<The changing world flows.>
それから暫くの時間が過ぎ、夕暮れ頃になってやってきたのはカカシである。
別に特に何か用があったわけではないが、任務が無ければ里のあちこちに出没
しているか、上忍待機所でくだらない話に花を咲かせているかしている筈の男を
今日は一度も目にしていない。
演習場に居たリー達に訊ねてみたところ、今日は来ていないという。
これはまた珍しいこともあるもんだとは思ったが、どうせ彼のことだ、
部屋で延々と筋トレでもしてるのだろう。
そう思って何とはなしに彼の部屋を覗いたのだが。
「おーい、ガイ、いるか?
……って、アレ!?」
鍵のかかっていないドアをまるで自分の部屋のように開け放ち、中を覗いて
カカシの目は丸くなった。
「よう、カカシじゃないか。
なに突っ立ってるんだ、入ればいいだろう?」
「いや、まぁ……そりゃそうなんだけど……何事、コレ?」
「何事って……俺が飯食っちゃいかんのか」
「俺が言いたいのはそこじゃないんだけど」
時間を考えれば珍しくも無い光景なのだが、同じテーブルについて黙々と
現在進行形で食べ続けている少年は、どう見てもガイ班の子じゃない。
「何があったわけ?」
「別に大した事はない。
ただ……頼まれて一週間ほど預かったんだ」
「預かった…?」
ふぅん、と声を漏らしてそれ以上は訊ねようとはせずに、上がりこんだカカシは
テーブルの上のものを勝手につまみ出した。
「つまみ食いをするな、行儀が悪い」
「だって腹減ったんだもん、俺」
「なら食って行けばいいだろう。ちょっと待ってろ」
言ってガイが席を立っていくのを見遣ってから、カカシはちらりと
我愛羅の方へ視線を送った。
それにすぐに気付いた我愛羅が、目を向けて何だ?と訊ねてくる。
「我愛羅くん、風影になるんだってねぇ。聞いたよ」
「………そうか」
「色々大変なんじゃないの?何かとあったからね。
予測するに、現在身辺整理の真っ最中と見た」
「知っているのか…?」
「単なる推測だよ。
ま、情報はある程度入ってくるけどね」
にこりと笑みを浮かべて言うカカシではあるが、そこに漂う警戒心を
我愛羅は見逃さなかった。
以前木ノ葉でしでかした事を考えると、それは仕方の無い話ではあるが。
「脅すな、馬鹿者が!」
「あいたッ」
後ろからゴンと拳が降ってきて、カカシはテーブルに突っ伏した。
いつの間に戻ったのだか、拳を握り締めたガイがそこに立っている。
吃驚したのは向かいに座っていた我愛羅だ。
全く気配が読めなかった。
(これが木ノ葉か………。)
なるほど、人間性はさておき個人個人の忍としてのレベルは相当高いようだ。
「痛いじゃないか、いきなり殴るなよガイ。
大体いつ俺が脅したって言うんだ」
「お前の気配がもう脅しの域に入っているのが分からんのか!?
……ああ、我愛羅くん、あまり気にしないでくれ。
大体いつもコイツはこんな風だからな」
「こんな風って………酷いなー…」
いてて、と頭を擦りながら唇を尖らせて言うカカシから、さっきまで
鋭すぎるぐらいに研がれていた気配がふわり、と消えた。
(………?)
その事にすぐ気付きはしたが、我愛羅にはいくら考えてもそれがどうしてなのか
理解する事はできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……へぇ、じゃあ就任式はまだなんだ?」
「そのために………今、こういう状況なんだ」
「ああ、なるほど」
我愛羅に言われて納得したようにカカシは頷いた。
つまりは、就任式を経て正式な風影になる前に、身の回りを洗ってしまおうという
事なのだろう。
主にトップに立って動いているのがバキだというのだから、まず心配はない。
他にもカンクロウやテマリまで、今はその任で走り回っているのだと言う。
だが、と我愛羅は箸を置いて視線を落とした。
「こんな事をしていても、俺を狙う奴がいなくなったりするわけではない。
ムダだと……言ったんだがな」
「どうしてムダだと思うんだ?」
「俺を恨んでる奴、恐れてる奴、そんな人間は大勢いる。
キリがないと思うが」
だけど彼らは自分に言った。
恐れてる奴の殆どは、自分が内で飼っている一尾に対する偏見から来ているのだと。
だから、これから先に風影として上手くやっていけたなら、きっとその見方は
変わっていく筈なのだと。
今必要なのは誤解を解くことではなく、風影としてやっていく為に、我愛羅にとって
良い環境を作ってやることだ。
その後、どうやって周囲の偏見を払拭していくかは、それこそ我愛羅自身の働きに
かかっている。
「………どこでも、こういう事は変わんないんだねぇ、ガイ」
「そうだな…」
それが人柱力に対する世間の見方というものだ。
彼個人がどうではなく、化け物を潜ませているという事実だけで人はもう
相手を恐れてしまう。
「無知でいる……つまり知らないでいるって事は、時にそれだけで罪なことだと
俺は思うよ」
「同感だな。だが…ならば知るべき場を作ってやれば良い事だ」
「そうそう、キミの先生もお兄さんもお姉さんも、その為に奔走してるんだと
思うんだけどな?」
「知るべき場……?」
「そうだ。人柱力の事を詳しく知らず、一尾を飼っている化け物だという言葉で
片付けて怖がっている奴らに、キミはキミ自身を知らせてやるんだ。
一人の忍ではなく風影になってしまえば、里中の人間がキミを見る事になる。
『一尾の人柱力』でなく『我愛羅』という人間を知った時、きっと皆の見方は
面白いぐらい変わると思うぞ?」
「化け物なんかじゃない、キミだって人間なんだ。そういう事だろ」
目を瞬かせて呟く我愛羅に、ガイとカカシはそう言って同時に親指を立ててみせた。
真似をするなと眉を顰めて言うガイに、カカシはにっと笑みを見せる。
自分達の近くにも人柱力が居る。
そしてあの九尾を持った少年も、火影を目指している。
いつか、彼が夢を叶えたその時には自分達も今のバキや我愛羅の兄弟達と
同じ事をしなくてはならなくなるだろう。
「…………どうして木ノ葉の連中はみんなそうなんだ?」
「うん?」
酷く面食らったような表情で我愛羅が言うのに、ガイとカカシがこくりと
首を傾げた。
「俺の中に居る化け物を見た筈だろう。
それなのに……どうしてそんな事が言えてしまうんだ?」
「…………。」
砂の忍は木ノ葉を潰そうとしていたし、自分なんかそんな目的などすっかり
忘れて、我を無くし暴れ回ってしまった。
一尾の化け物を彼らは目の当たりにしたはずなのに、それなのに変わらない。
カンクロウやテマリですら、心の底ではまだ一尾に対する怯えが残っているのに。
俯いたままで、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めたまま、我愛羅は。
「どうしてお前達は、俺を怖がらない?」
ガイやカカシだけではない。
ナルトやサクラ、リーやネジやテンテンもだ。
本気で命の奪い合いまでしたナルトやリーなどは、それでも自分の事を友達だと
そう言ってくれるのだ。
全く理解できないその心情の機微に、何度も我愛羅は戸惑った。
そういうものなのだという一言で丸く収めるほど、自分は単純にできていない。
顔を見合わせていたカカシとガイは、うーん、と同時に首を捻った。
確かに周囲が我愛羅のことを知る必要はあるかもしれないが、これは我愛羅にも
周囲を知る必要があると思う。
今更、どうしてなんて問われるなんて思わなかった、こんなこと。
自分達にとって、それだけ当たり前のことだったという事だ。
「結局さ、風影とか火影とか、化け物とか人間とか、そんなの関係無いんだよ」
「…………?」
何気無く口を開いたカカシの言葉に、我愛羅が顔を上げてじっと真っ直ぐに見る。
相変わらず表情には乏しかったけれど、それでもその目には何の穢れも無くて、
こうしてみると、ナルトにそっくりだと思わずカカシはそんな風に考えた。
「俺達には、常に覚悟がある。
また以前のように、何かがこの里に危害を加えようとするならば、
その相手が何であれ、それこそ命懸けで立ち向かってやるという…覚悟がな」
「だから俺達は、我愛羅くんが怖くないんだよ」
ガイの言葉に頷いて、カカシは手を前に伸ばした。
我愛羅の頭に手を置いて、ポンポンと撫でる。
「大人が子供にビビってどうすんの、でしょ?」
風影になるんだから、もっと堂々としろよ。
くしゃくしゃと我愛羅の短めの髪を撫で付けながら、カカシがそう言って
隣に座るガイの方へと目配せをする。
またも頭を撫でられた事に呆然としながら、我愛羅もカカシと同じように
目をその隣へと向けた。
ただガイはにんまりと顔に嬉しそうな笑顔を乗せていただけなのだが、
我愛羅には、その表情が全ての言葉を肯定しているように思えたのだった。
<NEXT>
いやー……やっぱりカカシを出すと絡ませやすいな。
やっぱりカカシとガイのコンビネーションって最高だと思うんだ。
なんかこう、カカシやガイに言わせたいことはあったんだけど、
モヤっとしてる内によく分からなくなった気がする。(汗)
ただ、我愛羅はこれで周囲に対して身構えなくなったらいいなって
そんな風に思いながら書いてみた。
もうね、みんな我愛羅の頭を撫でてやったらいいんだ。(笑)
あと1本ぐらいは書けるかな。
20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「ガイ宅に居候我愛羅。(頭なでなで目標!)」、任務遂行中。
このシリーズまとめてがリク作品ということで。
リクエストありがとうございました!!