<そしてまた、この場所で。>

 

 

 

 

 

 

遠くお囃子の音が聞こえてくる。
日はとうに傾き西の山間を橙に染めていて、じきに空を藍が覆うだろう。
街の中心部から少し離れたところにある、昔から住む者の存在しない空家の
屋根の上、そこへ辿り着くと力尽きたようにカカシはその場に座り込んだ。
少ししてから、戦利品なのだろうたこ焼きやらわたあめやらを手にガイが
追いついてきた。

 

 

 

 

今日は、木ノ葉隠れの里全体をあげてのお祭りだ。
こういう賑やかさや人込みが好きではないカカシは、もう何年もこういう日は
任務を受けるか部屋に篭るかで避けて通っていたのだが、たまたま今年は
部下である子供達がわざわざ自分を誘いに来てくれたという事もあって、
たまには付き合ってやるかと重い腰を上げたのだったが、どうやらそれが
間違いだったようだ。
出店を子供達と見て回っている途中で、恐らく同じような理由なのだろう
部下を連れたガイと出くわし、売り言葉に買い言葉で傍にあった金魚掬いで
勝負を始める事になり、うっかり白熱した後にふと見回してみれば、
薄情にも子供達の姿は綺麗に消えてしまっていた。
これからどうするかと子供に見捨てられた大の大人2人が揃って頭を悩ませて、
折角此処まで出てきたのだからと、子供達を捜しながら少し見て回ろうかと
いう結論に至った。
しかしながら、木ノ葉の里は良くも悪くもとにかく広い。
特にこんな人の多い場所で、一度はぐれた相手ともう一度落ち合うのは
至難の業だったりするのだ。
結局、子供達とは再会する事叶わず、夕方になって打ち切りと相成ったわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、お前の分だ」
「サンキュ、ガイ」
出店で買ったばかりなのだろう缶のビールを受け取って、プルタブを起こしながら
カカシがそういえば、と視線を周囲に向けた。
「此処も……久し振りだな」
「前に来たのはいつだ?」
「…………ああ、まだ……オビトが居た頃だ」
この場所はその頃からずっと空家で、小さい頃は3人でよく此処に来ていた。
街から少々外れた場所にある此処に訪れる者などなく、だからこそ、そこには
自由があった。
「懐かしいなぁ。
 祭りの最後はいつも此処で、3人で花火見てたもんな」
「此処が穴場だったと最初に気付いたのはお前だったじゃないか、カカシ。
 俺も言われて来てみて驚いたからな。
 オビトも………随分喜んでいた」
「全部終わったらアイツいつも言ってたよな。
 来年も此処で花火を見ような、ってさ」
「……そうだったな」
落ちていく夕日を見送りながら、この場所で思い出すのは懐かしいことばかりだ。
小さい頃から事ある毎に勝負を持ちかけてきたガイのこと、りんご飴を齧って
硬いと眉を顰めていたオビトのこと。
金魚掬い、ヨーヨー釣り、的当てや輪投げ、果てはくじ引きすらもガイにかかれば
全て勝負事に摩り替わった。審判は当然オビトだ。
真剣勝負の後は出店で好きな食べ物を目一杯買い込んで、この場所で広げて
適当に摘みながら色んな事を話し続けた。
いつまでも続くかと思われていたそれを止めるのが、祭りの最後に打ち上がる花火。
もう、何年も見ていない。
オビトがいなくなってから、一度も。
「もう………来ることは無いと思っていたけど、」
「どうして今年は来たんだ?」
「……たまたまだよ」
行こうとした事がないわけでは無いが、訪れたところで自責の念に駆られることは
目に見えて分かっている。
だから行けなかった。
それは自分が弱かったせいだ。
「3人での約束は、3人揃ってこそ果たされるものだと思ってる。
 だからオビトが死んでからは、また来年って約束も反故だ。
 大体にして、アイツが言い出しっぺなんだしさ」

 

『来年の花火は、今年よりもぜったいにすげぇぞ!
 また3人で此処で見ような、絶対だからな!?』

 

毎年、毎年の事だったから、それはガイの記憶にもちゃんと残っている。
そしてオビトが死んだ次の年、カカシは此処には来なかった。
一人きりで見た花火の色は、少しだけ滲んで見えた。
「……俺はな、」
ガイが口を開きかけたその時、ドン、と地鳴りに似た音がして、2人は同時に
空を見上げる。
藍色の空に、花が咲いていた。
続けて3発、空に光の線を残しながら散っていく姿を、暫し無言で眺める。
遮るものの無い夜空には、大きな光の花が次々と打ち上がった。
「……やっぱり、此処から見る花火は最高だ」
「ああ、そうだな……」
こうやって、揃って花火を見上げるのは、オビトがいなくなって以来、
初めてのことだ。
もう、10年以上も。

 

 

「俺はな、毎年……此処で、見ていた」

 

 

花火の打ち上がる音の合間に呟かれた声、それにカカシは隣に座る男の方へ
右目を向けた。
「毎年…?」
「ああ、………約束、したからな。
 オビトが死んでも……交わした約束は消えたりしない」
けれど、来なくなったカカシを責めることは一度もなかった。
彼の気持ちだって、痛いほどに分かるからだ。
「いつも1人で……此処に、いたのか…?」
「まぁ、花火を見に来ていただけだがな」
「それでも……」
「カカシ、」
空になったビールの缶を片手で軽く潰すと、ガイはことりと傍に置いた。
交わした約束を守り続けようと決めたのは自分で、毎年勝手に此処へ来ていたのも自分だ。
だからカカシが気に病む必要は全く無い。
何故来なかったのだと責める気持ちも無ければ、今更そんな約束事を彼に守らせようと
言い聞かせるつもりだって微塵も無い。
ただ、今この時に隣に彼が居ることだけが。

 

 

「お前が来てくれて、嬉しいぞ!」

 

 

ニッと笑みを浮かべてガイはそう言った。
たとえ彼にとって今日の事が、流れに任せた末の成り行きだったとしても。
何となく、約束が漸く果たされたような気がしたのだ。
「俺とカカシと………ほら、オビトだってな?」
手を伸ばしてカカシから左目を覆っていた額当てを取り上げると、酷く驚いた風な
目が自分を見つめていて、少し気恥ずかしくなったかガイは尚も空を飾り続ける
花火へと視線を向けた。
「やっと3人揃ったな…………って、おいコラ」
ぎゅうと強くカカシに抱きつかれて、困ったようにガイは吐息を零す。
暑苦しい上に、これでは花火が見えない。
「花火を見んか、花火を」
「後でいい」
「……後でじゃ終わってしまうだろう」
「なぁ、ガイ」
温かさを感じるようにぐっと腕に力を込めて、カカシは目を閉じる。
そして胸の中で話し掛けた。自分に左目をくれた友達へ。

(コイツがいて、良かったな。俺も………お前も、)

「来年もさ、一緒に見るか」
言葉は今、腕の中にいる相手へと向けて。
そう言えば大きく目を見開いて、ガイはとても驚いた様子を見せていた。
「………カカシ、だが…、」
「俺はもう、大丈夫だよ」
自分の左目にかつての友を見ていたとしても、それは結局誤魔化しでしかなくて、
やはり1人足りないという事実には変わりはない。
そしてその事実は自分の胸に今も変わらず痛みを与えるが、それでも。
きっと、2人でなら。
「な、約束。
 来年もまた、此処で」
「カカシ………」
笑顔を見せて言うカカシに、ガイの表情が僅かに緩む。
安堵したかのような顔へ寄せられるように、啄むような口付けをすると、
調子に乗るなと殴られた。
「痛いじゃないか。
 お前が強情張ってるから、ちょっと解してやろうと思っただけなのに」
「余計なお世話だ!大体だな…」
これから延々とガイの説教が始まろうとした、その時だ。
ドン!と一際大きな音が上がり、まるで昼間を思わせるように空が光った。
街の方で人々の歓声が巻き起こる。
はっと気付いて空を見上げてももう遅い。
糸を引くように垂れていく残り火があるだけで。
「…………見逃したじゃないか」
「あー、ラストの巨大花火は変わってないんだなぁ」
「だからお前のせいで見逃したと言っているんだ!!」
見たかったのにどうしてくれる、と文句を言い出したガイを放って、
カカシは撤収するかと周りに散らばったゴミを片付け始めた。
もちろんガイの愚痴は右から左へ流すだけだ。
「あの最後の花火はなぁ、俺がいつも楽しみにしてるんだってことは
 お前だって知っているだろう!!」
「あーはいはい」
「欠かさず見ていたのに、今年はお前に邪魔された!!
 一体どうしてくれるのだ!!」
「そうだねー」
「何もかも台無しだ!!
 責任を取れ、責任を!!」
「うん、じゃあ…」
ゴミを纏めたビニール袋の口をぎゅっと縛って、カカシがガイの方へと
向き直った。
右手で拳を作って、ずいとガイの方へと突き出す。

 

「また来年、仕切り直しな?」

 

一瞬、虚を突かれたような顔をして、ガイがカカシの右手を見つめる。
そして、あーとかうーとか唸った末に。

 

「絶対だからな!!」

 

そう言って、ガイは自分の右手をゴツリとそこにぶつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

 

しまった……全然普通のデートじゃないぞ、コレ。(汗)
また微妙にズレたものを書いてしまってすいません。
きっとお祭りでは、またこの2人は色々伝説を作ったことでしょう。
その辺りは皆さまのご想像にオマカセするとして。(視線逸らし)

オビトを絡めると急にシリアスまっしぐらになりますが、
ガイ先生はギャグでもシリアスでもイケる人なので助かります。
私のイメージでしかないのですが、オビトの一件について、
ガイはカカシに物凄く気を遣っているといいなぁ、と。
多分本人はそんなつもりはないのでしょうが。
なのでどれだけカカシがもう大丈夫って言っても、きっとそれは
嘘か強がりだって思ってると思います。
いやまぁ、実際そうなんですけど。(笑)
ああ見えて、ガイはカカシについて大体のことは分かっていると
思います。ええと、妄想ですよ?(殴)

 

20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「デート。ピクニックとか、お祭りとかで。カカガイとシカキバ。
 無理ならカカガイだけで。」、これにて任務完了。
シカキバは無理でした、ごめんなさい…!!
よく考えたら2人ともロクに書いてあげたことすらない…!!(滝汗)
リクエストありがとうございました!!