未来への目標を問うた時、その少女は手を挙げてこう言った。

 

『綱手さまみたいな、強い忍者になりたいなぁ!』

 

あの時の少女の顔は、これから先の道に期待を込めた、とても輝いた
笑顔だった。
あれから幾ばくかの時が過ぎ、そして今。

 

 

 

< Challenger. >

 

 

 

 

 

 

「いたか、リー?」
「いえ…見つかりませんでした。
 何処に行ったんでしょう……。
 ネジ、何か分かりましたか!?」
里の中で彼女の行きそうな思い当たる場所は全て回った。
それでも見つからないのだ。
テンテンが姿を消したのは、半日ほど前の事だ。
同じ班の仲間とはいえ、常日頃からずっと一緒に行動しているわけではない。
普段なら、一人足りないぐらいそう騒ぐことも無く過ぎるのだが、
任務のための召集がかかっても、彼女は現れなかったのだ。
こうなると話は変わってくる。
男3人手分けしてあちこち駆けずり回ったが、依然としてテンテンの行方は
分からない。
ネジが白眼を使い辺りを探っているのだが、例えば人通りの多い街の
中心などにいたら、見つけるのは至難の業だろう。
「一体どうしたんでしょう……テンテン、今までこんな事無かったのに…」
心配そうに眉根を下げて呟くリーの頭を軽く撫でると、ガイも困ったように
首を傾げた。
「最後に会ったのは……演習場だったな」
「ああ……そうだ。
 俺とリーが、貴方を相手に組手をしていた」
思い出すようにしながらネジがそう答えると、体の向きを変えて
さっきまで見ていた方とは逆へと視線を向ける。
どうやら今見ていた方向には居なかったらしい。
ネジの言葉を聞いて、そうでした、とリーも頷いた。
「テンテンが見ていたので、一緒に混ざったらどうですか?と
 僕、言ったんですよ。
 そしたら、今はいい……って。
 後は気が付いたら、居なくなってました」
「てっきり用事でもあったのかと思っていたんだがな……、
 任務の連絡があっても来ないとなると、さすがに心配……ん?」
ぐるりと目を見回すように送っていたネジが、ある一点で目を止めた。
周りの景色を確認するかのように見て。
「………ガイ、」
「ん?」
「ちょっと、いいか」
「なんだ……って、おいコラ、ネジ!?」
「いいから」
言うなりガイの腕を取って、ネジは急ぎ足でその場から離れる。
ご丁寧にリーにはそこで待っていろという言葉を残して。
こくりと首を傾けたままリーが見ていると、少し言葉を交わした後、
ガイは何処かへ消え、ネジはまたリーの元まで戻って来た。
「ネジ、ガイ先生はどうしたんです?」
「……テンテンを迎えに行った。
 俺達は正門で待っていろ、だと」
「テンテン、見つかったんですか!?」
「……まぁな。後はガイが何とかするだろう。
 ほら、行くぞリー」
「は、はい」
促されて、リーは慌ててネジの後を追う。
結局テンテンが何処に居たのかとか、何故来ないのかとか、いろいろと
聞きそびれてリーは少しだけ表情を歪めたのだけれど。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

実際、こんな所に居るなんて全く予想もしていなくて、捜していないといえば
いないし、ネジに言われるまで考えてすらいなかった。

「こんな所に居たのか、テンテン………捜したんだぞ」

思わず足を止めて、ガイが小さく吐息を零す。
ガイの自宅、玄関のドアの前に蹲るようにして、テンテンは座り込んでいた。
手にはしっかりと任務の呼び出しのために送った指令書が握られていたから、
集合がかかっていた事は恐らく知っているのだろう。
それでも来なかったのには、何か理由があるのだろうか。
此処に居たって、実際のところガイは寝る時ぐらいしか戻らないので、
会えるのはいつになっていたか分からない。
万が一テンテンを置いて任務に出てしまっていたら、この子はどうしていたのだろうか。
「どうしたんだ、テンテン。
 任務のお達しは届いたんだろう?」
膝を抱えて蹲っているテンテンは、顔を伏せたままこくりと首を縦に振る。
その向かいに膝をつくと、ガイはそっとテンテンの頭に手を置いた。
「体調が悪いのか?」
「…………。」
「それとも怪我か」
「…………違う。違うの…」
か細く、それでも確かに聞こえたテンテンの声に、ガイがほっとため息をついた。
「何かあったのか?」
「…………私、」
どこか思いつめた様子で重く口を開く少女の、言葉が続くのを持っていると。

 

「私………もう、強くなれないのかなぁ……?」

 

リーやネジがガイと組手をしているのを見て、そう思った。
今の自分はもう、最初は誰からも見放されていた、あのリーにすら及ばない。
ネジの強さも底が全く見えなくて、会う度にどんどん強くなっていくのを知って、
気が付けば置いてけぼりにされている自分がいた。
彼らと修行を共にして、自分だってそれなりに強くなっていると思っていたが、
あの中忍試験、相手に傷ひとつつける事無く負けてしまった己自身が、余計と
その気持ちを強くさせた。

 

「テンテン……」
「……分かんなくなっちゃったんです。
 リーに一緒に組手をしないかって誘われた時……私、うんって言えなかった。
 だって、私のレベルじゃもう中に入ったって上手く立ち回れないもの」
「アイツらだって、ちゃんと加減は…」
「手加減されるのは、もっと嫌なの!!」
がばっと顔を上げて強く言うテンテンの顔を、吃驚したような表情で
ガイが見つめる。
もしかしたら泣いたのだろうか、彼女の瞼は少しばかり腫れていた。
強く言い切ったものの、また沈んだ顔でテンテンは俯く。
「………きっとね、才能無いんだ、私」
「ふむ……」
しょんぼりと呟くテンテンの声に、少し考えるようにしていたガイは
ゆっくりと立ち上がった。
そして彼女の腕を取り、引っ張り上げる。
「テンテン、ちょっとついて来い」
「え…?」
唐突な言葉に呆気に取られた様子のテンテンだが、構わずガイは腕を掴んだまま
外へ向かって歩き出した。
ついて行くしか無いテンテンが、不安そうに眉根を寄せる。
あまりこういった泣き言を言った事が無い、もしかして怒ったのかと思って。

 

 

 

 

 

 

つれて来られた場所は、初めてガイと会った場所でもあるアカデミーのテラス。
あの日、此処でガイに問われたのだ。
『目指すものは何か?』と。
「………ここ…」
「まぁ、そこに座りなさい、テンテン」
言ってガイが指した先は、あの日自分が座ったところと同じ場所だった。
言われるままに腰を下ろすと、少しあちこちに視線を向けたガイは、やがて
あの日と同じ場所に立った。
あれから1年以上が経つ。
初めて出会ったあの時と比べると、彼女も少し背が伸び、女の子らしくなった。
きっと沢山の出来事を乗り越えて身体だけでなく精神的にも大人になった筈だ。
だからこその、悩みだろう。
「初めてお前達を見た時になぁ……俺は、なんて才能に溢れた子供達なのだろうと
 正直嬉しかった。
 ネジも、リーも……そして、テンテン。お前もだ」
「私も…?」
「ネジなんかは、リーを才能が無いなんて言っていたけどな。
 俺には3人とも……綺麗な宝石のように見えた」
数ある試練を越えて、この場所に3人はやってきた。
それだけで、もう彼らには才能が無いなんて言えやしない。
本人には決して言った事など無いし、これから先も言うつもりなんて毛頭無いが、
リーのあの体術のセンスは天賦のものだと思う。
確かに努力も根性も修行も大切だが、がむしゃらに修行をしてああなれるのかと
問われれば、答えは否だ。
ネジは言わずもがな、そしてテンテンだって。

 

「……お前にも才能はちゃんとある。
 ただ、その使い方をまだ理解していない、それだけなんだ」

 

テンテンの技の本分は、ネジやリーのような体術ではない。
口寄せをする能力、つまりは忍術だ。
己の才の在り処を履き違えて、体術なんかで張り合おうとするから
劣等感しか見えなくなるのだ。
「テンテン、大丈夫だ。
 お前はまだ………強くなれる」
「本当に…?」
「もちろんだ、俺の目に間違いはない!!」
右手を突き出してぐっと親指を立てると、ガイはそう言って笑顔を見せた。
ほんの少し、テンテンの強張っていた表情が緩んできたような気がする。
「どうすればいいかは、これから一緒に考えよう。
 まずは……自分の力を信じなさい」
「自分の力を…」
中忍試験での敗北は、テンテンにとってとてもショックな出来事だった。
けれど僅かに、見えた気がする。
負けたことによって、新しく示される道もあるのだ。
きっと、そうやって皆強くなっていく。
諦めさえしなければ、歩くことさえやめなければ。
「テンテン、」
「……え?」
じっと己の掌を見つめていたテンテンが、ガイの声に顔を上げた。
彼はあの時と同じ場所で、真っ直ぐに自分に目を向けていて。

 

 

「お前の目指すものを、もう一度聞いてみたい」

 

 

その目が今にも人を殺めそうな色をしていて、重いプレッシャーを感じた
テンテンは再び自分の手に視線を落とした。
求められているのは、あの頃のような子供の夢なんかじゃない。
死んでも叶えるんだという、決死の覚悟。
「私…、」
ぐ、と膝の上で拳を握り締めて、大きく深呼吸をするとテンテンは顔を上げて
真っ直ぐにガイを見詰めた。

 

 

「私………強くなりたい。
 誰にも負けないぐらい、強くなりたい。」

 

 

瞬間、周りの空気が緩んで、脱力したテンテンは背凭れに身を預けた。
プレッシャーから解放されたのだ。
その傍へやってきたガイは、心底嬉しそうな笑顔を見せてテンテンの頭に
手を伸ばすと、くしゃくしゃに撫で回す。
「ははは!!大丈夫だテンテン、お前ならきっと強くなる!!」
「きゃっ、ちょ、止めて下さい先生!!
 髪がぐちゃぐちゃになっちゃうじゃない!!」
「あ、す、すまん!!」
すっかりぼさぼさになってしまった髪の毛を整えながら、もう、と頬を膨らませる
テンテンに、やはり女の子は勝手が分からんな、とガイは困ったように頭を掻いた。
「さぁ、行きましょう先生、任務なんでしょう?」
「ん?………ああ、そういえば正門で2人を待たせていたんだった。
 超特急で向かうぞ、テンテン!!」
「はーい」
待たせてしまったのは自分のせいだ、仕方なく素直に頷いてみせると、
テンテンはガイの服の裾を指先で摘んで引っ張る。
「どうした?」
「あの………ありがとう、ガイ先生。
 それと、ごめんなさい」
「………謝るのは、ネジとリーにな。
 ずいぶんと心配していたぞ」
「……はい」
言って、はにかんだ笑顔を見せたテンテンに、ガイはもう一度笑って今度は
優しくその頭を撫でてやったのだった。

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

イメージするなら、

ガイとリー=師匠と弟子
ガイとネジ=上司と部下
ガイとテンテン=先生と生徒

自分の中ではそんな位置付けなのかなぁとか思いました。
さりげなーくガイテンっぽい風が吹いていたとすれば、きっと気のせいではないかと。
というか、書いててぶっちゃけ「ガイテンってアリかも…」とか思ったよ。
いやいやいや、本命はやっぱりカカガイなんですけどね。
ガイって誰と絡めてもオイシイから困る。(笑)

…いっそ、ホントに女の子の悩みにしようかなぁと思ったんですが、
考えれば考えるほど話が一向に進まなくなりそうなのでヤメました。(笑)
自分的にはテンテンちゃんも強い子ってイメージがあるので、そんな具合で。
ナルトの女性キャラって、みんな強いよね?

 

20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「テンテンとガイ先生のほのぼの話。
 ガイの目がいきがちなリーやネジを羨ましく思うテンテン」、任務完了。
すいません、結局あんましリク内容に添えてないような……。(滝汗)
全然羨ましく思ってないし!!ほのぼの……なのかな、コレ。
ともあれ、リクエストありがとうございました!!