砂漠という言葉で連想されるのは、見渡す限りの砂と、灼熱の太陽。
そしてそこで生きる者達の過酷な生活。
水や緑の豊かな木ノ葉とは違い、とても厳しい環境であるのだと
思っていた。
けれど自分がその地で見たものは、想像とはかなりかけ離れたものであった。

 

 

 

 

<Flower garden.>

 

 

 

 

 

 

「もっと……何も無いところだと、正直そう思っていました」
「そうか」
「でも、とても……やっぱり独特な場所ではあるんですけど、
 皆イキイキとしてますよね。
 とても楽しそうに生きてると思います」
「……まぁ、そうかもしれないな」
砂隠れの里をあちこち見て回りながら、リーは感嘆の声と共にそう漏らした。
リーの後ろをついて歩きながら彼の言葉に頷くのは我愛羅である。
2人は特別に目的があるわけでもなく、ただ砂隠れの里は初めてだと言う
リーの言葉に、ならば好きに見て来いと我愛羅が言っただけのことだ。
それなのに何故我愛羅が一緒について来るのか、リーはそれがよく分からなかった。
「けれど……やはり、というか。
 植物は少ないですよね」
「まぁな。
 この地で植物を育てるのは……不可能ではないが難しい。
 せいぜいサボテンぐらいだ、ラクに育つのは」
「そうですか……」
我愛羅の言葉に少し残念そうな表情を見せて、リーは頷いた。
確かにこの里で、植物という括りならまだしも『花』と呼べるようなものを
目にした覚えが無い。
里の中でその状況であるのだから、そこから一歩外に出た砂漠がどうであるかは
一目瞭然だ。
人間ですら生きていくのが厳しいその環境で、花が育つかと言えば答えは否だろう。
「…お前、」
「はい?」
キョロキョロと辺りを忙しなく見回しているリーに、我愛羅は唐突に声をかけた。
驚いて後ろを振り返れば、じっと真っ直ぐに挑むような目が。
「………な、なんでしょうか、我愛羅くん…?」
「お前、今……時間があるな?」
「ええまぁ…そりゃ、こうしてるぐらいですから」
「少し、俺に付き合え」
「……えっ?」
驚いて目を見開くリーに背を向けて、我愛羅は来た道を戻り始めた。
それに慌ててリーがついて行く。
彼の隣に並んで、尋ねた。
「何処へ行くんですか?」
「………里の外だ」
「はい?」
「本当は一人で行きたいが……ああいう事があった後だろう、
 俺も風影である手前、一人では動き辛い」
我愛羅が暁に攫われ一悶着あったのはつい先日のことだ。
彼を助けるためにこの地に向かったカカシ班と任務を共にすべく、
リーが所属しているガイ班にも砂隠れへ向かうように指示を受けた。
その出来事も今は解決し、今は寝たきりのカカシが歩けるように
なるまで回復するまでの待ち時間、といったところだ。
門まで走るぞ、と言った矢先に我愛羅の姿がそこから消える。
本当に勝手気侭に動く人だと吐息を零して、リーもスピードを上げた。
外に広がる砂漠に続く門に、見張りは2人。
その内の一人は我愛羅の姉であるテマリだった。
「我愛羅!何処に行くんだい?」
「ちょっと……其処までな。
 そんなに遠くないから大丈夫だ」
「バカ、そういう問題じゃないだろう!!
 護衛をつけるからちょっと待って…」
「その必要はない」
姉の言葉にそう答えると、我愛羅はリーの腕を取ってぐいと引っ張った。

 

「コイツが護衛代わりだ」

 

怪訝そうに自分を見てくるテマリへ向けて、リーは愛想笑いを見せる。
何がなんだかよく分からないが、とにかく我愛羅は同じ里の人間を
連れて行きたくないのだろう。
なんとなくそれぐらいは分かったので、リーはこくりと頷いた。
「大丈夫ですよ、我愛羅くんは僕が守ります」
「……ふぅん、アンタが……ねぇ?」
眉を顰めてジロジロと見てきたテマリだったが、まぁいいか、と
後ろに聳える門を親指で指し示した。

 

「気をつけて行っといで」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

この地の周辺は、砂漠地帯と荒野地帯に分かれているようだ。
どちらにしたって水の少ない乾いた場所には変わりないが、我愛羅は進む道を
荒野の方へと示した。
暫くは砂と岩が入り混じった荒地が続き、それもじきに岩ばかりの道に変わる。
その岩を身軽に飛び越えながら、我愛羅がぽつりと口を開いた。
「これから行く所は、里の者には秘密にしろ」
「え?どうしてですか?」
「……俺だけの、秘密の場所だからだ」
「そんな所に僕を連れて行って構わないのですか?」
「…………。」
その問いには答えないままで、我愛羅は切り立った崖の隙間を擦り抜けるように
進んでいく。
もはや何処をどう進んだのかよく分からない、砂隠れの里に戻るのだって、
恐らくは我愛羅の先導がなければ不可能だろう。
相当に入り組んだ場所を迷う事なく我愛羅は進んで、暫く行くと急に視界が広がった。
周囲はすっぽりと崖で囲まれて、空から降ってくるのは太陽の光。
その光を一身に浴びて、広がるのは一面の緑。

「う、わあ……」

そこには、色とりどりの花があった。
赤も白も黄色も、水色や紫や桃色、種類こそそう多くは無かったけれども、
色違いで無数に咲き乱れている。
「す、凄い……凄いですね、これ……」
「昔からよく……1人で此処に来ていた。
 此処は、俺の秘密の場所だったからな……」
足元に手をやり、我愛羅が薄紅色の花弁にそっと触れる。
此処は誰も来ない、とても静かな場所だった。
だから。

 

 

「此処は……俺が1人でいて当たり前の場所だった」

 

 

周りには誰もいないから、誰の仲間に入りたいと思う事もなかったし、
どうして自分の傍には誰もいないのかという心の隙間も、此処は自分しか
知らない場所だから、誰もいなくて当然なのだという答えが埋めた。
そして、この色とりどりの花達のおかげで、不思議と寂しさは和らいだ。
「あの……我愛羅くん、」
「なんだ」
「どうして……僕を此処に連れて来たんですか?」
「………。」
その質問に、我愛羅はまた答えなかった。
ただ、何も言わずに足元の花を1本手折って、リーに向けて差し出した。
「お前も摘んでくれ」
「え?………この花を、ですか?」
「ああ」
「どうするんですか?それを」
「………手向けたい、人がいる」
言いながらも黙々と花を摘みだす我愛羅の姿を暫く眺めてから、リーは
困ったように苦笑を滲ませて、彼と同じように足元の花へと手を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 

西の空が夕日で橙色に染まる頃、我愛羅とリーはまた里へと戻って来た。
次に立ち寄った場所は、墓地。
つい先日に我愛羅の命を救って逝った人の墓が、そこにはあった。
「……ああ、そうなんですか……」
周囲の墓を改めて見回して、リーがぽつりと口を開いた。
手を合わせに来る者はそれなりに居るようで、あちこちの墓に供え物や
線香の煙などが目につくのだが、それでも共通して無いものがある。
「さすがにサボテンの花を手向けるような馬鹿はいないようだ」
「我愛羅くん……」
そっけなく吐かれた言葉にリーが苦笑を浮かべる。
圧倒的に、この地には花が無かった。
だからだろうか、恐らく墓前に花を手向ける風習が無いらしい。
そんな砂と土と石の色しかないその場所に、一際目立つ色彩を放つのが、
先程に自分達が摘んできた花だ。
色んな色を集めた方が賑やかで楽しいといったリーの意見を元に集めたら
そうなってしまったのだが、なんとなく我愛羅はそれで良いと思ってしまった。
2人並んで祈りを捧げ、帰りましょうかというリーの言葉に我愛羅は素直に
頷いて返す。
あまり遅くなってしまったら、妙に過保護になってしまった姉がまた五月蝿い。
「あのですね、我愛羅くん」
「なんだ」
「答えてもらえないのを承知でもう一度訊ねますけど……、
 どうして僕を、あそこへ連れて行ったんですか?
 我愛羅くんの……大切な、秘密の場所なんでしょう?」
木ノ葉の仲間達が泊まっている宿へとリーを送る道すがら、そんな風に
訊かれて我愛羅はまた口を閉じた。
やはり言う気はないのだろうか、と少ししょんぼりとした表情を浮かべる
リーの顔を横目で眺め、そうして。

 

「お前だから、見せたかった」

 

静かに告げられた言葉の意味を、上手く汲み取れずにリーが小首を傾げる。
自分より長身のくせにどこか小動物のような感じが消えないその所作に、
我愛羅が少しだけ唇の端を持ち上げた。
「理由はそれだけだ」
「………。」
今度はリーの方が黙ってしまう番で、その言葉に含まれたものを、
どう受け止めて良いものか悩んでいるようにも見える。
宿の前で足を止めて、我愛羅は懐に手をやりそこから取り出したものを、
リーが着ているジャケットの胸ポケットに差し込んだ。
「明日、此処を発つのは早いんだろう?
 早めに寝ろよ」
「我愛羅くん、あの、」
「今日は助かった。じゃあな」
「ちょ……ちょっと待って下さい!!」
自分に背を向け立ち去ろうとする我愛羅の腕を、リーが慌てて掴んで止める。
更に問い詰めようとしていたリーの口元を、振り返った我愛羅は空いている
方の手でやんわりと塞いで遮った。
「俺は、全部は言わない」
「………でも、」
「後は自分で考えろ」
掌を退かして、訊ねることを諦めたのか噤まれた唇に、そっと自分の唇を
押し付ける。
「言えば……木ノ葉に帰したくなくなるからな」
そっと腕からリーの手を外すと、我愛羅の姿は砂に巻かれ一瞬で消えてしまった。
風に舞う砂が目に入らないように両腕で庇っていたリーの耳に、静かな言葉が響く。

(…………他の奴らには、あの場所のことは絶対に秘密だ。)

ぺたりと人通りの少ない路地に座り込んで、リーは薄く笑みを覗かせた。

 

 

「分かってますよ、絶対です。」

 

 

そう応えるリーの胸元で、薄紅色の花が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

<END>

 

 

 

 

 

前回の我リーよりはまだすんなり書けたかもしれない。
我愛羅とリー、砂漠と花畑、そんなカンジ。
どっちにしたって我リーはやっぱり敷居が高いと思いました。
難しい子だなぁ、我愛羅って。

今回のリクは花見とあったわけなんですが、全く沿ってなくて
申し訳ございません。
花は見たけど花見はしてない。(笑)
相変わらずどこかズレた話を書いてしまった…。

 

20万ヒット企画リクエストより頂きました、
「お花見デートな我リー」、これにて任務完了。
リクエストありがとうございました!!