「おい、お前…!!」
「大丈夫ですよ、零。
このぐらいなら何とかなります」
よいしょ、と声を出しながら立ち上がると、伍號は視線を上官2人に向ける。
最初は何が何だか分からないままであったのだけれど、漸く理解できた。
この2人が夜半に自分の元へ訪れようとしていたのも、零號が余裕のない顔で
自分を手にかけようとしたのも。
全ては、取り返しのつかない傷を負ってしまった自分のせいだ。
<第8の話>
「………僕はもうお払い箱、という事でしょうか、先生?」
「伍號…」
「仰りたいことは分かりますけどね。
確かに今の僕じゃあロクに動けやしない、ただの足手纏いです。
そんな僕を殺すでなく生かそうとして下さった配慮も、分かっているつもりです。
だけど……、」
少し前の自分ならば、流れに任せて全てを受け入れていただろう。
傷を負ってしまったのだから仕方が無いと、生かすも殺すも好きにすればいいと。
なのに、どうしてか今はそうは思えない。
今は、ただ。
「やっぱり僕も、そんなのは嫌です」
真っ直ぐな視線でそう言い切った伍號を、驚いたような目でカカシとガイは見る。
今までずっと、この子の選択は「分かりました」か「どちらでも良いです」の
2種類だけしかなく、流れに身を任せるだけの子供は言われるままをこなし、
訪れるままの事柄を受け止めるだけだった。
任務を遂行するためにはあがけても、自分の命を守るためのそれはないのだ。
「………嫌なんだって、ガイ」
「意外だったな、そんな返事が来るとは思ってなかったぞ」
「どうすんの?」
「どうするって………」
問われて途方に暮れたような表情を浮かべたまま、ガイは唸りを上げた。
勿論、2人の意見を受け入れず強引に事を運ぶことだって、自分達2人ならば
できるだろう。
けれどそれが判断として正しいのかどうかといえば、疑問が残る。
「……先生、僕の怪我は時間がかかるけど治らないわけじゃないって聞きました。
だったら僕は、できるだけのことをやってみたいです。
従者も姫も待っててくれるって言ってくれましたし………それに、」
表と裏の顔を使い分けて思い知ったことがある。
すぐ隣に立つ零號の顔を見上げて、見返してきたその眼光の鋭さに伍號は
満足そうに目を細めた。
やはり自分の居るべき世界は、あの日の当たる明るい場所なんかじゃない。
もちろんあの場所だって、居たら居たで良いものだと思いはするが、
生きるべき所かと問われれば自分はNOと答えるだろう。
「……僕は、零と一緒に生きてみたい、です」
驚いた表情を見せたのは、カカシでもガイでもなく、零號本人だった。
何か言いたそうに口を開いたが、結局は何ひとつ言葉にならず、零號は
俯いて僅かに唇を噛んだ。
自分の性格というか、生まれ持った性質を零號はそれなりに自身で正しく
把握している。
何事も生かすか殺すかの二択でしか判断のできない自分は、周囲から見ると
ただの殺戮機械であり、言わば厄介者そのものだ。
それでも零號自身を周囲が生かそうとするのは、偏に弐號の存在と、
過去に起こった忌まわしい事件の罪悪感からでしかない。
そんな状況をよく分かっていたから、零號は自身の存在意義など無いものと
理解していた。
自分がどう生きたいか、ではない。
周囲が自分の存在など本当は必要としていない、その事実を知っていたのだ。
「……お前、自分が何言ってんのか、分かってんのかよ……」
掠れた声で漏れた呟きを聞いて、伍號は何を今更といった表情で眉根を寄せて
零號を見遣る。
「当たり前ですよ。僕は自分の言葉にぐらい責任を持ちます」
「なんで…」
「だったらどうして、零は僕を連れ出したんですか」
「…………。」
「僕の勝手な思い込みでしたか?」
「だって……俺、」
強く握り締められていた拳をやんわりと取って、伍號はにこりと人懐っこい
笑顔を覗かせる。
そんな笑い方もできたのかと、零號は思わず目を瞠った。
「大丈夫ですよ、君は僕を殺さないと言いました。
……だから、大丈夫なんです」
「…………。」
口を噤んで、零號はじっと伍號へと目を向ける。
身体の奥の方に潜んでいたささくれ立った何かが、少しずつ静寂を取り戻していく。
知っているのだ、自分のことぐらい。
何かを壊すしかできない己の手でも、何かを護ろうとすることができるのだろうか。
大切に、優しく。なんてやった事が無ければ、そうしたいと思った事も無かったのだ。
けれどそれでも、あの時伍號の首に手を伸ばした自分は、その先を躊躇った。
ほんの少し力を込めれば簡単に折れただろうに、そうしなかったのは何故か。
答えなど、単純だ。
「………俺、お前と一緒に居たいんだ」
それは、叶わぬ願いなのだろうか?
<続>
終わりが見えてきました…!!(感涙)
なれそめとして書き始めた話が、まさかこんなに長くなるとは…。
とりあえずあと1本ですかね。
カカシとガイの采配や如何に?みたいな。(笑)