<第2の話>

 

 

 

 

『伍號、聞こえる?』
「…姫?どうしたんですか?」
森の中を捜索対象を捜して歩いていると、突然無線機から声が発した。
少女の声が静かな木立の中に響く。
『伍號の近くにいるから、気をつけて』
「………見えますか?」
『うん、見えてる。従者も見えてる筈よ。
 朱いチャクラは………よく、目立つから』
「そうみたいですね」
足を止めて、伍號は周囲に視線を走らせた。
突き刺すような殺気が、少し前から消えていない。
自分はチャクラの色なんて分からないけれど、これだけあからさまに
殺意をみせられたら、嫌でも分かってしまう。
『伍號、何を考えているか知らないが…、
 深追いはするなと言われただろう』
「……従者、聞いてましたか」
『俺も姫もすぐに行くから少し待っていろ』
「いや、それがですね。
 もうすぐそこに居るわけなんですよね、零が」
『なに…?』
「とにかくお喋りはここまで、です」
そう告げると伍號は無線機のスイッチから手を離して、振り返った先に
立っている人間を見遣った。
自分と同じ黒装束、そして仮面。
見たことの無い相手であったが、相手から発される殺気は間違い無く
自分に向けられているものだ。
さすがにこの距離で勘違いはしない。
ふぅ、と吐息を零して伍號は軽く準備体操のように腕を回した。

 

「深追いするなと言われても……、
 こう、相手が攻撃してくる気まんまんですと、」

 

やるしかないじゃあないですか。
そう仮面の内側で呟きを漏らしたと同時に、目の前の相手が自分に向かって
飛び出してきた。

 

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

牽制のつもりで投げた手裏剣はあっさりと相手に躱された。
仕方が無い、と印を結んで、伍號は大地に手をつける。
途端に彼の目の前の土が盛り上がり、壁ができた。
だが、その壁すらも。
「な…ッ!?」
ほんの一瞬だった。
相手の朱いチャクラを纏った拳が、強引に突き破ってきたのだ。
慌てて間合いを取ろうとしても相手はそれを許さない、だが次の
印を結んでいる暇もない。
伍號はぐっと拳を握り締めて、後ろに下がっていた足を大きく
前へと踏み出した。
「……へぇ、」
向かってくる気になったのか、と楽しそうな声が聞こえた。
その声はまだ幼さを残している。
同い年か、もしくは自分よりも年下かもしれない、そう考えて
伍號は小さく舌打ちを零した。
体術なら自信がある、このまま一気に勢いで押して、取り押さえて
しまうしかない。
「行きますよ!」
体術といっても力技ではなく、どちらかといえばスピードだ。
相手が追いつけない速さで攻撃を仕掛け、捕らえれば。

「発想は良いんだけど、残念だってばよ」

直後、蹴りを繰り出し掠めた足から血が吹き出した。
相手の攻撃を受け止めようと出した、腕からも。
「……ッ!?」
思わず息を呑んで、そこで伍號は動きを止めた。
大きく後ろに跳んで、対峙する。
「どうして僕の体から…?」
「知りてぇか?」
「……気にはなります」
正直に首を縦に振ると、ケタケタと目の前の少年は笑い声をあげた。
一頻り笑ったあとに、ひょいと無造作に肩を竦めてみせて。
「どうって事はねぇよ。
 今、俺の全身からは常にチャクラが溢れてる状態でさ。
 触るとその溢れたチャクラで切れるんだ、そんだけだってばよ」
「切れる…?
 そんな、バカな……」
「んなこたねぇよ、カカシ先生の雷切だって切れんだろ?」
「あ、そうか………そういうことですか…」
「だからお前は、俺に一切の攻撃ができねぇ。
 そんでもって……」
しまった、と思った時にはもう遅い。
首筋に突きつけられたクナイへ目を向けて、伍號は少しだけ目を見開いた。

 

 

「どう転んだって、お前は俺に嬲り殺される運命なんだよ」

 

 

これではもはや、為す術は無い。
そう考えて、伍號は素直に負けを認めた。
けれど、ひとつどうしても気になることがある。
「少しだけ、質問させて下さい」
「なんだよ」
「キミは、零號で間違いありませんか?」
「……そうだな」
「不思議に思っている事があるんです。
 キミはどうして………忍者ばかりを殺すんですか?」
カカシからいくつか聞いた、過去に零號がしでかした惨劇の数々。
だがそれらは全て木ノ葉の忍が対象だった。
何故だか彼は一般の無関係な人間を狙うでなく、忍ばかりを選んで殺す。
その理由を訊ねてみても、カカシは話をはぐらかすだけで答えては
くれなかった。
「キミは、この世界とは無関係の人々を狙ったことがありません。
 何か理由があるんでしょうか?」
「なんだ、そんな事か」
くっと喉の奥で低く笑って、零號は何でもない風に答えた。
「俺は忍ってのが大っっっ嫌いなんだよ。
 たぶん、それが理由だ」
「それがって……ならどうしてキミは【朱】に属しているんですか?」
「…………俺は元から忍者になんかなる気は無かったんだ。
 それなのに、人の体ン中に勝手に九尾を封印した馬鹿共が
 俺を無理矢理こんなトコロに押し込みやがったんだってばよ」
「ああ、だから脱走なんですか」
漸く納得がいって、伍號はこくりと頷いた。
恐らく、上層部が監視をよりし易くするためなのだろうという事は
想像に容易い。
そして、それを厭う零號が逃げ出そうとするのも、阻もうとする忍を
殺してしまうのも、嫌いだからと忍ばかり敵意を燃やし手にかけるのも、
行動に対する是非はともかく納得はできる。
零號を動かすのは恨みや憎しみ、といったものなのだろうか。
「では、僕も忍だから殺されるってわけですね」
「そういうこった。
 しかしお前ってば……変なヤツだな。
 クナイがあるとはいえ、こんな状態で長々と喋ってやってるってのに、
 逃げようとすらしねぇもんな。呑気なヤツ」
「そうですか?
 まぁ、僕の負けには間違いないですし、それも仕方ないかなと」
「なんだそりゃ。………まぁ、いいけど。
 【朱】のこと知ってるってことは……お前、軍のヤツだろ?
 何番目だ?」
「……5番目、です」
「伍號か、覚えといてやるぜ」
「それは光栄です。
 …………でも、」
その必要も無さそうですね、と囁いた伍號の声と、背後から
零號の首元にも同じようにクナイの刃先が当てられたのは
同時だった。

 

 

「そこまでだ。」

 

 

全く気配を感じさせなかったその所作に、零號の頬を汗が流れ落ちる。
いつの間に、こんなに近くに居たのか。
「…………どうも、」
「どうもじゃないでしょ、伍號。
 深追い禁物って言っただろう」
「いやぁ、豪快に負けちゃいました」
「まったく……」
ふぅ、と吐息を零して白銀の髪を掻きながら、カカシは零號の手から
クナイを取り上げる。
襟首を掴んで伍號から引き離すと、手元にあった無線機でガイを呼び寄せた。
「ほんっと、お前ときたら……毎度毎度、逃げ出してどうするつもりなんだ」
「どうもしねぇってば。
 気の済むまで殺しまくって、後の事なら弐號の任せる」
「お前ってヤツは……」
がっくりと肩を落として、カカシが深い深い吐息を零した。
「いい加減にしないと、その内どこかの戦場に放り出すぞ」
「そこにいるヤツ全員殺していいんなら、喜んで」
「………ガイ、頼むから早く来て」
自分に零號は手に負えない。
だから監視役を兼ねてこの部隊に配置された時、カカシはガイに零號の面倒を
押し付けてしまった。
徹底的に合わないのだ、そんな事は初めて会った時から分かっていた。
なんだかんだでガイは零號と上手くやっている、今度そのコツを聞いてみたいものだ。

 

 

 

 

 

 

「伍號!」
「よかった、生きてた!
 絶対もうダメだって思ったのに!!」
「……あのね…」
次に到着したのは四號と六號だ。
六號なんかはさらりととんでもない発言をしてくれている。
けれど「よかった生きてた」と何度も繰り返して伍號にしがみつき泣いているところを
見る限りでは、その発言自体に悪気は全くないようだ。
困ったような吐息を零して六號の頭を撫でつつ伍號が宥めていると、その後頭部を
ごつりと拳がぶつかった。
目を向ければ、腕を組んで仁王立ちしている四號の姿。
「何するんですか、従者」
「姫を泣かせた罰だ」
「僕のせいじゃありませんよ」
「どの口でそんな事を言う。
 だから……深追いするなと言っただろう」
「………ごめんなさい」
どうやら心配させてしまったらしい。
そういえば戦っている間も無線から色々声が聞こえていたような気がするが、
自分がそれに対して返事したことは結局一度もなかった。
「死んだと思いましたか?」
「まぁな」
「ハッキリ言いますね」
「生きていて驚いたぐらいだ」
「まぁ………運が良かったんでしょう」
零號が自分の問いに答えてくれる事が無かったら、きっとカカシが間に合うことも
なかっただろう。
そう考えると、なんとなく零號の気まぐれが自分を生かしたような気がする。
妙に可笑しくなって、伍號は仮面の内側で小さく笑いを零していた。

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

ううむ…仮面ってのが邪魔して表情描写がしにくいなぁ…。
こういう類の話は、書き出してから色々と設定が増えたり変わったり
するのが厄介だと思います。
いつの間にカカシ先生は零號に苦手意識持ってしまったんだろう…。(汗)

とりあえず、前フリの話は次で最後。頑張ります。