し、不思議です。
結構仲が良かった方だという自覚はあるんですけど……、
なんていうか、実感が無いんですよ。
オビトはもう居ないんだっていう、そんな気がしないんです。
任務中で里を出てるんだって言われる方が、まだしっくりくるっていうか…」
「ん………そうか」
「カカシは?」
「うん?」
「カカシは、どうしてますか?」
「ん、まだ入院中だよ」
「怪我、悪いんですか!?」
驚いてガイがそう声を上げると、悪いわけじゃないんだけどね、と彼は
薄く笑みを浮かべた。
チームを組んでいた仲間がある程度の治療を行っていたから、入院といっても
そう長期になる予定は無いし、あくまで念の為の検査入院みたいなものだ。
「身体の傷はもう治るけど……ああ、良かったら見舞いに行ってやってよ。
動きたくても動けなくて、きっと今一番歯痒い時だと思うから」
「………はぁ、」
それならちょっと今から行ってみますと告げて、ガイはその場から走り去った。
その自分よりもずっと小さな背中を見送って、果たして彼は今のカカシを見て
何と言うのだろうかと、そんな風に思いを馳せたのだった。
まだ、ガイもオビトもアカデミーに居た頃である。
偶然に、演習場で稽古をしているカカシを見たのが最初だった。
三人の中忍を相手に怯む事無く立ち回っていた姿に強い衝撃を受けた。
自分と同年代の人間で、あそこまでの強さを持った者がいるなんて、と
当時のガイは信じられないものでも見るかのように眺めるだけだった。
その後お互いアカデミーを卒業し下忍となって、オビトがカカシと同じチームに
入ったと聞いた。
そこでもうひとつ驚いたのが、カカシはとっくの昔に、アカデミー時代に姿を見た
その頃には、既に中忍であったという事実だった。
まだ忍術も幻術もロクに使えなかったガイにとってそれは雲を掴むような話で、
正直な話、嘘だろう?と思ったものだ。
ならばその実力を体感してみれば早いとガイは前向きに考え、そして果敢にも
カカシに挑んでいったのだ。
結果は惨敗、それはもうコテンパンにのされた。
その時からだ、ガイにとってカカシの存在が大きく変わったのは。
勝手にライバルとか主張してはいるが、ガイにとってカカシは大きな目標となった。
オビトなどは無謀だなんて言ったけれど、それでもこればかりはガイにとって
変えようもない、譲れない大きな節目となったのだ。
事ある毎に勝負を挑んでくるガイに、呆れたような視線を向けつつもカカシは
律儀に応じてくれた。
「懲りないねぇ、ガイも」というカカシの言葉に、
「それが俺の取り得だからな!!」と親指を立てて答えたガイへと、
初めてカカシは笑みを向けた。
真っ向から自分を見てくれる相手が、漸く現れてくれたのだ。
実力の差なんてカカシにとってはどうでも良くて、敬意でも畏怖でも憧憬でもない目で
見てくれる、そんな人間が現れてくれたのだ。
それに気付いた時にカカシも大きく変わったのだと、彼を見ていた上司は知っている。
だからこそ、だったのかもしれない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
病院は苦手だ。
あの薬臭さがと静けさが何とも言えない。
自分だったら余計具合を悪くしてしまいそうだ、とそんな風に思って
ガイは足早に廊下を抜けた。
病室は前から聞いていたので知っている。
だが、見舞いに訪れた事は一度も無い。
それはガイ自身が病院を酷く嫌っていたというのと、カカシが怪我をするなんて、
という、何処かまだ現実を受け入れきれていないというのも理由のひとつだろう。
「カカシ、いるのか…?」
風通しを良くするためか開け放たれていた病室のドアから顔を覗かせて、
ガイが室内を覗き見た。
中は当然のように殺風景で、小さなサイドボードと白いベッドしか見当たらない。
寝込んでいる様子はなく、ただベッドに腰掛けたまま、カカシはぼんやりと
何も無い宙を見つめていた。
白い検査着、白い肌、左眼に巻かれた白い、包帯。
残っている右目だけが、どこか昏く濁っている。
「………カカシ……?」
まるで別人のような状態、そんな彼へと近付くことを躊躇っていると、
ふと彼の右目が自分を捉えた。
「……ガイ、か」
名を呼ばれたことに安堵の息を零して、ガイは奥へと踏み込んだ。
カカシの前に立ち、その姿をじっと見下ろす。
「調子はどうだ?」
「……うん、まぁ、それなりに」
「その左眼……どうしたんだ、怪我か?」
検査着から覗き見える腕にも足にも目立った外傷は見当たらない。
だからこそ、左眼に巻かれた痛々しい包帯が気に掛かったのだ。
それを指して言えば、カカシがふと口元に笑みを乗せた。
「ガイ、………オビトが、死んだよ」
どう考えても笑いながら言えるような言葉じゃない。
訝しげに眉を顰めてガイがカカシを窺い見るが、感情というものはひとつも
拾えやしなかった。
「ごめんな、俺のせいだ」
「俺はそんな事訊いてやしないだろう。
責めてるわけでもない。
俺はその、左眼の事を……、」
指先でその包帯に触れようとして、だがその手は。
「触るなッ!!」
強く乱暴に、叩き落されていた。
一瞬何が起こったのか分からず、ガイが自分の右手を押さえて立ち尽くす。
自嘲気味に笑うのも、左眼の件に触れるのを拒むのも、そこで異常に殺気立つ、のも。
どう考えたって、おかしい。
「……ふっ……ふふふ……」
右手をギュッと握り締めて、ガイが小さく肩を震わせ笑った。
驚いた表情を見せたのはカカシの方で、だがそんな彼に構うことも無く。
「何が何でも引っぺがしてやる!!」
袖を捲り上げてそう高らかに宣言すると、ガイは問答無用でカカシへと飛びかかった。
カカシの上体に乗り上げ押さえつけ、半ば引き千切るようにして剥ぎ取った
包帯の下から現れたのは、断ち切るかのように縦に斬られた切り傷。
その傷自体は治療が完了しているのだろう、傷跡のみで流血の後も何も無い。
けれどその瞼の下から現れた目を見て、ガイは息を呑んだ。
見た事がある、写輪眼というものだ。
うちはの一族のみが受け継ぐ血継限界というもので、当然ながらそれを持つのは
その一族だけとなる。
だが、カカシは『うちは』ではない。
それだけでなく、前の任務に出る前に会った時は、こんな目では無かった。
だから、それが意味するのは。
「………コントロールが効かないから、目を開けてるのが辛いんだよ。
だから包帯してたってワケ」
「その目は……オビトか?」
「うん、上忍に昇格したプレゼント、って。
………形見になっちゃったけど」
ああ、どうりで。
胸のつかえがストンと落ちた気がして、ガイがぎゅっとカカシの服を握り締めた。
どうりで、石碑の前に居ても違和感だけが生じる筈だ。
だってオビトは、あんな所には居なかったのだから。
「なんだ……なんだよ……」
ここに、いたのか。
ぱた、とカカシの頬を水滴が打つ。
それは次から次へと零れ落ちてきて、カカシが困ったような表情を見せた。
「………泣くなよ、ガイ」
泣かれると、どうして良いのか分からないから。
「煩い、ちょっとぐらい泣かせろ…っ」
捜していたものを、漸く見つけたのだから。
約束があった。
次の休暇の時には一緒に遊びに行こう。
新しく編み出した技を見てくれ。
写輪眼が使えるように特訓をするから、付き合ってくれ。
ほかにも色々、沢山の約束があった。
一緒に修行して強くなれるよう励ましあって、そうやって歩んできた、
友達、だった。
「………ごめんな、ガイ」
「謝るな!!」
「だって、俺の……せいだし」
「違う!!」
大きくかぶりを振って、ガイが否定を示す。
人の噂話は飛ぶように流れるもので、一連の出来事は自分にも伝わってきていた。
あれは、事故だ。
誰のせいでもない、ただオビトがカカシを庇った、それだけだ。
「カカシのせいじゃないし、俺もお前のせいだなんて絶対に言わない、
だからお前も、絶対に自分のせいにするな!!」
「……ムチャクチャだし、それ」
「そんなことはない!!」
「じゃあ、どうして泣くんだよ」
「…っ、」
「悲しいからじゃないの?悔しいからじゃないの?
………怒ってるからじゃ、ないの?」
カカシの静かな問い掛けに、口を噤んでガイが見下ろすように視線を向ける。
ぱた、と涙がカカシの頬を打ち、冷たい、と小さく呟く声が聞こえた。
まさか彼は、自分が泣いている理由が、そうだと言っているのだろうか。
だとすれば心外にも程がある。
「違う、カカシ」
「……じゃあ、何?」
「さっき、慰霊碑の所に行ってきた。
オビトの名前が、あったんだ」
「……うん、」
「だけど……俺はなんとなく違うって思ったんだ。
あそこにオビトは居ないような……そんな、気がして」
「…………。」
「そしたら…お前が、…………お前の、左眼が…さ。
なんていうか、オビトを見つけたような気がしたんだ」
グス、と鼻を啜る音と、嗚咽を堪えるかのように噛み締めた唇。
その双眸は真っ直ぐに左眼へと向けられていて。
「ばかやろう………別れぐらい、惜しませろ……」
怒りや悲しみなどではなくて、言い表すならば寂しさだろう。
大事な友人を無くしてポッカリ穴の開いた胸を晒しながら、きっと彼は
泣くべき場所を探していただけだった。
「ああ………そっか、」
納得した風に声を漏らすと、カカシがふと表情を和らげる。
「ごめんなぁ、ガイ」
「謝るなと言っただろう!!」
「そうじゃなくて、………気付かなくて、ごめん」
ぐいと腕を引っ張って引き寄せると、カカシは両腕でその身体を丸ごと抱き込む。
あやすように背を撫でると、堪えきれなかった嗚咽が耳に届く。
ぎゅっと腕に力を込めると胸の奥がじんわりと熱くなって、ほろりと右の目から
零れてきたのは随分昔に失くしたと思っていた、涙というものだった。
「………俺さぁ、思うんだけど、」
「…?」
「ガイがいてくれて、良かったなぁ」
「…………恥ずかしい事をサラっと言うな、バカ」
涙の残る目でにこりと笑んでみせると、ぶっきらぼうにそう言いながら、
ガイも泣き笑いを浮かべてみせた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
退院の手続きを済ませて、カカシは病院を後にした。
入り口に面した通りに出てとりあえず大きく伸びをする。
これで少なくとも、あの窮屈で消毒薬臭い部屋とはおさらばだ。
「カカシ!!」
頭上から声が聞こえてきたのでその方を振り仰ぐと、見慣れたおかっぱが
塀の上に仁王立ちになっていて、思わず笑ってしまった。
「何してんの、ガイ」
「退院するんだろう?
だから見舞いじゃなくて、迎えに来た」
「そりゃどうも」
「ところで、」
ストンと門から軽やかに飛び降りて、ガイがまじまじとカカシの姿を見遣る。
服装はもういつものに戻っていて、額あてもしているところを見ると
またすぐにでも任務を受けるつもりなのだろう。
そして額あての下は、前に見たままの包帯がまだ左眼に巻かれている。
「まだ包帯をしてるのか?」
「だって、何か覆うものが無いとつい目を開けて見ちゃうだろ?
前も言ったと思うけど、結構辛いんだよ、コレが」
うちはの一族と違って器用に出し入れできない分、見れば見ただけチャクラを使う。
これの疲労がまた思う以上に激しいのだ。
さすがは血継限界といったところか、一族でない自分には些か荷が重い。
「……だが、結構痛々しいぞ、包帯だと」
「怪我なんかしてないのにねぇ、怪我してるみたいに見える?」
「そうだな、如何にも弱ってるので狙って下さいと言わんばかりにな」
「………それも困るなぁ」
「お、そうだ!」
ポンと手を叩くと、ガイが包帯へと手を伸ばす。
結び目を解いて外していく様子を見ながら、呆れた声を上げたのはカカシだ。
「あのさぁガイ、俺の話って聞いてた?」
「ああ、もちろんだ!!」
「じゃあなんで外すの」
「こうすれば良いと思って、な」
くるくると包帯を巻き取って小さく丸めると、木ノ葉の印が入った額あてを
斜めに傾けて左眼を覆ってしまった。
「これなら辛くないだろう?」
「そ、そりゃ、そうだけど……」
「怪我してるなんて誰も思わないし、むしろ何か隠してるのでは?なんて
ちょっとミステリアスな空気まで醸し出す、まさに一石二鳥!!」
「……なんか言葉の使い方間違ってるような気もするけど……」
「ナウいぞ、カカシ!!」
「それが一番の不安なんですが…」
親指を立てて自慢気に宣言するガイへと不審な視線を送り、だが敢えてそれを
止めようとはせず、カカシは肩を竦めてみせた。
懐から鏡を取り出して一応自己確認だけはしておいたけれど。
「ま、いっか。
とはいえ折角の写輪眼なんだから、使えなきゃ意味が無いな…。
修行するから付き合えよな、ガイ」
家へと向かう道を歩きながらそう言えば、ほんの少しだけ驚いたように
目を見開いたガイが、すぐに大きく頷いて笑顔を覗かせた。
「もちろんだ!!」
少し離れた場所に、2人を眺めて小さく微笑む男が一人。
「ん!もう大丈夫だな…」
そう呟くと、男の姿は消えてしまった。
<終>
オビトとガイがお友達だったら、と仮定しまして出来上がったのがこんな話でした。
ガイとオビトは友達、カカシとオビトは仲間、じゃあ、ガイとカカシは…?みたいな。
そして見守る四代目。お父さんみたいですね。(笑)
ていうか、四代目って名前が分からないので表現に苦労しました。
だってこの段階ではまだ火影にはなってないだろうし。(汗)
しかし、カカシとガイの話は書き出すと長くなるのは何故…?
変なモン書いてスイマセン。(ペコペコ)