硝子の割れる音が聞こえて、反射的に走り出していた。
病室のドアを開け放ち飛び込んでみると、視界に入ったのは
割られた窓ガラスの残骸、風に揺れるカーテン、そして
もぬけの殻になった、ベッドだった。
<第7の話>
自分達2人を相手に逃げきれるなんて最初から考えてやいないのだろう。
気配を追って走れば、演習場の向こうに広がる森の中へと入り、
そうして先を行く2人分の気配は止まった。
少し距離を置いたところで足を止め、カカシとガイの2人が顔を見合わせる。
「さて……どういう事かな、これは」
「それを俺に訊くのは間違っていると思うが」
「だろうな、うん」
「……行くか」
頭を掻いて肩を竦めるカカシにそう言って、ガイは気配が止まった場所へと
向かって歩き出した。
感じた2人分の気配のうち、ひとつは間違い無く病室の住人になっていた
伍號のはずだ。
だが、もう片方の気配も不思議と見知った感覚で、それがまた奇妙な気がして
しょうがない。
朱いチャクラを纏った少年は、伍號を殺したがっていたはずだ。
なのに今、あの子供は伍號を連れて逃げている。
伍號の方は先日の試験の時の怪我で身動きもままならない。
逃げるとするなら零號が抱えていくしかないのだ。
「全く……本当に、どういう事なんだろうな、これは」
「ガイさぁ………俺に訊くのは間違ってるよね?」
「すまん」
先程の自分と同じような返答をカカシがするのに、ガイは小さく謝罪する。
とにもかくにも、この2人にとって現在の状況は不思議というか、とても奇妙に
映っていたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
自分以外の誰かに殺されることも我慢ならなかったが、全てを忘れることも
許せないと思った。
全てを忘れて太陽の下に戻った伍號は、きっと自分が存在している事すらも
記憶の片隅に置くことなく、日々を暮らしてゆくのだろう。
表向き、接触は可能かもしれない。
けれどそれはもう『伍號』と『零號』ではないのだ。
表面上のうずまきナルトは、自分であって自分でない。
同時に、全てを失くした彼も、もはや伍號ではない。
「忘れさせたりなんか、絶対にしねぇってばよ」
抱えていた伍號を地面の上に下ろすと、零號はゆっくりと後ろを振り返った。
そこに立っているのは2人の上官だ。
「……やれやれ、ヤンチャが過ぎるぞ、零號」
「まったくだな。
連れて逃げて、一体どうしようっていうんだ」
「逃げ切れるなんて最初っから考えちゃいねーよ。
ただ……此処でなら、」
ぽつりと呟くように答えた零號の体から、朱いチャクラが滲み出る。
それはゆらりと蜃気楼のように立ち上って。
「………俺達とやり合うって言うのか?」
「よせよせ、そんな無駄な事」
余裕の表情を崩さないカカシとガイが、そう口々に言いながら
お互いに顔を見合わせた。
次に発した言葉は、同時。
「「 お前じゃ俺達には勝てないよ。 」」
そんな事は百も承知だ。
過去に何度も命を狙って、その度に返り打ちにされてきたのだから。
けれど、それでも譲れないものはあるんだ。
例えば後ろの、自分が唯一認めた存在、だとか。
「俺らの話を聞いていたのは知ってるよ。
……どうして伍號を連れて逃げた?」
「さっきも言ったじゃんかよ。
コイツの記憶を奪うなんて、絶対に許さねぇ」
「………分からんな。
身体が不自由なままではこれから先の過酷な任務に
耐えられるわけがない。
だが一度この世界に足を踏み込んだ以上、それじゃ仕方無いなと
簡単に放り出すわけにはいかんのだ。
口を封じるため命を奪うでなく、記憶を奪って生かそうというのに、
どうしてお前はそれすらも拒むんだ?」
眉を顰めて理解できんと首を傾げるガイに、零號はぎゅっと唇を
噛み締めた。
くだらない戯れ言を吐けば、きっとガイは自分を殴るだろう。
それとも、やはり理解できないと首を傾げるのかもしれない。
逡巡していると後ろから腕をぐっと掴まれて、驚いたように目を向ければ、
零號の腕を支えにしてゆっくりと立ち上がろうとする伍號の姿があった。
<続>
やっぱりつかなかった。(笑)
次がちょっと長くなりそうなので、短めですがココで一旦一区切り。
何かが足りていないのは、決して零號と伍號だけじゃなくて、
きっとカカシやガイも何か足りてないような、そんな気がしました。