自分が殺そうと決めた相手は、誰であろうと必ず殺した。
殺そうと決めて、そうできなかったのは、たったの3人。
それは力の差じゃない、もっと気分的なものだった。

 

おかしい、こんな筈じゃなかったのに。

 

その3人は、今でもこんなに自分を追い詰めている。

 

 

 

 

<第6の話>

 

 

 

 

「………そんな弱い力じゃ、僕は殺れませんよ」
「分かってるってばよ」
「殺すんじゃなかったんですか?」
「…………。」
静かに問い掛けてくる伍號の声に、知らず零號の口元から舌打ちが漏れた。
分かってるんだ、そんな事は。
なのにどうしてかこれ以上手に力が入らない。
己の指先はまだ、伍號の喉元に緩く食い込んだままだ。

 

 

 

 

 

 

そうと決めたのは、カカシとガイが話している言葉を聞いた時だった。
手足を潰された伍號の復帰は難しい。
難解な手術をこなしたとしても、今までのように動けるかどうか疑問が残る。
だが、世間に知られていないこの軍の存在を知る人間を、日の光の下に
解放して良いかどうかと問われれば、答えは否だ。
取れる方法は限られていた。
ひとつは、口封じとしてその命を奪う。
もしくは、強い暗示の術をかけて、全てを忘却させる。
何もかもを忘れた状態であれば、一般人として解放してやる事もできるだろう。
こんな事で命を取るようなことはしたくない、ギリギリの妥協案。

 

その話を聞いてしまった時、自分はどう思っただろうか。

もう忘れてしまったけれど、行かなければ、と強く感じた。

 

 

 

 

 

 

首に手をかけられて数分がそのまま過ぎた。
今の自分に抵抗する術は持たないのだから、殺るなら今しかないのに。
客観的にそう考えながら伍號は零號の顔を見つめる。
少し前に対峙した時は、彼はこんな顔なんてしなかった。
こんな、今にも泣き出しそうな顔なんて。
「……らしくないですよ、零」
「らしくないなんて何で言えんだよ。
 お前が俺の何を知ってんだ」
「いえ……まだ零の事は全然知りませんよ。
 だけど今、すごく辛いんだろうなって事ぐらいは…、
 顔を見れば分かります」
苦笑混じりにそう答えると、全く言うことの聞かない左手に
胸中で叱咤しながらも、動く右手を零へと伸ばす。

 

「殺したいのに殺せない、そんな顔してますね」

 

殺ると決めた相手は絶対殺すんじゃないんですか?
そう言いながら、でも、と伍號は続けて僅かに双眸を細めた。
「どうしてか、僕はそんな零を見てホッとしてるみたいです」
決して自分の命が助かったからというわけではない。
元々自分の命すらどうでも良いと思っているのだ、いつ何処で
誰に殺されようが、成り行きでそうなるのなら仕方無いとは
思っている。
もちろんタダで殺されてやるつもりはない、殺戮者には報復を。
そうしていたら、結果的に自分の方が強くてなんだかんだで
今まで生き残ってきた。
別に、誰が何処でどうなろうが、知った事じゃなかった。
ここへきて、もっと知りたいと思うような相手と出会うなんて。
それこそ、ほんの少しも考えてなどいなかったのだ。
「殺したかったら、殺したってイイんですよ。
 でも、その前にひとつ……訊いてもいいですか?」
「……何だよ」
「前に、殺そうと決めて殺せなかった奴が、僕で3人目だと言いましたよね。
 あとの2人って……、」
伍號の口は最後まで紡がれることなく途中で区切られる。
両目が大きく見開かれたのは、驚きのためだ。
気がつけば喉元を掴んでいた手はなくなっていて、その手は今自分の肩を
ベッドに押さえつけるように置かれていた。
唇に感じる感触は、勘違いではないのだろう。
だって、こんなにも距離が近い。
「…………零、」
何度か啄むように唇を合わせていた零號は、感じ取った気配に少しだけ
体を離した。
視線を送れば伍號も察知したのだろう、目を病室のドアの向こうへと
向けている。

「どうする?」

耳元で小さく囁かれた声に少しだけ身を震わせた伍號は、じっと窺うように
零號の目を覗き込んだ。
真っ直ぐに向けられる目から殺気は感じない。
きっと自分が望めば、零號は言う通りにしてくれるのだろう。
どうしてこうなったのかは、色んな事が混沌としていてハッキリしていないけれど、
とにかく今、自分は彼と一緒に行きたいと思ってしまった。

 

「僕も、連れて行って下さい」

 

ぎゅっと自由な右腕だけを零號の首に回し懇願する。
抱きつくような形だったそれを、零號はすぐに体勢を変えて伍號の体を横ざまに
抱え上げた。
布団の中から出てきたギプスで覆われた左足が痛々しい。
「じゃ、行くってばよ!!」
窓ブチ破んぞ、という言葉に頷いてしがみ付くと、すぐ耳元で大きく硝子の
割れるような音が響き渡った。

 

 

 

 

夜の闇を走りながら言った零號の言葉を、きっと忘れることはないだろう。

 

「お前はもう、殺さない」

 

小さな声で呟くように言われたそれに、また自分は彼の気まぐれで生かされて
しまったのだという事を思い知った。
そしてもうひとつ、さっきの質問の答えだけど、と言った零號は、少しだけ
言い難そうにしてから、渋々、といった様子で答えてくれた。

「あとの2人は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の病院、あんな深夜に廊下を歩くなんてよっぽどの酔狂かよっぽどの事情か。
あの2人に関して言えば酔狂もまた納得のいく理由かもしれないが、恐らく
後者の方だろう。
きっと彼らは自分達を追ってくるだろう。
今でもほら、少し離れた所を確実について来る2人分の気配がある。
身に馴染んだ、見知った相手。

(……捕まったら怒られるかなぁ……怒られるんだろうなぁ)

零號にしがみ付いたままで、伍號はそう考え短い嘆息を零した。

 

 

 

 

2つの気配が自分達を追ってくる。

零號が殺せなかったという、カカシとガイの両名が。

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

話はなんだか自分でも想像していなかった方向へ。(笑)

そして結局やっぱりピンチ。

 

中忍試験絡みは次の話でケリがつけばいいなぁ。

つくかなぁ。無理かもなぁ。(遠い目)